ゲントウキに「Abeno-music Abeno life」という曲があって、
当ブログの前題が"僕のアベノライフ"ということから、
ゲントウキファンの皆さまや、勘の良い方なら気付くかもしれないが、
ゲントウキのボーカル・ギターであり友人の田中潤さんが僕のこと、
そして僕の10年暮らしていて、田中さんとの出会いの場となった
大阪の阿倍野をテーマに作ってくれたという、とてもうれしい歌だ。

歌詞で"本職は絵描きなんだけど器用に何でもこなすヤツ"と歌われていて、
確かに絵以外にも、バンド活動やエッセイ執筆、そしてトークライブと、
割と器用な方だという自負もあるが、子供の頃からどうしても苦手で、
今もなお克服できないものは勿論ある。

ひとつは梅干し。梅干しやシソのあの独特な味がどうしても苦手で、
最近も定食屋のおじさんが「サービスしとくわ!」と言って、
ごはんにたっぷりゆかりをかけてくれた時には、
「あぁ、こんなに善意の相思相愛関係なのに、
国交関係のように、とてもかなしいすれ違いが起こっている…」
と自分の体質を嘆いたものだ。

そんな梅嫌いな僕であったので、子供時代、スーパーのお菓子売り場で
ロッテ「小梅」というキャンディを見つけた時も、過敏に反応して、
「騙されないぞ!お菓子になっても、例え小さくても、梅は梅だい!!」と
通り過ぎようとしたが、ふと振り返ると「小梅ちゃん」のパッケージに印刷している
ただの線だけのはずの少女が、かなしそうな顔をしている気がした。

自分も絵は描くので、好きな漫画も上手か下手かで判断していたくらい
絵はあくまで絵(人が描いたもの)という認識が強く、
悪い言い方をすれば、絵に対してだけは冷めた目線を持った子供だった。
Hなものに興味を持ちだす頃でも、その手の入り口であるエロ漫画より
いきなり実写(アダルトビデオ)派だったくらいだ。
そんな僕がただの絵である女の子に対して
淡い恋心を抱いたのは、これがはじめての体験だったように思う。

今考えると、もしかしたらパッケージに使われている濃いピンク色の色彩効果や、
食べれないことに対する反動も助長していたのかもしれないが、
それは"卵が先か、ニワトリが先か?"論争みたく、
もう心に火がついてしまった後の僕にとっては後の祭り、
「あの女の子が"ほ"っと頬を染めている相手が僕だったらいいのになぁ。。。
大人になって梅干しを食べれるようになって、必ず迎えに行くからね!」と、
お菓子コーナーを通り過ぎる度にそう思っ…いや想っていた。

やがて大人になり、相変わらず梅干しは苦手なままだったが、
新しく好きなものが出来た。それが音楽だ。
僕が大学ではじめて一人暮らしする際に父がくれた
鈴木慶一とムーンライダース「火の玉ボーイ」のレコードがきっかけで、
昔の日本の音楽に興味が出てきて、
その中でも特にはっぴぃえんどというバンドが好きになった。

のちに松田聖子やキンキキッズなどなど数多くの名曲を産み出した
作詞家の松本隆さんがドラムとして在籍していたバンドで、
メンバーはほかにも、細野晴臣、大瀧詠一、鈴木茂と、
いまなお日本の音楽シーンの最先端に君臨する方々が一堂に会している
伝説のバンドだ。ということは後に知った。

というのも、僕が好きになったきっかけはジャケットだった。
それは通称「ゆでめん」と呼ばれるファーストアルバムのジャケットで、
木版画とも劇画とも取れるようなリアルなタッチで描かれた日本風景と、
コミカルにディフォルメされた煙突から出る煙との対比、
一歩間違えたらナンセンスになりえるギリギリのセンスの絵にくぎ付けになった。
そして中身を聴いても、それはそのまま、当時のはっぴぃえんどの音楽性や
時代のムードを的確に表していて、ますますそのジャケットが好きなり、
調べてみると"林静一"という方が描いているのだと知った。

そう、あの僕の愛しのジュリエットこと、小梅ちゃんの作者だったのである。


さらに調べるとイラストレーターだと思っていた林静一さんは昔、
ガロというアングラ誌で「赤色エレジー」という漫画も描いていたらしい。
ということで「赤色~」はもちろん、つげ義春さんや、鈴木扇二さんなど、
他のガロ作家の漫画も読むようになった。
どの作品も、今まで読んできたどの漫画より繊細な感性が表現されていて
衝撃を受けたと同時に、これが"アングラ"だと言われていることがとてももどかしく思った。
松本隆さんがアングラなイメージのはっぴぃえんどから、
対極に位置する歌謡ヒット曲の作詞家になったように、
僕もストーリーを構築するのは苦手なので漫画家は無理だけど、
どうにかしてこの世界観をもっとみんなに知ってほしいと思い、
大学を卒業する頃、僕はイラストレーターを目指すようになっていた。


一方、そんなきっかけで好きになったはっぴぃえんどだったが、
伝説と言っても、オリジナルアルバムはわずか3枚しか存在していなかったので、
「あんな風に日本語がビンビンにとがった音楽をやっている他のバンドはいないのかなぁ」と
探していたところ、当時インディーズで活動していたゲントウキの音楽に出会った。

お互い大阪で活動していたこともあり、ライブに行ったり、
展覧会に来てもらったり、遊びに行ったり、一緒にエロビデオを見たりする日々。
田中さんはさすがミュージシャンだけあって、
はっぴぃえんどはもちろん、新旧世界中の音楽に詳しかったが、
それと同じくらい漫画にも詳しく、"ゲントウキ"というバンド名も
ガロの漫画から名付けられたことを知った。
(※鈴木扇二「透明通信」の中にッ出てくるモチーフ)

そんなガロ通の田中さんはもちろん林静一さんのことにも詳しくて、
たいがいは「小梅ちゃんエっロいよなぁ~」といったものだったが、
時には真面目に、「いまはアマチュアやけど、お互い将来プロになって
はっぴぃえんどと林静一さんのような理想的なコラボレーションが出来たらええなぁ」
と熱く語っていた。どちらも本心だった。

そんな田中さんと僕の青春がぎゅっと詰まった"Abeno-music Abeno-life"は、
数々の名曲とともに、ゲントウキのベストアルバム『幻燈名作劇場』に収録されています。
ぜひ。





(つづく)