東京や大阪に比べると参加者は半数ほどになるものの、広島は全国的に見て平均的画力レベルが非常に高い印象を受けました。それはもちろん、それぞれの努力の結果でもあるのですが、少人数ならではの行き届いた教育という事も深く関係しているのではないかと感じました。大都会や大学ではない専門学校のメリットや可能性、これからもレポートしてゆきますね。そして、講演会は他の地域でも実施しておりますので、興味がある方は、学校見学も兼ね、ぜひご参加下さい。
【中村佑介講演会スケジュール】
■3/26(土)@ ヒューマンアカデミー広島校 / 13時~ 終了
■6/11(土)@ ヒューマンアカデミー東京校 / 13時~ 受付中
■8/6(土)@ ヒューマンアカデミー仙台校 / 13時~ 受付中
■9/17(土)@ ヒューマンアカデミー神戸校 / 13時~ 受付中
※入場無料ですが、事前予約が必要です。
※座席数に限りがございますので、お早めにお申し込み下さい。
そして、ここからは引き続き、大阪イラスト教室選外者の講評のつづきを。
⑫T・Yさん(28才/グラフィックデザイナー/大阪府)
現在はグラフィックデザイナーとして勤務していますが、仕事をしていく中で『 フリーのイラストレーターとして食べていきたい』という気持ちが大きくなりました。自分のイラストに足りないもの、オリジナリティや他のイラストレーターとの違いを出すにはどうすればよいか?イラストレーターとして活動するためには会社を辞めてしまう方がいいのか?また、どういった方法で世の中にアピールしていけばいいのか?などの活動方法も教えて頂きたいです。
という訳で、まずは応募動機からご紹介しました。当校は基本的に「これまでイラストやデザインの専門知識と関わることが出来なかった人」向けの学校ですので、現在グラフィックデザイナーをされているTさんは選出外とさせて頂きましたが、ご質問には答えていきますね。まずは「イラストレーターとして活動するためには会社を辞めてしまう方がいいのか?」というご質問ですが、答えは「辞める」「辞めない」ではなく、「まだ考える時期ではない」です。今の状態でこれを悩むのはまだ早いです。小学生が「大人になってプロになっても現役期間は短いし…」と少年野球団を退団しちゃうくらい、階段を3段くらい飛ばした悩みです。そんな場合は、ただ"目の前にある問題から目を背ける為に、より大きな問題に目を向けて諦める"という傾向が強いです。
本当に1日も早くプロになりたいのなら、気を付けましょう。悩んでいる時間こそ最大のロスタイムです。イラストの仕事がたくさん来ちゃって、手が回らなくなるようになった時にはじめて、会社のことは考えれば良いのです。ただ、現状はそうはなっていない。つまりあなたの目の前にはきちんと「本来クリアすべきこと」が横たわっている。それではそんなTさんの作品を見てみましょう。
美しい絵ですね。特に細かな髪の表現と、吸い込まれるような瞳が印象的です。さすがに現役デザイナーだけあって、作品の完成度は非常に高い。ただし、オリジナリティと方向性という点では、ご本人の悩まれている通り、まだプロのレベルには達してはいないと思います。それはどういうことか。
まずオリジナリティについて。僕はTさんの作品を見た時に真っ先にイラストレーター・enaさんの作品を連想しました↓。
↑enaさんの代表的作品群↑
↓Tさんの作品の色を消しトリミング↓
↓Tさんの作品の色を消しトリミング↓

印象的な目と髪の描き方、白黒を基調とした女性画。今の状態では、普段あまり絵を意識的に見ない層からすると、「え?同じ作家の作品じゃないの?」と間違える人も多く出てくると思われます。もちろん、アマチュアの時代は"勉強"として、憧れの作家の影響も色濃く受けてみるのも良いですし、単なる偶然の一致かもしれませんが、どちらにせよ今後プロになった時に、「似てる」ではなく「間違える」というレベルの作家性を持っていると問題があります。それは、我々イラストレーターは基本、作家名は出ないまま、クライアント(会社/依頼主)や商品の顔となる絵を描くのが仕事なので、会社同士の問題が出てきます。そして、その中で一番大きな悩みを抱え続けてしまうのは、誰でもない未来のTさんのはずですので、アマチュアの今のうちにenaさんをはじめとした、他の白黒ファッション女性画の作家たちとは、別の作風を開拓すべきです。ま、これは余程「○○さんみたいな絵を描きたい」 と意識し続けてない限り、3年も描いていたら自然とオリジナリティを持つ方向性になりますので、あまり深く考えず、とにかく描いて、描いて、描きまくって下さい。
ここからは方向性の話。イラストレーターとしては画力やオリジナリティと同じくらいか、それ以上、ここが重要な事は、僕もプロになってから気付きました。簡単な話、「この絵は何に合うか?」ということです。これは「どんな仕事を手掛けたいか?」という作家本人の願いとは別で、単純に絵だけを見た状態で、クライアントが「お、この絵なら○○の商品に合いそうだな」と直接的に仕事に繋がります。それではその観点から、Tさんの作品を見てみましょう。

例えば、このTさんの作品は、ドレスが描かれていることから、可能性としては雑誌や式場など、ウェディング関連の仕事が一番近いと言えるでしょう。

雑誌「ゼクシィ」表紙
それではシュミレーションとして、Tさんの作品をゼクシィの表紙に起用してみるとこんな感じになります。

さすがに画力があるだけあって、"本の表紙"としての完成度はあるのですが、やはり本物と比べると、"落ち込んでる"までは行かないものの、ウェディング系雑誌に必要な"幸せ度"や"華やかさ"が足りない気がしますよね。

この2冊、根本的に何が違うのか。もちろん一方は写真で一方は絵という事や、背景の青の種類もあるのですが、一番の違いは、白黒主体の人物像であるという点。"色がつけられない"という漫画や挿絵以外の、白黒主体の絵は、良く言えば「落ち着いている」「クール」と形容できますが、それは言い換えれば「暗い」「冷たい」というイメージも内包しているのです。
つまりTさんの絵柄自体は、例えばロック歌手のCDジャケット、ミステリーやポルノ小説の表紙、ブランドものの広告など、比較的若い人向けの「落ち着き」や「クール」が求められる現場では重宝されますが、描かれているテーマは3枚とも、その逆の「明るさ」や「あたたかさ」を目指しているので、"伝えたいもの"と"出来あがった絵"で、チグハグな印象を起こしています。このままでは、どこかで未来のクライアントがTさんの絵を見たとしても、「上手いんだけど…」と首を傾けたまま、仕事には繋がりにくいです。
かくゆう僕も、白黒主体の人物画を描いていましたが、色を意識するようになってから、突然たくさん仕事が舞い込むようになりました。

では実際に、Tさんの作品の、背景の水色以外にも、色を付けてみます。

いかがでしょう。ただの「絵」として見るなら、左の元作品も僕は好きですが、「イラスト」として見るなら、つまりクライアントの目線で考えるなら、やはり右の方が、やわらかなイメージで、色々な用途で使いやすいです。人間であるので、設定上、眼や眉や髪に黒を使用するのは良いですが、ポイントは陰影で使っている灰色のグラデーションだと思います(右の絵ではそれを少しピンクに変えました)。これがあるおかげで、「白黒の絵」というより、葬儀で使う「白黒写真」に近い、しんみりとした効果が出てしまっています。

例えばこの作品も、おそらく冬の寒さ(ネガティブな要素)より、マフラーの暖かさ(ポジティブな要素)を描きたかったのだと推測されますが、作者の意図とは別に、見る側の印象としては「あたたかい」「かわいい」「明るい」よりは「肌寒い」「こわい」「暗い」という印象の方が若干強いです。ということで今度は色は加えずに、グラデーション(陰影)だけ消してみました。

元(左)絵より、右の方が「こわさ」や「暗さ」は和らぎましたよね。なぜこのような差が現れるのか。それは描く人と観る人の意識の違いから起こります。
描く人(作者)の意識としては、「白黒と水色の3色の絵」として描いていますよね。でも観る人からすると、「白と無数のグレーと黒と水色の絵」として印象に残ります。図にすると以下。

つまり出来あがった絵は、水色の割合から見ても解る通り、作者が思っているよりずっとモノトーン(暗い/落ち着いた)の印象が強くなっていたのです。だから先程、灰色を飛ばしたものは、明るく、可愛く見えた訳ですね。ただし、Tさんの絵の意図が「ネガティブな印象」の場合は、このままで良いと思います。
以上のような点を意識して、では残りの1枚を見てゆきましょう。

元(左)絵より、右の方が「こわさ」や「暗さ」は和らぎましたよね。なぜこのような差が現れるのか。それは描く人と観る人の意識の違いから起こります。
描く人(作者)の意識としては、「白黒と水色の3色の絵」として描いていますよね。でも観る人からすると、「白と無数のグレーと黒と水色の絵」として印象に残ります。図にすると以下。

つまり出来あがった絵は、水色の割合から見ても解る通り、作者が思っているよりずっとモノトーン(暗い/落ち着いた)の印象が強くなっていたのです。だから先程、灰色を飛ばしたものは、明るく、可愛く見えた訳ですね。ただし、Tさんの絵の意図が「ネガティブな印象」の場合は、このままで良いと思います。
以上のような点を意識して、では残りの1枚を見てゆきましょう。

大きなハイヒールに乗った高校生、アイデアが面白く、構図も素晴らしいです。ただやはり、「どこに使えるか?」という仕事目線で考えると、画面上のモノトーンが多すぎるので、"女子校生が主役の決してハッピーエンドではない小説"くらいしか思いつきません。ですが、おそらくTさんの意図としては、"少女が憧れる強く美しい大人の女性"、もしくは"大人ではない少女の小悪魔的魅力"という、どちらにせよ、ポジティブなテーマの下で描かれた作品だと思います。
もし"少女が憧れる強く美しい大人の女性"というテーマの作品なら、主役は少女ではなく大人の女性になります。と言う事は、一番目立たせないといけないのは大人の象徴であるハイヒールですね。今のまま、グレーなハイヒールだと、画面上、黒をより多く含んでいる少女の方が目立っていますので、背景だけでなく、ハイヒールにも色をつけます。その時の色は幼いピンクより、大人の女性らしい赤が好ましいでしょう。すると、こんな感じ。

色を変えただけでテーマが伝わりやすく、何より元より強い印象の絵になりましたよね。では次に"大人ではない少女の小悪魔的魅力"がテーマの場合なら、こんな感じ。

幼さや柔らかさを出す為に、真っ黒を出来るだけ廃し、こげ茶に。その他もより可愛らしい色でまとめました。その中、下半身にあるスカートだけ紫を使用することにより、妖しさや性的魅力など小悪魔感が演出できます。
3点とも色だけで随分印象が変わりますよね。今回の講評で僕が一番伝えたかったのは、このように「Tさんの作品にはまだまだ可能性がある」という事でした。
確かにプロ志望の方は、絵のタッチやスタイルなど、オリジナリティの確立も大切ですが、画力も構図力もあるにも関わらず、今、プロになれていないということは、今回お話したような「テーマと合っているか?」や「使いやすい絵か?」というイラストレーションの大前提がスッポリ抜け落ちていることがあります。意識せずとも、みんなの書き文字が全員違う筆跡のように、自分の欲求ではなく、相手を思う心に重点を置いて、絵を仕上げる中で、その人のオリジナリティというのは、自然と確立してゆくものだと考えております。
プロとアマチュアの差は画力でもオリジナリティでもなく、まさにここです。「見やすい」「使いやすい」。そこさえ理解できれば、あとはもう手ではなく頭の問題なので、早いです。Tさんは近い将来、必ずプロになれる実力を持っている方だと感じましたので、今のスタイルなんて守らず、焦らずただ1枚1枚、きちんと相手のことを考えた絵を仕上げて行って下さい。応援しております。
以上、Tさんの作品に対する講評でした。今回は長くなりましたので、残り10名はまた次回以降にしますが、物足りない方は、『みんなのイラスト教室』をお読み頂くか、以下の先日行ったオンライン合評会の動画をご視聴下さい。皆さまの健闘を祈って。では。
【中村佑介 第1回オンライン合評会(2016.3.30)】
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part 4/6
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