月別アーカイブ / 2009年07月

カフェやレストラン、また新幹線や電車の中で
ノートパソコンを広げている人を見て「カッコイイ」と思ったことはあるかい?
なんかちょっと語尾がサニーデイサービスの歌詞みたくなっちゃったけど、
あの人たちって会議に間に合いそうにない書類を作成してるんだろうか。
それとも暇を持て余しmixiやYoutubeをぼんやり眺めているのか、
はたまた延々Windows付属のトランプゲーム"ソリティア"をしてるのか。
いや待てよ。スーツを着てるサラリーマン風だけど、
実はそれはフェイクであって、その中では女の子になりきって、
出会い系のサクラメールを打っているのかもしれない。
------------------------------------------------------------------------------
この仕事は、時間が自由に設定できること、収入が思ったより良かったこと、
そして俺は大学の時は文学部で、一時期は小説家になりたいとも思っていたくらいなので、
そこそこの文才もあり、興味本位ではじめてみた。
はじめは「こんなのに引っかかるバカな奴もいるんだなぁ」なんて鼻で笑いながら
まさか男に届いてるなんて気付いていない男からのメールに返信をしていた。
その中の一人はKといって、長崎から大学進学の為上京してきて、
そのまま都内の証券会社に就職した29歳の男。
仕事はやりがいがあるが、最近彼女と別れて生活にハリがなくメールしてみたという。
さすがに長崎出身ではなく、証券マンでもなかったが
自分のそれまでの状況と酷似していたので、数十といる男の中から興味を持った。
ただ俺はそれが嫌で、30を前にして思い切って会社を辞めたものの、
特にやりたいことがある訳でもなく、貯金で食いつなぎフラフラとしていた。
そんな中、ついに大学の時から付き合っていた彼女も
「あなたとは先が見えない」という手紙を残し去っていった。
最後の言葉くらい何も文章でいうことないじゃないかと思ったが、
お互い文学部だったので、それもそうかと変に落ち着き納得した。

勿論だが俺は男なので、返信するメールには様々な女の偽名を使っていて、
ほとんどが知っているアイドル、小説の主人公、喋ったこともない同級生の名前だ。
その都度、名前に引っ張られるように自然と自分の性格も変化するのでおもしろいのだが、
女言葉を使っていても、どこまで行っても自分は自分、
この仕事に若干の後ろめたさを感じていたのも事実なので、
一番最初に、無意識に母の名前を打ってしまった時は、すぐさま打ち消した。
しばらく実家にも帰っていないが、昨日母からの電話でこんな話を聞いた。
「黒柳徹子さんは、男の子が産まれてくると思って"徹(とおる)"という名前の予定だったんだけど、
女の子だったので、それに"子"を付けて、徹子(てつこ)になったんだって。
だから"とおるこ"とも呼べるから、トットちゃんっていうあだ名なのよ!」
小学生の時家の本棚に並んでいた『窓ぎわのトットちゃん』を読んで、
それから文章の本を好きになったので、
そのエピソードは勿論知っていたが、そうかあれは父の本だったのか。
てっきり母が育児用に買ったものだとばかり思っていた。

最後まで迷ったのが、Kの相手役の名前だ。
はじめのうちは決めかねて「匿名希望さん」と名乗っていたが、
Kとメールを通し色々な話をしていると、だんだんと親近感を持つようになってしまったのだ。
まるで昔からの恋人、いや、男同士だから親友か。
違う、おそらくは1年前の自分自身を重ねていたのだろうと思う。
とは言え、事実ささやかな好意があったので、結局は嘘になってしまうのだが、
メールの中だけは、出来るだけは誠意を持って向き合いたいと思った。
だからと言って黒柳さんのようにはいかなかった。
俺の名前はドラえもんのジャイアンと同じ剛なので、"子"をつけても"美"をつけても、
女の名前になりそうにない。
一瞬、ジャイアンの妹の真っ赤なベレー帽が思い浮かんだが、
すぐさま却下されたのは言うまでもない。

そこで俺は別れた彼女の名前である「百合子」を名乗ることにした。
我ながら女々しいとは思いつつも、一番近い存在だったのにもう会えないというのは、
色んな意味で好都合だった。
百合子とKは会っていないだけで、毎日のようにたわいもないメールを交わし、
本当の恋人のように仲が良かった。
そんなある日、俺は最近の不摂生がたたったのか風邪をひいて、
パソコンを立ち上げる余裕もなく、寝込んでいた。
よく考えてみると、実家から大学に進学し、すぐに百合子と出会ったので、
一人で風邪をひいたのははじめたかもしれない。
都会の真ん中で何の当てもなく、咳をするのも一人だというのが、
こんなにも心細いものだったとは思いも寄らぬことだった。
本物の百合子が側にいた頃は「しんどいから帰ってくれ」と
追い返したことに今更ながら後悔したりもした。
あくる日、さいわい熱も引いたので、パソコンを立ち上げてみると、
数百の広告メール、「やらせてよ」や「会いたいなぁ」などのわかりやすい件名の
数重の出会い系の相手からのメールの中に、
Kからの心配そうなメールが3通入っていた。
悪いことをしたなぁという気になり、すぐさま「風邪をひいてました」と返事を書いた。
するとKから1分後にまた返信が届き、ほっとした様子だった。
本当に心配してくれていたのだなぁと嬉しくなった。
次の月、俺は友人の紹介で広告代理店に就職し、
コピーライターの仕事をさせてもらうようになった。
特に女性スタッフから「ほんとうに女性が書いたみたいな文章」と好評だった。
あたりまえだ。

一方、Kも数カ月して、同僚に好きな子が出来たらしく、
俺もずっと悪いなと思っていたので、自然と連絡を取らないようになったが、
あの風邪をひいたことをきっかけに買ったノートパソコンを持ち歩き、
今でも時々メールボックスを覗いてしまう。

------------------------------------------------------------------------------

というような一連の想像も膨らんでしまいそうだけど、
昨日のこと、S▲ILSのアコーディオン・あっちゃんが
お父さんから譲ってもらったというノートパソコンの調子が悪いらしく、
メンテナンスをさせてもらい、無事使えるようになったのはいいものの、
あまり高性能なものではなかったので「でもこれで音楽を作るのは難しいよ」と言ったら、
「いいねん。ガストでノートパソコン開きたいだけやねん!」とのこと。
どうやら23歳になったあっちゃんは可愛さよりも"カッコいいオンナ"を演出したいらしく、
無意味に外出先でノートパソコンを開きたいらしいのだ。
その場所にガストを択ぶのが効果的かどうなのかは別として、
僕も東京へ出張の際は、忙しくもないのに無意味に日帰りをしたりして、
"出来るオトコ"をアピールする方なので、気持ちはよ~く理解できた。

ということで答え。外出先でノートパソコンを開いてる人はほぼ何もしていません。
そして僕はその男にそっと近づいて行って、デスクトップを見て言い放つのです!
「テメー!さては何もしていないな!!





…………ゆ、百合子さん!?」

見つめあう二人の男。

お後が宜しいようで。

今日は構成作家やコラムニストである草壁コウジさんと打ち合わせ。
草壁さんとは昔一緒にラジオをやったり、暇をもてあましたり、
かれこれ5年ほどの付き合いになるのですが、
タイフーンミニスターズやワンノート、そして今回、画集『Blue』のデザインも引き受けてくれた
大学からの友人・前川景介くんも同様、友達と仕事を出来るって、
同じ速度で同じ方向に歩いているようで、頼もしく嬉しい。

7月11日(土)に我らが若社長サカモトさん率いるELEKIBASS
レコ初イベントが大阪は心斎橋クラブジャングルであります。
クラブジャングルといえば、僕らS▲ILSもたびたびお世話になっているのですが、
かつて出来たばかりの頃に、
草壁さんが、講演会でもお馴染みの柏木くんらとともに、
よくアングライベントを開いていた場所(ハコ)です。
SM嬢におしりに花を刺さ…ここからは自主規制させてもらいますが、
当時、クラブジャングルオーナーの笑う顔は一度も見たことがありませんでした。
その時は客の一人として「クールな人なんだなぁ…」程度に思っていたのですが、
本当はよく笑う方だと分かったのは、彼らが出なくなって、
イベントスペースからライブハウスへと移行してからのことです。
ちょっとミルク少なめ、ビターが強い気もするけれど、
そんなこんなも今ではいい青春の思い出です。

11日のライブではS▲ILSでの演奏の他に、
デザイナーでありイラストレーターの小田島等さんと、
同時期に作品集が出るようなので、トークショーをさせてもらい、
司会を草壁さんに引き受けてもらったので、その打ち合わせでした。
小田島さんといえば代表作にサニーデイサービスの一連のジャケットがあり、
大学生の頃の僕は強く感動や影響を受けました。
今回共演させてもらうGOMES THE HITMAN徳永憲さんも同様、
青春時代の僕の核となっている人たちです。光栄です。
僕ら以外みんな東京の人たちですね。

そして前日10日(金)も同じクラブジャングルで、
エレキベースのレコ初イベント1日目があり、
そちらは弾き語りで出演させてもらいます。共演がこれまた豪華。
先日発売された『ワールドスタンダード』でジャケットを描かせてもらったタイフーン・ミニスターズ
元クロスフィンガーズの二宮さんと、元マーガレットホープのほざきまゆみちゃんによる木漏れ日
ちなみにもうひとりのメンバーであるミンソンは今回仕事の都合により欠席とのことですが、
愛しの韓国の歌姫ヨンジンちゃんのギターポップバンド
"ライナスブランケット"のメンバーでもあります。
媚びようと思っていたのに…勘づいたか!?
名古屋のabcdefgレコードから発売された2ndアルバムも好調な京都のQuesa(ケサ)。
お、こちらは見事に全員東京の人ではないのですね。
そしてDJには、先日日記でも紹介したSoda fountainsからこいちゃんこと小泉ひとし。
はじめてのDJとのことで緊張しているようなので、
彼の持ってくるであろうレアなスウェディッシュポップのCDを
すべてアダルトDVDとハムにすり変えたり、全力で邪魔しに行く所存。
あぁ、クラブジャングルのオーナー様、悪夢の再来であります。

僕は31の男がひとりでボソボソ歌うのもなんだか切ないので、
何とこいちゃんにガットギター、ほざきまゆみちゃんにフルートとコーラス、
タイフーン・ミニスターズにピアノとドラムで協力してもらえることになりました。
あぁ、何と心強い。楽しみ。両日とも詳細はコチラ
今回も渾身の出来のCD第3巻を無料でご用意しておりますので、
たくさんのご来場を心よりお待ちしております。

早くヨンジンとも人生のコラボレートをしたい。
来たるその日の為に、ユスケさんカコよくなる。
1個、2個、サンコン!ヨンジン、5陣、6陣!全体ススメ!!

はじめて絵に興味を持ったのはアニメがきっかけで、
初恋の相手は何を隠そう『ドロロンえん魔くん』の雪子姫という妖怪だ。
ちなみに小学校高学年でやっと人間である斉藤由貴、
おっ、7月だと言うのに"雪"の話題で持ち切りじゃないか。
まぁ、そのくらいだったから当時はどのアニメにしろ原作があることすら知らず、
漫画はアニメの真似をして、乱雑な白黒の線で書き直しているだけのものだと思っていたくらいだ。
逆でした。失礼しました、永井豪先生。

とは言え、僕の中のアニメブームは中学3年生まで続き、
小学校の時から描き溜めたオリジナルキャラクター帳は50冊を超えた。
自由帳にひとつのアニメを設定して、30体くらいのキャラクターを描いたものだ。
もっとわかりやすく言えば、オリジナル魔神英雄伝ワタルや、
オリジナル魔動王グランゾートや、オリジナル超幕末少年世紀タカマルがその内訳。
そう、僕は芦田豊雄さんの絵や世界観が大好きだった。
名前を聞いたことない人の為に説明すると、
もっと有名な作品に「魔法のプリンセスミンキーモモ」があり、
当時センセーショナルだった独特なカクカク髪の描き方は、
後期・ドラゴンボールに大きな影響を与えた。

そして高校生になる頃にはアニメからTVゲームへと、
大学生になり音楽やイラストレーションへと関心は移り、
だんだんと非現実的な夢のような世界からより現実的ものに興味を抱き、
自然と僕の絵柄も変わっていった。
そしてこの度、画集を出させてもらうこととなり思い出すのは、
生まれてはじめて買った画集もやはり芦田豊雄さんの本だったことで、
「大人になったら嫌でも自分で気付くから、子供には出来るだけ楽しい嘘をつきたい」
というあとがきが、ずっとずしりと心に残っていた。

時々、中学生や高校生の男の子から「中村さんの描く女の子と付き合いたい」
というファンレターをもらい、僕も彼らの雪子姫を作りだすことが出来たのかと、
すごい嬉しくなる。付き合えるなら僕が先だ!だから無理だけどガンバレ!と思う。
だけど、僕が絵に興味を持ち始めた頃くらいの子供に対しては、
まだ何の影響力もない。がっくし。これが本当のBlue。なんて思ってたら、
何とアニメーションの仕事に携わることになりました。

これ以上詳しくは言えないんだけど、とにかくそういうことで、
さっきようやくキャラクターのラフイメージを描き終えた。
十数年ぶりの51冊目のオリジナルキャラクター帳。
楽しい嘘を少しだけ入れてみた。これは嘘じゃない。

↑このページのトップへ