あなたは『みだれ髪』を知っていますか?

そう、明治時代にうまれたあの歌集の金字塔、与謝野晶子さんの『みだれ髪』です。「もちろん知ってるよ、国語の教科書で呼んだもん」という方、僕もそう思っていました。すっかり理解している気になっていたのです。この表紙のご依頼を頂くまでは。

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という訳で、これまた近代歌集の金字塔『サラダ記念日』や『チョコレート革命』の著者である俵万智さんによる、『みだれ髪』現代語訳版の表紙を描かせて頂きました。デザインは、斬新なアイデアと繊細な仕上げで、数々の素敵な装丁を手掛けられてきた名久井直子さん。どこを取っても豪華すぎて鼻血が出そうな布陣ですが、実はご依頼当初はお断りさせて頂くことも念頭に置いていました。

というのも、『みだれ髪』は前述したように誰もが知っている名作中の名作。名作とは優れているということ。それは流行にだけ留まらず、時代に流されない耐久度があったということ。だからこそ1901年に出版されてから、こうして100年以上経った今でもまた再版されるんですよね。同時に、その作品の顔である"表紙"を担当するということは、与謝野晶子さんと、これまで長年に渡り『みだれ髪』を語り継いできた読者の方々と同じだけ、短歌を深く理解する必要があります。しかしイラストレーションは、作品であると同時に、仕事。ということは締切があります。それは決められた時間内に、100年以上の魅力を解き明かさなければならないということです。そこに自信がなかった。でもそれ以上に、与謝野さん、俵さん、名久井さんへの興味が勝り、無責任にも「とりあえず読んでみます!」と言ってしまったのです。

よく「絵のアイデアはどこから得るのですか?」という質問が寄せられますが、それはすごく簡単。皆さまも、国語のテストで"この作品で作者が言いたかったことを25文字以内でまとめなさい"という問いに何度も答えたことがありますよね。また夏休みには読書感想文なんかもありました。それと同じで、"この作品で作者が言いたかったことを1枚の絵でまとめなさい"、これが表紙絵の第一目的です。さらにそれを見て「自分も読んでみたい!」と促すのが第2の目的。だから最初に僕自身が楽しむ必要があるのです。「短歌はあまり読んだことないけど理解できるのかなぁ。。。」そう思いながら、届いたサンプル本のページを開きました。そして次に気付いた時にはこうなっていました。

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僕は、いつも表紙絵を描くための読書の際は、付箋をその作品のポイントとして、特に気に入ったり、気になった部分、つまり絵のモチーフとして使えそうなページに貼っていくので、出来るだけ厳選してあまり多くないようにするのですが、読み終わったらこの束(笑)テスト勉強の時、参考書の全ページ、全文章に蛍光ペンのアンダーラインを引いてしまった、そんな感じ。それを絵のアイデアとして置き換えると以下のような感じでした。もうグチャグチャ=魅力が多すぎた、ということです。これが名作の持つエネルギーなんですね。

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ただ、読み終わって感じた率直な感想は、「むかし国語で習った印象とはまるで違う。。。」でした。『みだれ髪』は妻子ある与謝野鉄幹師匠への、当時ハタチだった与謝野晶子さんの恋する気持ち、そして結婚までの行為や道のりが、5・7・5・7・7の計31文字を通して赤裸々に綴られており、どちらかというと短歌の持つ一般的イメージの"風流"より"官能"、平たく言うと爽やかというよりエロかった。同じ文字数規制のあるTwitterでもし今の時代に発表していたら、間違いなく炎上するような内容でした(笑)当時もやはり問題視されていたようです。

しかもそれを、現代と比べると遥かに男尊女卑社会だった明治時代において発表していたなんて、「晶子ちゃん、なんてロックなんや!」と、尊敬と同時に親しみを覚えました。例えば椎名林檎さんやaikoさんや西野カナさんやmiwaさんがデビューした頃の衝撃。でも当時はCDもレコードもカセットもMP3もスマホもYoutubeもテレビすらありません。そんな時代の女の子たちが、何をやっても「女なのに」「女だから」と窮屈な"世の中で求められる女性像"より、"ほんとうのワタシたちの代弁者"として『みだれ髪』から、晶子さんから、日々の暮らしの中で、どれだけの勇気と元気をもらったことでしょう。

そこで、現代語訳版ということもありますが、明治文学だからって和装の女性ではなく、現代の女性を描いた方が、より今の読者に響くだろうと考えました。恋、愛、友だち、尊敬、官能、学問、戦争、季節…etc、全399首の『みだれ髪』には様々な要素がありますが、晶子さんが伝えたかったのは、一貫して受け身ばかりでなく、女性も自発的になりましょうということ。決して時代やノスタルジーではなく、生活においても、社会においても、男性と同じように女性が活躍できる未来だったからです。

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そこで女性像は、儚く可愛げな表情から、強く美しい表情に。髪型も『みだれ髪』と聞いて、誰もが想像するであろうロングヘアーが風でなびくイメージではなく、整えている部分があるからこそ、より浮き立つ乱れと、現代性を表現するためにポニーテールにしました。そして出来上がったのがこちらのラフスケッチです☟

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当時の衝撃や、女性の強さ、愛の深さを示すため、このようにテーマカラーは鮮烈な紅色だと決めていましたが、『みだれ髪』の"みだれ"、つまり官能面を表現するための下着姿は「淡い紫色にしたことにより、落ち着いた印象を持たせたものの、果たして一般書籍としては許されるものだろうか?」と、まずはこれを出版社に提出し、お伺いを立てました。(ラフはその為にあるものです) すると「作品の内容を尊重してこれで行きましょう!」との英断なお返事を頂き、このまま本描きへと進みます。

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ラフでの反省点や修正点を踏まえつつ、いつも通り、バロンケント紙に鉛筆で下書きをしてから(1日くらい)、決まった部分をペン入れ(3日くらい)。割とラフの時点で色付きで丁寧に描く方なので、変化のないように見えますが、並べて比べてみると、全体の収まりや、モチーフの位置や細部など、様々な違いが見えてくるかと思われます。

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そして線画が完成したら、スキャナーでパソコンにデータとして取り込み、フォトショップというソフトで色をつけていきます。これも3日間くらい。まずラフで決まっていた部分をさっと塗ってから、前述した本書のテーマと、本としての手に取りやすさを念頭に、細かな部分を着色、そして全体のバランスを考えて、色を調節したり、目立つべきではないモチーフの線を消したりして、絵は完成です。

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これまたラフと並べると、より「商品」として丁寧で華やか、「読書感想文」としてスッキリと要点がまとまったことがお解り頂けるのではないでしょうか。

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しかしこれだけでは1冊の「本」にはなりません。その後、名久井直子さんによる、タイトルや配置、紙選び、発色など、それはもう脳手術くらい神経の細やかなデザインが施されます。

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まるで元から決められていたような、長方形の中でのすべての要素のハマりの良さ、そして具象画が横にあるのに一番重要なタイトルがきちんと目立つ配置や文字選び、そんなデザインとしての完成度だけに留まることなく、"みだれ"の文字だけがほんとうに乱れていたり、絵を中央ではなく左に、文字を右に集めることによって、
元の『みだれ髪』表紙へのリスペクトとして、縦長の短冊のようなイメージに見せる、そんな遊び心にも「さっすが名久井さん!」と言葉を失うほどでした。

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これ☝が、1901年に出た元書『みだれ髪』の、藤島武二さんによる表紙です。この表紙との共通点を僕も絵の中にたくさん潜ませており、また名久井さんの上品な紙選びによる仕上げ、そして何より俵さんと与謝野さんによる内容ももちろん、この画面からはもうお伝えできませんので、つづきはぜひ本屋さんでお確かめ頂ければ幸いです。

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名作の現代語訳にして、久々のうれしいしおり紐つきハードカバーのお仕事に、人生でたいへん刺激的な一時でしたが、やっぱりいちばん気になるのはこれを見て、晶子さんがどう感じるかなんですよね。気に入ってもらえるといいな~ でも、そんなことより、俵さん、名久井さん、そして編集の高木さんという女性たちの手によって、この本が世に送り出された時点で、天国の晶子さんもニッコリ微笑まれていることでしょう。

最後にもう一度、あなたは『みだれ髪』を知っていますか?

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俵万智訳みだれ髪
河出出書房新社 2018/5/25刊