月別アーカイブ / 2017年06月

今まで運動部にも所属せず、不良とも関わりなく、さりとて模範的な成長も出来なかったぼくらのようなきまりのわるい人間の遊び場は、もっぱら書店なんだと思う。


そりゃ、中学時代にひとりでうらぶれたゲーセンに通い、フードを目深くかぶっては壁にもたれかかり、人のプレイを眺める「できる奴」として振る舞っていた頃もある(塾をサボってた)
が、やっぱりそれがイタいってことにも薄々気付き始めたら、やっぱり書店に行くと思う。


そんなぼくにとってね、書店で出会った最高の漫画に関われるのは、もう、自分の生き方を肯定されたような気分になれるの。


何をしたのかって、売野機子先生の新作「ルポルタージュ」にコメントを書かせてもらったのね。
http://www.gentosha-comics.net/event/r.html
この特設サイトで読める!
しかもルポルタージュの試し読みも出来るんじゃよ。


一言コメントどころではなく、長文のコメントを書いてしまった(本当はサイトに載ってる3倍近い文量書いてしまって、たくさん削った)


コメントに書いてあることに尽きるけど、素晴らしい作品なのでやっぱり手にとって読んでほしいなと思う。


挫・人間って下卑たパブリックイメージがあるのに、こんなに美しい作品に関わらせてもらえて、嬉しい反面、「ほんとに?大丈夫??」という気持ち。
だからこそ出来るだけカッコつけずに自分の言葉をちゃんと選んだつもり……。
このブログにアクセスしたんなら、もう特設サイトにもこのまま飛んじゃってください。



%%%%%%%%%%%%%



「最近はもっぱら『薔薇だって書けるよ』がよかった」


と、その日も体育の授業のサッカーでキーパーとディフェンスの間の邪魔にならないポジションに吸い込まれるのと同じように書店に吸い込まれた憐れな人類代表 梶原笙(パーマ以前)が、ぼくにそう言ったのが売野機子先生の作品に出会うキッカケだった。


「薔薇だって書けるよ」


タイトルを口にするだけでしびれた。
即購入して読んで、完全にハマった……。


それから短編集三作に、ロンリープラネット、MAMA、かんぺきな街、クリスマスプレゼントなんていらない、売野機子のハートビート……とにかく読み漁った。


デボラの履いているバレエシューズが綺麗で、reppetoの靴を買ったりしたな……ソールが薄くてあんまり履かないけど。


青間飛行も、そのあと発売の「売野機子のハートビート」に収録されるだろうなとわかっていてもフィールヤングを買って、カラーの扉絵の鮮やかさをあの判型で読めるってだけで買って正解だったよな、と梶原と話した。
これを待ち受けにしようにもiPhoneのカメラや拾いものの画像ではなんとなく色味が違くて、お月さまみたいだな……と思った。


というファンエピソードがごろごろ出てくるほど普通にファンだったので、お話がもらえてビックリしちゃったの。
しかもルポルタージュの発売日は、挫・人間のワンマンと同じ6月24日なのよね。


漫画って好き嫌いあるし、実際少女漫画なんて読んだことないってひともいるらしいから、あまり漫画を人に勧めたことってないのだけど、ぼくにとって売野先生って、「あわなかった」とかはあるかもしれないけど、「良くなかった」とは思って欲しくない漫画を書く人なのよね。


やっぱり良くないな、と思う漫画ってぼくにもあって、それはもう色んな要因が重なってそうなるわけなんですけど……、でも売野先生の漫画を読んで「良くなかった」って言われたらおれ、超かなしいなと思う。どんなひとでもこの漫画に感動できるところがあるならぼくはもう少し人間をすきになれるから。


なんか微妙なニュアンスの話をしてしまった……とりあえずぼくの周りの人間が良くなかったって言ってたことないので、このブログを読んでる人はもう、間違いないんじゃないでしょうか……。


なんか、そう考えたら「あわなかった」も言ってほしくねーな。


なんというか、そういう思い入れのあるお話にコメントを書くってなったので緊張したけど、やれてよかったーと思ったので改めてブログに書いた。
ルポルタージュについてはぼく、特設サイトにコメント載ってるんでそっち読んでください。
http://www.gentosha-comics.net/event/r.html


まぁ……なんというか、そういう宣伝です。ついでに言うとワンマンのチケット、ぴあは売り切れました。e+かローチケでお求めください。WWW Xって700人くらい入るっぽいからドキドキしてる。いいライブにするね。


以上。今からワンマンのための練習にいってきまーす。

ゴッホって黄色の絵の具がすぐなくなっちゃうんだってさ、


と、聞いてぼろぼろと涙がこぼれたことがある。


ぎょっとした相手は引きつった顔で
「これだからバンドマンは」と心の中で叫んだ。ぜったいにそう、おれには聞こえた。




ゴッホ好きでさ、Tシャツも持ってんの。
_var_mobile_Media_DCIM_149APPLE_IMG_9772.JPG
これ、プリントどんどん剥がれてくんの、ほんとムカつくよね。


まぁ、どうでもいいんですけど。
ぼくははじめて買ってもらったゲームボーイポケットの色が黄色だったときから黄色が好きだったから幼稚園の頃通ってた絵画教室でも黄色の絵の具がすぐなくなってた。


いつもその日の塗りたい色が必ずあって、それ以外の色を使うのは、褒められようとしてるみたいで嫌、なんて気分で絵を描いてたことを覚えてる。
カエルを黄色に塗って怒られたことがある。「カエルが緑色だってことくらい分かってる」と、思った。
幼少期に描いた絵があるから、載せる。


_var_mobile_Media_DCIM_125APPLE_IMG_5618.JPG


…………。

いや、でもこの頃が一番明るかったんですよ、ぼく。





高校生になる頃には絵を描くことはなくなり(気持ち悪いとか不気味って不評だった)、バンドに夢中になった(気持ち悪いとか不気味って評判)そんな頃に美術の授業でゴッホのひまわりをみた。


ひまわり、これが有名なヤツか、くらいの感想。エロゲーをやり続けた91年生まれは、ひまわりを見ると条件反射で切なくなるが、ゴッホのひまわりはそういう印象を感じさせなかった。
本で読んだ話によると、ゴッホにとって黄色は希望の色らしい。


ゴッホは死後評価された不遇の作家、みたいなエピソードもあるから過剰に絵画に感情移入してしまって、なんだかひどく下卑たことをしてる気分になってダメだ。それでもよく見るゴッホの絵。自画像、夜の街、橋、畑、太陽。どこもゴッホには黄色にみえているようだった。自分の見たままに色を塗ってるみたいで、なんかカッコいいな、と思った。


不遇の作家、twitter上に存在するゴッホのbotは、数時間おきに弱音を吐く。おれのtwitterとほとんど同じだ。
それでもゴッホは街の至る所に、朝に、花瓶のひまわりに、希望をみていたんだなと思った。わからない、もしかしたらぜんぜんそんなことなかったかもしれない。でも見出したかったんじゃないか。そこに存在しないものが希望にだってなり得ればいい。まるで祈ってるみたいだ、と思った。


下川くん、みんなカエルを緑色に塗ってるけど、なんで黄色に塗ってるの?に対して黄色が好きだから、と答えると変人扱いされることくらいわかっていたので
「笑えるかなと思って」と答える。
別に何かに反発心があったわけじゃない。でも一面真っ黄色になるような世界をずっと見てみたい。


ゴッホって黄色の絵の具がすぐなくなっちゃうんだって話を聞いて、そんな思い出が一瞬にして蘇りうれしくなった。
まじ、よかったね。黄色をたくさん残せて。


何か色を塗るともう戻れない。そこに色を重ねても元の色には戻れない。ぼくはまみずのような透明さを持つことが出来なかった人間だから、せめて自分の筆先を、自分の好きな黄色だらけにしたいと思った。ゴッホみたいなヤツが黄色を塗り続けていた事実が今の卑屈な自分を励ますから。おれは黄色を選ぶ、それがキチガイの色でも、スズメバチの色でもハルヒのリボンでもいい。黄色を選びたい、と思った。それはきっとキレイだと幼少のぼくは思うだろうから。


さー今日はライブだ。
おれのションベンで真っ黄色に染めてやるから来いよ。

↑このページのトップへ