昨日は久々に両親と食事。ベトナム料理店にて少し遅めのお誕生日祝いをしてもらった。本読みの父は最近、溢れる本棚のスペースに困っているらしく、「それならいっそ、場所を取らない電子書籍を活用すれば?」と聞くと、「それは違う」と答えた。

「単純に【内容を知る】だけが目的ならそれで良いだろうが、【本屋に行く】、【歩き回って択ぶ】、【レジで支払う】、【持って帰る】、【ページをめくる】、【しおりをはさむ】、【人に貸す】などの行為を含めて『読書』の楽しみなので、やはりモノで欲しい。例えば同じ栄養が取れるからって、毎日の食事を栄養ゼリーで済ます訳にもいかないだろう?」と、手の込んだ生春巻きを口に運んだ。なるほど。(余談ではあるが、本の表紙を描く仕事をしている身としては、やはり画像よりも解像度が圧倒的に高い印刷物で、絵を隅々まで見てもらう方がうれしい。)

それで思い出したのが「トランスフォーマー」。ハリウッド映画化もされている乗り物がロボットに変形する玩具で、僕が子供の頃(30年前)からあったものの、集め始めたのはここ2年くらい。映画第4作目『ロストエイジ』が公開され、ドリフトというキャラクターが気に入って、最初はそのフィギュアのつもりで買ってみた。
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「うん、劇中とソックリで大満足」とかっこいいポーズを取らせ、棚に飾ろうと思ったところで、「そういえばトランスフォーマーって変形できるんだっけ?」とようやく気付いた。子供の頃にも何体か所有していたが、変形と言っても、ほぼ手と脚を縮めるだけで、あとは裏返し、ロボットの時に亀の甲羅のように背負っていた車のボディで見立てるという、まるでトランプをめくるような、とても単純なものだった。

そう高を括って、いざドリフトの変形をはじめてみると、どこをどういじっても、元々露出している車輪以外はなにひとつ車らしい形すら出てこない。そこで説明書通りに、ルービックキューブを回すようにカチャカチャとやってみると、まるで手品のように元の鎧甲冑は姿を消し、これまた劇中通りの車が目の前に現れた。 (詳しい変形はコチラから)
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ガーン!この30年間の発想と技術の進歩を目の当たりにした瞬間だった。そして別のキャラクターや車というより、別の変形を試したくなった。最初は可動フィギュアのつもりで買ったのに、変形玩具の虜になってしまったのだ。

さて、当たり前だが、上の2つの画像を見る事と、実際自分の手で変形させてみる事は全く別の体験だ。トランスフォーマーほどAmazonの画像と、手にした感覚の差が出るものは体験したことがない。父が言ったのもつまりはこういうことだろう。電子書籍にしろ、MP3にしろ、JPGにしろ、「読めたらいい」「聴けたらいい」「見れたらいい」という目的まで最短ルートでショートカットする為に生まれたものだが、目的と同等か、いや、それ以上に実は工程も楽しいものなのではないかということ。もっと言えば、「面倒」と言うと回避したくなるが、「手間暇」と言い換えるなら、むしろそれをかける事に楽しみを見出している人は案外多いんじゃないかということだ。僕もその一人だろう。なぜなら、それからコツコツ、カチャカチャ、コツコツと。いまや僕の部屋は、「ここは雛人形問屋か!?」と見間違うほどに、棚という棚にところ狭しと、100体以上の手間暇のかかるロボット達が並んでいる。
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これで一部なんだから、血は譲れない。棚に困っているのは、なにも父だけじゃなかったのである。でもそれはとても楽しい。便利という名のもとに、それを奪われないように。