高校時代、地元で活動してた好きなバンドのボーカルがライブ前メンバーに、
「ライブ中だけでいいから、俺のことを誰よりも愛してくれ!」
と言っているのを見た。

勇気が出ないときにそう言ってもらえたら、なんて心強いだろうかと、ぼくは思った。

音楽は最終手段で、何もかもやりつくして最後に残されるものだから、祈ることによく似ている。祈るときとは怯える時だ。自分の何かが揺さぶられ脅かされている瞬間だ。

「これから始まるライブの間、世界の誰よりもおれのこと愛してね」
と、昔どうしてもビビってしまったとき、アベくんに言うと、顔で「そういうの苦手だよ」というのを一応作って「まかせろ」と彼は言った。

望んだ通りに世界の終わりがこないのならば、神様どうか、こぼれるほどの手紙を書かせて。
またすぐに虚無がくる。でも生きている意味はあるよ。きみが泣くと世界で一番かなしい。価値なんだ。生きている人間だけが、何も失くなってしまったものの価値を抱きつづけることが出来る。

おれの乳首がうっすら透けるシャツを買う。気付くと長いことバンドをやっている。古い曲をやると、自分がメンバーと、その歌を書いた時間を共有していて、その延長線上に自分が垂直に立っていることに感動する。

明日はライブだ。世界で一番愛してるメンバーと演奏することがおれの見つけたものだ。
つまり戸惑うことを辞めた決断がいつか自分を壊す傷になっても大丈夫なのだ。

‪ベースのアベです。

マイルスデイビス自伝を、予備校サボって図書館で読んでて「理論を学ばないやつが、理論に縛られたくないから学ばないとか言ってて超損してると思うんですけど〜」的な事をマイルスが言ってて、きっとその通りなんだな〜そうならないようになぁ〜と思いつつも、そのマイルスの指す理論の深さを知らず、超最低限の理論の勉強と独自に編み出したルールの上で音楽をやってきた。 だって「ベーシストの全知識」という教則本を穴が空くまで読んだ俺には全知識が備わっていたハズだったんだもん。‬

‪あまつさえ、ルート弾いてりゃなんとかなるっしょ的な発想に陥りがちなベーシストというポジションに甘んじて、最低限の理論的なルールと耳コピから得た経験則と、その場の感覚的な音の当てはめでなんとかやってきたが、これもまた誰か偉いベーシストの言葉で「感覚的天才に太刀打ちするには理論武装せざるを得ない」的な事を言っていたのをよく覚えている。‬

‪幼稚園の頃から小学生の終わりまでピアノを弾いてたのだが、そこは空白の数年として、中学からベースを持ち10年以上経ち、やはり自分よりも鋭い感覚をもち、耳障り良く実は複雑怪奇な事をスパスパとやりとげる人間のつくる音楽を多く耳にしてきた。それが理論に基づいてようと、感覚的なものであろうと、自分には到底考えつかないものだ。‬

‪餅は餅屋で、俺は1音単音入魂のベーシストだと思っていたが、気づけばバンドの打ち込みアレンジ大臣、と少し作曲、の人になっていた自分にとって求められる知識は日に日に増えていく。‬

‪求められる知識というか、性格上、理解し、納得出来ない事は出来ない性分なのだ。

まるで元の絵も知らずにジグソーパズルを当てはめるように、なにかつくりあげるまでに無駄な時間を消費する事が多々ある。

‪例えば、非現実派宣言の「君とメタモル」の打ち込みはその典型で地獄だった。シンセサイザーの知識が無いので、LogicExpress9のサンプラーシンセのひたすら膨大なプリセットの中から、ざっくりとしたイメージに合う音色を選び、当てはめ…そのトライアンドエラーをひたすら何百回と繰り返していた。‬その後、ハードシンセのMinilogueを買ったのはその経験からで、シンセサイザーの音作りの基礎を学び、一から音を作った方が良いという当然の結論に到り、時々シンセサイザーを鳴らす時はMinilogueでない他のシンセでも、プリセットを元にしても、イメージの音にたどり着くスピードは格段に早くなったと思う。

話は戻るが、最近、音楽理論を勉強している。理論とは、理りを論ずると書くわけで、物事の道理を論じてくれるわけで、音楽理論は音楽の道理を論じてくれるわけ。いわば世界公認ルール。今まではその道理を、経験則とか自分ルールとかセンスみたいなもので紐解いてきたんだけども、それこそ自分のイメージにたどり着くまで時間がかかるし、当てずっぽうと気分で出来上がるものには気分とか時間とか運みたいなものに賭けなきゃいけなくて、それで成功する事もあるんだけど、この先も音楽を続けていく上でそれは不安要素だと思った。

冒頭のマイルスデイビスはその後「理論に縛られるのでなく、理解した上でそれを使いこなしていった方が良くなくない?」って言ってた。ちょうど10年たってその意味がわかった気がする。自分に備わってる経験則や、自分ルールだって立派な理りであって、理論なのだ。しかし、その幅が狭かったり、間違ったりしてたら、それは縛られてるような状況とほぼ同じだ。

もちろん、括弧付きのお勉強をせずとも、そのセンスと冒険的な発想、なによりその血の滲むような努力と愛によって自分ルールを作り、聞き、それを吸収昇華していける人達もたくさんいる。だけども、自分はその方向性でないやり方で、できるとこまでやっていこうと思っています最近。

というわけで、今んところ3日坊主にはなっていないものも、どうせ音大出身には敵わねぇ!とか言って諦めるかも知れないですが、自分の納得できるまで頭に叩き込み、それが良い形で何らかの良い作用を持って、みんなに聞いていただけるようになれば良いなと思ってます。

今のところ、自分ルールが理論書に乗ってたりすると、あるじゃんセンス!とか思って正直嬉しいぞ。さっぱりわけわからんことが大半だけど。少しずつだけど、色々聞こえ方が変わったり、扱えるようになってきた感じがするよ。

以上。ツイッターに書こうと思ったけど、長くなりそうだったから、ブログにしたんだけど、きがついたらこんな長文になってたよ。ごめんなさい。日記だと思って許して。疲れた、おやすみ。


下北沢珉亭
ご飯が炊かれ 麺が茹でられる永遠
シェルター 出番を待つ若い詩人たちが
リハーサルを終えて出てくる


というのは
『アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)』というオザケンの新曲の歌詞で、
ここに歌われる下北沢の景色は、ぼくにとって、田舎者のぼくが想像してた下北沢の景色で、
それはぼくの心の問題もあるのだけど、現代の下北沢ではない……という寂しい気持ちもあるのね。


まぁ、語るべくもなく下北沢が嫌いなぼくなんですが、今日は抱きしめるズのツアーファイナルワンマンがあるということで激混みの電車に揺られて下北沢に行った。
下北沢の地下に小田急線は停車する。

_var_mobile_Media_DCIM_102APPLE_IMG_2791.HEIC

最近のおれはと言えば、もう何週間もヒゲを剃らずに、毎日のように街をただ練り歩いたり、部屋の中で非言語的コミュニケーションを図ったり、とても反社会的な存在として生活をしていたので、バンドマンだというのに、ライブハウスの大きな音に久しぶりにビックリした。


ひーくんの目がいつもよりギラギラしてフロアを見つめていたように思う。

ぼくは過去に戻りたいとは1ミリも思わないというか、今のおれの方が若い!とかって思ってたりするのだけど、10代って人生で最も恥ずかしい季節で、それはひどく無知故に恐れ知らずで、たまに、今のおれはあの頃よりカッコいいって言えるのか?って思うことがある。


バンドをやることや絵を描くことは、唯一過去にリンクできることで、触れることによって、過去に戻ったりすることが出来る、いわゆるマジックがあると思うんですが、今日は抱きしめるズのワンマンを観て、そういう自分の昔のこと、ちょっと面白かったよな、とか思わされてしまった。


それは過去を変えたりできたってことではなく、20歳過ぎて知り合った友達の実家とか泊まったときに、卒業アルバムとか見て爆笑する感じね。すげーしんどかったんだろうけど、今みるとこれアハハ笑えるわっていう。
その時間を共有することは出来なかったんだけど、ページをめくることによって、なんだかクラスメイトになったような気持ちになるアレ。
「このこ、一番モテたっしょ?」
「いや、一番モテたのは中原さんだよ、太田さんはお前、マニア向けだったわ」
みたいなヤツを、男の子は必ずやるのよ、これがまさに男子会だとぼくは思うのだけど……。
そういう、当時必死であればあるほど、今になってめちゃくちゃ笑えるやつ、つまりサイコーなやつを見れたんだよね。よかったよかった。


だったら卒アル見せっこすりゃいーじゃん、って話なんだけど、それじゃダメなのよ。だって、大河さんのチョーキングは、ほんとに、日本一だからね……。
顔もリズムもハミ出し具合も最高のチョーキングで引っ張り戻される感覚はもう、泣けるものがあるわよ……。


というのを書いてる帰りの電車、まだ最寄りにも着いていないが、下北沢、ライブ中を除いた滞在時間、ほぼゼロだったな。


17日はまた下北沢でライブをやる。挫・人間が下北沢でライブをやるのは年に一回くらいなのだ(避けてる)レアなので来るように。

プノンペンモデルは、熊本に居た頃、港で無限にリピートして聴いてた。戸川純さんもいらっしゃる。なんというかおれの青春をひとつ清算するような気持ちだ……。ことぶき光さんのツイートに挫・人間と書いてあって、背筋凍ったぜ。

がんばりまーす。

↑このページのトップへ