Skream!6月号から、私下川リヲのコラム連載が始まるということで。
挫・人間知らない人がパッと読んでもゲロ吐いたりしないような、面白いものを書こうと思ってるんでよろしくお願いしまーーーす。

ということで今日もゲロ吐かせない気遣いなくブログ書いていきますね。

本日、夏目と一緒に世界一の楽器屋、町田ミリメーターズミュージックに行って、その帰りに下北沢で梶原等と合流し食事をしたわけなんですよ。

下北沢はやっぱりこなくそって感じのバンドマンだらけで、まぁムカつくというか、どいつもこいつも無意味に楽しそうにしやがって本当クソ!同じ髪型同じ表情!下北沢全体がデカいサークルか何かなのかよ、ここにいるやつ、全員絶対に売れるな!!!!!!!!!
なんてことは1ミリも思ってないですけど、顔に不満さが表れていたのか、久しぶりに会う人、岩井くんとか、ロマンチック安田とかから片っ端に
「下北沢に居るなんて……」
と言われ、おれの下北沢嫌いがこの街全体に響いて下川姓の人間が立ち入れなくなるのも時間の問題だな、と思いました。

細胞にはデストルドという自殺プログラムがあり、それによって定期的に自滅し、生み出すサイクルを作らなければならないということが分かっているのに、下北沢、貴様はおれを否定してカスの楽園を作ったところで、膿によって破裂し、鼠の餌になるのが関の山だ……。

そんなんなので、「悪い思い出が増える前にさっさと帰ろう」なんて思って歩いていたら悪い思い出もしっかりと増えた。下北沢に復讐された気分だ。いいんですいいんです、立ってるだけで顔がいいので……。

もう、高校生以来の伝統的かなしい出来事ってかんじの奴、うわーっ、どうしようかな……夏目も梶原もいるし……平静を装う準備をしなくては……

……そう思ったおれの意識は数年前に遡る。神奈川県のうらぶれたマクドナルドで、大学の同級生に説教されていた。親と仲良くするべきだと彼は言う。親は金を払って君を大学に入学させた。上京もさせてくれた。そんな親に感謝すべきだ……と言われ……おれは、ウルセーッッ!!とサイコガンに改造した片腕をそいつの顔面に向けてぶっ放した。そいつの顔面が弾けとぶ……おれは騒然とする店内で静かに笑った………なんて妄想もそこそこに、しかし、針で刺すような言葉遣いで言われたら嫌な言葉を淡々と重ねたことを覚えている。

彼は責任感の強い男だったのだろう、その次に会ったときには棺の中でエンゼルを施されて、目も合うことはなかった。
おれは想像する。死のうと考えたとき、死ねないというのはどれだけつらいことだっただろう。死んだら誰かが悲しむだろう、と、正義感を貫くことはどんなにしんどいだろう。

おれは、誰かのために生きるということはできない。誰かを悲しませないために、死なないでいる、という状態は、虚しさに押し潰されて死んでしまうと思っているから。
なのに死にたい出来事ばかりだ。下北沢に行けば棒に当たる。Twitterでは感情が高ぶって連投してしまう。よくわからん男の女絡みの雑なとばっちりを受ける。すきだなって感じのコが手を繋いで歩いているのを見かける。などなど、これらすべてくだらない、とてもくだらないカス以下の事件で、おれはチマチマと死にたくなる。
最近友達に「死にたいと言っているのを見ると、かなしいよ」と言われた。おれはそれに対して、今すぐそのひとを慰めたいと思った。

おれは話す。死ぬことは、死んでしまえるということは、最後の救いとして、おれの生を強度を上げているに過ぎないんだ。生きるためにはよろこびが要る。決して揺るがない、というより人には絶対に揺るがすことの出来ない美しさが必要なのだよ。
例えば、アーケードの天井に引っかかってる赤い風船が風に揺れていたり、雪をはねあげる木の枝の生命力をみたり、生まれたばかりの、友達にそっくりなこどもの脇にほくろをみつけたりとか、そういう瞬間があるということが、事実が、本当は哀しみより尊いということを知ることが出来れば、それでおれは生きていけるんだよ。
それらはビタミンとか水とか、そういう生き延びるために必要なものでは決してないが、ぼくはビタミンと水だけではやっぱり生きていけないことになってしまうので、素晴らしいものがこの世にはある、まだこの世にいる意味がある、と何度も手触りで確かめながらなんとか立ってる。それはぼくたちの生活の時間のなにもかもと無関係に過ぎていく。その流れの中に自分がいて……おれはその不可視なものを可視化したりすることが創作だと思ったから、音楽をやっているって気になってる。絵でもなんでも良い。美しいものから、生きている価値はある、見たことのないものがあって、コンニャクを凍らせると何かが起こるかもしれないとか、そういうことを思わせてくれるわけで、そういうものがあるからおれは生きていけるというわけなのだ!!!!

と熱弁したら「ふーん……」と言われ言葉が無くなり、後日「難しいことを言ってるな、とは思ったけど言ってる意味がよくわからなかった」と言われた。改めてここに書いて、確かによくわからないかもしれない……と思った。

ぼくはかなしい気分を曲にしたりしないと宣言したい。どうしようもないことを繰り返しては、でも良い曲になるかも、とか言うポジティブさを発揮する奴にとっての、ただの便利ツールであってほしくはない……倫理や理性に欲望で逆らって後悔した思い出が良い曲になってたまるか、おれはもっと素敵なものだと感じている……。美しく生きろその美しさをこそ歌にしろ。それでもかなしいときは、かなしい思い出を編集して良い映画にするように祈れ。かなしい思い出を、自分の中の美しさと照らし合わせる繋ぎ合わせる重ねあわせる。そしてなりたいもののことを考えろ。光……ピアノ……きみの乳歯………。




最終的に、今回しょぼんだのは、自分がちょっとまじになってたからで、いつものように迷惑かけない程度に不真面目でいれば良かったのだ……と悔い改めるところもあった。

大人だから、哀しみを未然に防ぐ方法も、哀しみに遭遇してもやり過ごす方法も、沢山知ってる。
でもまじになっていたから傷ついた→では不真面目になりましょう。というのは、まじになるやつが傷つくように出来ているということではなくて、適度に力を抜くべきだということです。まじが報われるほうがうれしい。おれは人間関係に倫理を適応しない。信頼だけを理由にする。



なんて、色々めちゃくちゃに書きまくっていたら、かなしかったこともどうでもよくなってきた。それこそかなしいことでもあるが、事実そうなのだから仕方がない。ぼくの場合、心にうかぶよしなにごとを、添削もせずとにかくすべて吐き出してしまうと、ついでにかなしいことも出ていってしまうらしい。なんとも単純なことに気付いて恥ずかしくなった。

初めてのライブは高校一年の冬、2008年12月26日、未だに鮮明に覚えている。
愛知県の安城市、名古屋からは程遠い田園地帯の中を走る国道1号線沿いに突如現れる巨大なライブハウス。名前は安城夢希望RADIO CLUB。
RADIOでも無ければCLUBなのかも分からない、2階建の2階にそれはあって、1階は暴走族が頻繁に出入りするゲームセンター、隣にはトラック野郎の店「シャルマン」アダルトDVD店「ペンギンハウス」が聳え立ち、それに挟まれ最寄駅から徒歩30分、キャパシティの400近くのそれは確かにそこにあった。

当時の僕、そしてあの町には夢も希望もなかったが、あそこにはタバコとカビの匂いと共に微かな希望の匂いがし、ベタベタとステッカーだらけのコインロッカーには夢にも満たない夢のようなものがギッシリ詰まっていた。

初めてのライブ、釈迦釈迦チキンという珍妙な名前のバンドでギターボーカルをして、僕は今まで僕も出会ったことのなかった僕に出会ってしまった。
暴力的で、正直で、情けないほどハラワタを曝け出し、狂ったように叫んで、変な踊りを踊るソイツ。俺の闇遊戯はバグっていた。
メンバーも驚く、そりゃそうだ。僕だってビックリした。未知との遭遇だ。目の前にキチガイが現れたんだから。
ライブ中の記憶は正直ほぼない。真っ白だった。体感時間としては本当に1分くらいで、スモークの匂いがほんのり薫っていた。
終わってから我にかえり来てくれた学校の友達のことが不安になったりした。
そしてやっぱり頭がおかしいやつだと思われたのか、その後学校で女子とは3年間あまり話した記憶がない。
でもいいんだわ、あれが俺だもん。俺の愛する俺。かわいいしムカつく。キスしたいし殴りたい。いつも俺を困らせる。それで避けられるなら仕方ない。
とにかく出会ってしまったのだ、僕は見たこともない僕に。

それからライブをする度にそいつは顔を出した。そいつはめちゃくちゃ大げさなことを言った。誰も見ていないような片田舎の暗い大きな部屋で。骨を折ったこともあった。頭から血を流すこともあった。それでもライブは続けた。誰の為にやってるのかも分からず、何の為にやってるのかも分からず、一人で勝手に苦しんで曲を書いた。
ギターはまともに弾けやしなかった。Gコード以外名前もろくに知らなかった。

その後、そのバンドで大きな大会に出たり、色んなことがあったけど、今はもう自然消滅した。別に今思えば解散らしい解散もしてないからいつでも出来るんだけど、やる機会もないしやらない。

最近その頃のことをよく思い出すのは、ネガティヴな理由ではなく、あの頃に近い訳の分からないエネルギーが最近漲って漲って仕方がないのだ。
言うなれば闇遊戯エナジー。
早くライブがしたいな、早くみんなに会いたい。恋人みたいだな、こうやって、約束して、みんなで集まって、時間が来たらさよならだ。それの繰り返し。ずっと続いてく。
割とずっとそうだけど、心がずっと勃起している。何周もまわって帰って来た。レペゼン釈迦釈迦チキン。全部繋がってる。今も俺はライブの度にあいつと手を繋ぐ。挫・人間の俺もあの頃の俺も一緒だ。


俺は、大人を困らせたい。

5日間のインストアイベントが終了した。
始まる前は「アイドルみたいにチェキ撮って、嫌がられて、最終的に誰も来なかったらめっちゃ笑えるな」とか思ってたんだけど、蓋を開けてみると本当に5日間チェキ撮影人数0人で悲しみで細胞が全て光の粒になり空中へ飛散し、ただの思念体になってしまった。

しかし、ライブもバシっとやったし、楽しんで貰えたんじゃないでしょうか。というか、終わってみたらぼくらが滅茶苦茶楽しんでおりました。ありです^^

HMVでは笑えないくらい遅刻して、退っ引きならぬ土下座を繰り返し、皆様に許しを乞う一日になりましたね。許せないという方はおれと一緒にすべてを許す心を育てましょう。憎しみは心を痩せさせる炎です……。


前回のブログではタワヨコのイベントのこと書いたけど、それを読んでくれたかどうかわからないが、日に日に"推しジャン"を繰り出す人が増えて嬉しかった、心にグッときましたね。しみました。


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これはタワレコ新宿店での写真です。
新宿といえば挫・人間のホームである新宿レッドクロスがありますが、そこのボス、つまり新宿のラスボス的な存在であるイカリさんがよく言う
「下北は横、新宿は縦なんだよ」
という言葉、これは人間同士の関係性の在り方についてではなく、ファッションの話。下北はボーダー、新宿はストライプ、というエリアの性格のファッション的な表層についての話でして、イカリさんの迫力が説得力になって我々にせまり、疑うこともなくカッケー!とか思ってはや10年みたいな感じでして。

まぁ割愛すると新宿でカッコつけるときはストライプ着るぜ!という気持ちで、スーツがストライプなんですぼくの。まぁ横浜でも渋谷でも大阪でも名古屋でもストライプでしたけどね。死にます。


次の日は渋谷HMV、移転したとはいえ聖地ですよね、渋谷系の。まぁこの日は先述したようにド遅刻をかましたので写真を保存する心の余裕がありませんでした。各々digってください。

この日は、我々の愛する鈴木社長の誕生日だったので、お祝いの動画を送ったのですが、若かりし頃の社長の写真が送られてきました。そしてこれがまぁ、完全にバカとしか思えないもので、ついてきて良かったと思いました。

遅刻の件ですが、焦って駅構内を走っているときに、目の前でババアがぶっ倒れました。そのまま自慢のキャタピラでトドメさしたろかと考えたんですが、アドレナリン出まくりだったので奇声を発しながらババアを持ち上げるという徳積みイベントを遂行しました。まぁ徳は積み得みたいなところあるんでみんなも躊躇わずコレクションしていきましょうね。


反省しています。
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それで、名古屋ですね。ご覧の通り屋外です。先日の遅刻のことなど秒で忘れてこの表情です。

その辺の人に、PARCOの入口で挫・人間となり、歌えや踊れの地獄発生させるのと、往来で全裸になり逆立ちしたまま脱糞して号泣するのどっちが嫌ですか?と質問したら、大体の人が死を選ぶと思うんですが、ぼくらは残念ながら死にませんでしたし、挫・人間のライブをした上で脱糞し、それを夏目創太の母親が見守るという最も狂った1日になってしまいましたね。

物の例えです。母親は発生していましたが……。

夏目創太の母親に「綺麗って言われたいの!!!」
と強く申し出たら「綺麗」と小さく応えてくれたのが、ハイライトですね。
ぼくらは何も恥ずかしいとも思わないのですが、往来の人が寧ろぼくらを観て、何か恥ずかしくなってはにかんでいるのが印象的でした。

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大阪の写真は、まだ自分の元に届いておりませんので見たい各々はTwitterやインスタなどをチェックしてください。
上の写真は、この2人の弾き語りユニットはコブクロの出来損ないって感じがしていやだなと思った写真です。しかも名古屋で撮影しました。
この写真を眺めると自分の存在意義に自信を持てるので重宝します。

大阪は、毎回インストアと思えないくらいノリが良いので好きです。勿論ライブだと尚良いのです。素晴らしい街ですね。路駐が激しい街ですが、我々の機材車はブルドーザーなので基本問題ないです。

この日のノリがどれだけ良かったかと言うと、夏目は言語化されない気持ちを音声にしたときに奇声を発するのですが、その奇声を客がコピって
奇声でかえしてくるという仕上がりっぷりでした。最高ですね。
後ろの方で彼女?と観ていた、挫・人間を知らない男の子を無理に会場に引きずり込むという、死神の働きをしました。引きずりこまれた会場で、祭壇の上の珍妙な3人組を前に、奇妙な踊りを踊りながら、意味不明の言葉を叫びつづける人達に囲まれるという経験をつんだ彼は、おそらく、もう死ぬことも怖くないでしょう。強さを得たんだね……。


とまぁ、こんな感じで振り返ると、このイベントを通して楽しかったぼくらも皆様も、ただただ頭がおかしくなってしまったのかもしれない、という気持ちになる。挫・人間を知らずにこの説明をされても、恐らく誰もが困惑するだけだろう……。

でも、ぼくらは普段ライブに来てくれてる人とも直接話す機会も無いので、今回のイベントは嬉しいというのが本音で、喜んでほしいと思ってがんばった。まぁ、表明の仕方がおかしいのはいつものことなのだけれど……。

なんというか今回、ぼくらは直接話したりすることによって、すごくすごくすごく愛されているんだな、と
思うことが出来た。自己肯定力が低いので、すこし驚いてしまうほどだ。寵愛を受けているので、それをすこしでも返せたら、という気持ちがあったが、むしろ我々が更に愛を受け取るというのは不思議な話だ。

手紙も沢山もらった。いつも立派な筆字で名前を書いてくれて、曲の気付いてほしいポイントに敏感で居てくれる人だ〜。とか、顔がみえると嬉しいこともある。
色んな手紙をもらって、はじめてファンレターかきます、とか、この曲が好き!とか、学校に行くときに聴いてる、とか、ライブがたのしみ、とか、ぜんぶぜんぶぜんぶうれしくって抱きしめてる。

挫・人間のライブの空間がすごく好きだと書いた彼女は、その瞬間以外はとてもつらそうだ。「助けを求めることもできない」という孤独の告白は、今にも切れてしまいそうな細い糸が張り詰めているのを見るようだった。

ずっと挫・人間を好きで居てくれてる女の子は、片想いの恋が終わったときに、挫・人間を聴きたいと思ってくれたらしい。
誰かが本当にしんどいときにおれの音楽は本当に役に立つのか?と考えてしまうことがある。彼女はぼくらのことを生きる希望だと言う。消しゴムで何度も言葉を握りつぶしたあとが見える。そうやって言葉を尽くしながら愛を伝えてくれるのを心からうれしいと思う。思ったのだ。

「挫・人間のことずっと好きです」と言ってもらった。「ずっと」という言葉を使う曲がいくつかある。常に未来に悲観的なぼくはそれでもいつか何かを見つけると信じて手を伸ばす。伸ばした手は祈りの形のまま指で何かに触れる。これが、幸福だとしたらどうだろう、すこし怖いなと思う。でもその手触りはぼくをあたため続けた。何年もかけてすこしずつ。
「君の気持ちがわかる」だなんて、怖くてまだまだ言えないが、君の気持ちを知っている、と思う。ぜったいにその辺のやつより、ぼくが知っていたいしわかっていたい。ずっとやきっとはたぶんない、それは嘘ではない。でも、ずっと、という言葉を選んだ気持ちを信じていたいし、ぼくはその痛みや怖さもあたためていたい。バンドを始めた頃、理由もなく、全員死んでしまえばいいと思ったことは一度じゃない。今はあまりそう思わなくなった。全員死んでしまえ、と思ったとき、ぼくはひとりだったからだ。今ぼくはぼくの言葉を喚きながらかろうじて音楽の形をしているものを演奏していて、それをいのちにかえている人がいる。それは孤独とは違うのだ。どんなにカッコつけて斜に構えるよりもぼくはそのよろこびを、こわがりながらも全身で受け止めていたい。そうしてぼくが孤独でなくなれば、それをよろこぶあなたもきっと孤独ではないでしょう。ぼくは君が笑っていたほうがいい。それがうれしい。傷ついてしまうほど自分を守れないような歌をこれからたくさん歌っていたい。そして、今はよろこんでほしいと思う。ただ、掛け値なく。

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