スマートフォン向けゲーム『Pokémon GO』の大ヒットの影響で、こんなにも蒸し暑い夏の昼夜にも関わらず、ぽん太の散歩中、ジョギングや犬を連れている人以外も、外でよくすれ違うようになった。公園なんて、「今日はお祭りだったの?」と錯覚してしまう程のにぎわいだ。これまで若者のサブカルチャーといえば、"おたく"という言葉が象徴するように、"家で、一人で"が基本だったので、テレビで「○○が大ヒット!」と言われても、「え、どこで?(周りにはいないけど)」という事の方が多かった。その意味では、一晩で個人の趣味の範囲が玄関を超え、町の景色を変えてしまったPokémon GOは、大ヒットでもホームランでもなく、もはや社会現象という方が正しいだろう。

今までのポケモンとの大きな違いは、指で操作するのではなく、実際に歩かないとモンスターに出会えないことだろう。それによって、確かに、これだけ"新しく町を歩く人"が出てくれば、歩きスマホをはじめとした様々な問題が起こる訳で、テレビではそのようなネガティブなニュースの方がよく見かける。筆者も、ポケモン世代ではない上に、そもそも古いスマートフォンが対応していないという、ハンパない気後れ感は否めないので、テレビの年配コメンテーターの方々の、わからない文化に対し、唯一残された「否定」という方法で、せめてつながっていたいという気持ちも理解できなくはないが、今回はそれよりも3つの驚きの方が大きかった。


まずは可能性のはなし。現在38才、かつて昭和に青春時代を送った僕の目には、日本は「早く大人になりたいな」と想わせてくれる希望ある国にうつっていた。それは日本で産まれた工業製品である"ウォークマン"と"ファミコン"が世界の娯楽文化を引っ張っていたからだ。「僕も早く大人になって、世界に通用するような仕事をしてみたい!」と思っていた。それからウォークマンはiPod(iPhone)に代わり、かつては一家に一台だった家庭用ゲーム機はマニアックな存在になり、ここ10年くらいは「何をしてももう無駄なのかなぁ…」という虚無感が漂っていた。そんな中の大事件だったのである。まぁ、実際にはPokémon GOの開発は、ナイアンテック社というアメリカの企業によるものだが、やはり日本産のキャラクター(ポケモン)が世界を圧巻しているこの景色は、単純に「やった!できるじゃんっ!!」と元気の方がたくさんもらえる。


次に宣伝方法。テレビをつけるとこれだけスマホゲームのCMがバンバン流れているにも関わらず、Pokémon GOはそれをせずにして成果を挙げた。民放番組は基本、「お金を出す代わりに、CMを流してね」という宣伝代でなりたっている。だから例えばA社が提供の番組では、A社の関連商品へのネガティブなコメントは流れないし、ペットボトルもラベルがはがされていたりして、他者の商品名は見えないようになっているという、番組自体も半分CMのような役割を果たしている面がある。

子供の頃はこのルールを知らなかったので、テレビで紹介されているものは世間の流行の後についてきているものだと思っていた。大人になってわかったのは実際は、「企業が売りたいものを、テレビが先に流行っているように見せかけ、世間は後からついていく」というケースが少なくないということだ。まだ公開されていない映画なのに、「泣けた!」「感動した!」というたくさんの観客を映したCMを流して、一般層が「乗り遅れる!」と観に行く寸法だ。

ま、だからこそ、テレビと企業はどちらも得をする50/50の関係性を保てるのだし、消費者としても結果、気に入ったのなら、商品や作品に触れる機会のひとつとしては良いと思うのだが、こと送り手としては、その方法だけでは、たくさんのお金を持った大企業からしかヒット商品は産まれにくくなってしまうと、特にCMを打つような資金は持たない個人のイラストレーターからすれば、可能性の限界を感じてしまう。

そんな中、インターネット、SNSの普及により、個人がメディアとなり、それぞれの宣伝・発表ができるようになったものの、例えばTwitterの企業公式アカウントのフォロワー数を見ても、テレビの視聴者数には遠く及ばない。「だけどSNS全体の利用者数ならどうか?」、それがPokémon GOの宣伝方法だ。プレイ画面にカメラマークがついており、スマホ越しではあるが、子供の頃に夢見た"町の景色に溶け込んだポケモン"の写真を、みんなSNSに投稿する。それがコミュニケーションだけでなく、自然と別の人への宣伝にもなる。なんて賢い。そして何より一番の宣伝はやはり、友達の家でなく、楽しそうにプレイしている知らない人達が、町で見えることだろう。このように、通常の宣伝方法をとっていないお得意様ではないことも、もしかしたらテレビでのネガティブなコメントにつながっているのかもしれない。


最後は収益方法。今やスマホゲームといえば、基本プレイ無料のものがほとんど。そして"課金"という方法によって、ゲームメーカーは成り立っている。時間を使ってがんばれば普通に遊べるけど、お金を払った方が有利になるのだ。例えばRPGで、最後までこんぼうだけで頑張るか(無料)、最初から伝説の剣を手に入れるか(有料)みたいな感じ。つまり通常の課金は、お金を払ったユーザーにのみ有利にはたらくのだが、Pokémon GOには「ルアー」というモンスターが出現しやすくなる課金アイテムがあり、それを使うと、実際に近所にいるユーザーも恩恵が受けられる。この方法を使えば、個人の優越感にとどまることなく、喫茶店の店主がルアーを使って、文字通りその場を釣り堀化させ、お客を楽しませることもできるだろう。

それでも、先ほどのルアーひとつ120円(30分)といったような、Pokémon GOの良心的価格の課金だけでは、これだけ世界中の人たちがプレイしているゲームを運営できるとは到底思えないので、ゆくゆくは特定店舗や、各都道府県にしかいないポケモンが現れるのじゃないかと予想している。例えば熊本に行かなきゃクマモンがゲットできないとなると、旅行を考えるひとつの選択肢にもなるし、考えただけでワクワクする。それがお店の集客や地域活性化につながると見込めると、払いたい企業や自治体はたくさん出てくるだろう。ユーザーではないところから収益をつのる方法…あれ、これってテレビに似てる。つまりPokémon GOが宣伝をしなかったのは、それ自体が宣伝ツールになるからなのかもしれない。


むかしは、「ゲームばっかりしてないで、子供は外で遊ぶべき!」と大人たちが口を揃えた。不健康になると。実際は、道路を増やし、空き地にビルを建て、子供たちの遊び場を減らしたのは、その大人たちであって、ゲームはその後に、行き場を失った都会の子供たちの最後の心の拠り所として現れたように思えるが、それでも長年ワルモノに仕立てられたゲームから、再び大人たちへ「健康的に外を歩くゲームならどう?」という痛快な提案のようにも感じる。 開発者であるナイアンテック社のジョン・ハンケさん(グーグルマップを作った人)の海外発表では、現状のゲームはまだ全体の10%程度で、これから収集だけでなく、ポケモンの肝である、対戦や交換なども追加されるとなると、世界の景色はもっと変わることだろう。

同時に、いくら無料でも、街角に立つ人が、何の宣伝も書かれていない無地のティッシュペーパーを配っていたら、もらうのに躊躇するように、我々は無料の商品は信じれないし、それだけでは商売(生活)が成り立たない事も知っている。だからこそ、このように新しい時代のゲームの在り方や、可能性を、それこそお気に入りのポケットモンスターたちのように、たいせつに育てていきたい。もちろん、モラルやマナーは大前提として。

そんなことをポン太をGOさせながら考えていると、彼は立ち止まりふんばった。僕はマナー袋に生温かいものをゲットして帰った次第である。
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『Terminal mag』というWEBサイトにインタビューが掲載されました。今回は、イラストを描く仕事ではなく、講座や教室などの教育、またそれを取り巻く日本のイラスト文化についての話です。パート3までありますので、以下からごゆっくりお読みください。

中村佑介インタビュー~イラストレーターとしての新しい取り組み

そして、今後の
講演会のスケジュールです。今年も札幌から沖縄まで、全国津々浦々まわりましたが、10月には久々の名古屋もあり、残すところあと4会場。同時に作品合評会も実施してりますので、お近くの方はぜひ。


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中村佑介|講演会・トークショー日程2016】 

10/1(土)@ 大阪アートヤード「第5回大阪イラスト教室」 未定
 
全会場、入場無料ですが各リンク先から事前予約が必要です。
座席数に限りがございますので、お早めにお申し込み下さい。

<終了分>

■3/19@大阪・藁箕面私立西南図書館 ■3/26@ ヒューマンアカデミー広島校 ■5/14@ 東京大学 ■6/5@ 東京コミュニケーションアート専門学校 ■6/11@ ヒューマンアカデミー東京校  7/15「大阪イラスト教室」@アートヤード 7/17@ ヒューマンアカデミー那覇校  7/30盛岡情報ビジネス専門学校  7/31京都ホホホ座×武田砂鉄「言葉とイラスト、別の筋肉のつけ方」


講演会はこんな感で、


合評会はこんな感じです。


本業のイラストの方も、9月に発売予定の別アーティスト2名のCDジャケットを同時制作中。他にも、あのお笑い芸人さん、あの有名漫画とのコラボ作品も。それぞれ、後日詳細をお知らせしますので、楽しみにしていて下さい。

イラストレーターという職業柄、"ルール"というものが大好きだ。僕の場合は「おまかせで」という依頼が多いが、それでも「この本の物語、このCDの内容、サイズで、あなたならどうわかりやすく表現できる?」という挑戦に、スポ根漫画よろしく「ベランメエ、やってやるぜー!」と応えたくなる。

でも中高生の頃は、学校や家庭でのルールすべてに、とにかく不満を持っていた。今でもほんとうに不当で無意味だと感じるものはあるが、それは50個あれば1つくらいで、大人になった今だと「あった方が効率的だし、我慢できるなら別にいいじゃん」と見過ごせるようなものがほとんどだ。中にはむしろ好ましいほどで、「何で反対していたのだろう?」と疑問に思うものさえある。

例えば制服の有無。僕は中高ともに学ランで、6年間「ダッサイなぁ」と感じていたが、ならばもし私服だったらどうだったろう。小学生ならまだしも、人目が気になる時期だから、最低1週間(7着)は違うものが欲しがる。とは言え、家庭のふところ事情は変わらないので、ほんとうはそれより大切なゲームや漫画に対し「先週、あたらしい服買ってあげたんだから我慢しなさい」となるのは目に見える。それは経済的側面。だったらシステムとしてはどうだろう。

私服にしろ制服にしろ、「自由」となれば、必ず平均値から突出してしまう子が現れる。全裸はいないまでも、今の時代だと金髪やピアスがそのラインのギリギリに該当するだろう。その上なら、モヒカン、トゲトゲのついた革ジャン、お尻に穴の空いたジーンズ…etc。それはそれで「個人」の趣味では格好良いとは思うものの、「学校」単位で考えるとまた違って見えてくる。いくらその子がほんとうに優しい子でも、知らない方からすれば、目立つ一人を見つけ、「あそこの学校の子は危ないから付き合っちゃダメよ」というような噂が他校の友人まで周る。「男だから~」「○○人だから~」みたいなレッテル貼りは、今もそこかしこから、かなり聞き覚えがある国ならではだ。

まぁ、これらは僕個人の価値観が大きくはたらいた意見でもあるのだが、ほとんどの反対していた理由がやはり無根拠で、いま思い返すと、それは"反対"ではなく、自立心から来る漠然とした"反抗"だったことがわかる。親離れを前に、自分の力を試す為、「何でもいいから反抗してみたい」時期なのだ。それを"中2病"といって「バカなことやってたなぁ」と受け流すことは簡単だが、それが無意味だったかと聞かれると、そうでもないように思ったのは、ごく最近。犬と暮らしはじめてからだ。

前々回の記事でもご紹介した愛犬のぽん太。柴の4カ月だが、この時期の成長は早く、あれからこんなに大きくなった。
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もう、僕の仕事道具の画面ももう見えないほどである。(※決して締切の遅れに対する言い訳ではない)

犬がはしゃぐ時は2通り。うれしい時。そして心が不安定な時だ。通常の精神状態ではないと捉えるなら、どちらも同じ状態ではあるが、不安定な時は食欲や便意もなくなり、健康状態まで悪くなるのだから、「どうすれば心を安定させてやれるか」と考えるのは世の愛犬家共通の願いだろう。

そしてぽんちゃんと暮らしていると、ひとつの共通点が見えてきた。それは"ルール"。そう、先程から話しているそのルール。例えば眠る時間、ケージ(犬小屋)に入れてやると、「外へ出して!」とクンクンキャンキャン訴えることもあるが、しばらくすると落ち着いてグッスリ眠る。だが、お望み通り、「じゃあ、どこで寝てもいいよ」と扉を開けた日には、居場所が決められずウロウロ。しばらくして目をつむっても、僕と妻の話し声や足音で起きてしまい、結局寝不足がつのりイライラ。自分のしっぽを噛んだり、食欲も落ちたり。

ま、この事に関しては、人間の価値観で考える「ケージなんて狭くて暗くて、かわいそう」も、狭くて暗い穴の中を巣にする犬本来の習性も作用しているのだろうが、その他にも、首輪、リード、行動範囲、ご飯の量、散歩の時間など、無条件で「良い」とされる"自由"とは、真逆のルールを決めることによって、だんだんと安定が続くようになってきたのは、「え、なんでなんで?」と思いも寄らぬ発見だった。

それならと、自分が安心するものを挙げても、決して「野宿」「サバイバル」「旅」「外国」「海」「空」など自由から連想されるものではなく、むしろ真逆の「自宅」「家族」「友人」「仕事」「紙幣」「流行」「日常」「日本語」「地面」…etc、ある程度、ルールや価値観がすでに決められているものばかり、つまり不自由に近い。もちろん「あなたが好きなものは?」の理想の問いになら、また違う答えを出すだろうが、そのように不自由と安心が結び付くなんて、考えたこともなかった。

よくよく考えたら当たり前のことで、強いられたルールを受け入れるのは、圧倒的な力の前にひれ伏しているという状態なので聞こえは悪いが、「(その力に)守られている」と言いかえると、途端に心地よくなってくる。母体の中でぐっすり眠る赤ちゃんのような心の状態。なるほど、自由と引き換えにもらえる安心もたくさんあったのか。

だからと言って、反抗=無駄な時間とも思わない。時代がどんどん新しくなり、同時に便利な世の中を保ってきたのは、そんな無根拠に大人のルールを抗って超えたいという若者たちのエネルギーが、原動力のひとつだからだ。「そんなにイヤなら出ていきなさい!」と言われ、言葉を詰まらす時期を乗り越え、「うん、出て行くよ」と自然と行動に移せるまで、黙って見守ることこそ大人の務めなのだろう。長々となったが、先日リリースされたASIAN KUNG-FU GENERATIONのシングルブラッドサーキュレーターのCDジャケットを描いている時、そんなことを考えていた。
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内容ももちろんだが、CD、プラケース、紙という決まったパッケージのルールの中に、精一杯おもしろい事も閉じ籠めた1作なので、ぜひ実物を覗いて欲しい次第である。そして今日もぽん太は同じケージの中で眠っている。安心して大きくなあれ。

募金とぽんちゃんのご報告に続き、次は本業のイラストのお知らせです。

まずは、6/15に表紙を担当したイラスト誌季刊エス 第54号~特集:色彩の世界が発売されました。

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いやはや、感慨深いものがあります。というのも、僕がアマチュア時代、唯一イラストの賞を頂いたのは、季刊エスなのでした。それからもインタビューや対談コーナーで、10年間お世話になっているのですが、表紙はずっと同じ方が担当されていたので、今回が初の表紙ということになります。

ということで、今号では表紙だけでなく、メイキング、色に関するインタビュー、鶴田一郎先生との対談の4本立て。メイキングは、発想・ラフ・下書き・ペン入れ・色塗り・仕上げまでを全6Pに渡ってこれまでにないほど詳しく解説させて頂いております。

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また鶴田一郎先生との対談も全4Pに渡り、秘蔵の学生時代からの初期作品も。全体を通し、表題通り、色をメインに置いた内容になっておりますので、「絵を描いていて色塗るの苦手だなぁ」という方も「絵は描かないけど色、好きだなぁ」という方も、ぜひお楽しみ下さい。


2つ目のお知らせは、こちらももう10年以上の付き合いであるASIAN KUNG-FU GENERATIONのニューシングルブラッドサーキュレーターが7/13に発売されます。CDジャケットを担当しました。

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"ブラッドサーキュレーター"、聞き慣れない単語だと思いますが、直訳すると"血の循環"、つまり心臓を意味し、「新規一転、心も身体も再び動かしていこう、というような意味合いで名付けた」とジャケット制作の際に、ボーカルの後藤正文さんから伺い、動脈の赤と静脈の青を使用しました。

また、この楽曲は現在放送中のアニメ「NARUTO~疾風伝」のOP曲なので、それを思わせるようなモチーフも散りばめております。そして今回はCDというパッケージでしか出来ない遊びを凝らしたイラスト・デザインに仕上げておりますので、耳も目もお楽しみ頂き、心臓をドキドキさせて頂ければと思っております。詳しくは発売後に、またメイキングとともにここでご説明しますね。

そして6、7月と来ましたが、最後は1年後、2017年から使用開始される教科書高校生の音楽1の表紙を描かせて頂きました。

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この教育芸術社から出ている「高校生の音楽」シリーズは、今回表紙で表現した通り、第9をはじめとしたクラシックから、SEKAI NO OWARIや初音ミクまで、古今東西の音楽を網羅している画期的な内容です。そして3年前から現在までも1年生と2年生用の表紙を担当させて頂いていたので、使われていた方も多いのではないかと思いますが、その1年生が来年の春にリニューアルされるということになります。

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 2013年版「高校生の音楽1」(左)と2016年版(右)

これまでも、何冊も本の表紙は描いてきたものの、同じ書籍とはいえ、教科書の表紙は格別に制作が難しいです。それは内容と言うよりは、<学校>と<生徒>の価値観がかなりちがうということ。「この教科書にしよう」と選ぶのは学校で、「この教科書すき」と使うのは生徒、つまりどちら側に立って制作すべきか迷うとこころなのですよね。そして、僕の学生時代もそうでしたが、これまでの教科書の表紙はどちらかというと、学校側にかなり寄ったもの(大人が好ましいと思う当り障りのない抽象的なもの)だと感じていました。だから学生時代の教科書って、ぼんやりとしか表紙の絵柄を憶えていないし、卒業後に手元に置いておくほど、愛着は湧かなかった。だから教育芸術社の目指す画期的な内容と同様に、もう少し生徒側に立った表紙を描きたいと思いました。

例えば、↓は現在も使われている同社の高校2年生用の表紙。

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この制作においての最大の挑戦はスカートの丈でした。(もちろん絵のテーマ自体は別のところにありますが) ぼく個人の趣味としては、あまりに短すぎるのもどうかと思いますが、高校2年生本人たちは、少しくらいはスカートを短くするかわいさへの憧れも出てくる頃です。そして行進する際に上げた方の足のスカート丈は自然と短くなるもの。しかし大体の学校の校則では一応、基本膝下だと決められている。そこで、教育芸術社と一緒に1mmの世界で、「もう少し長く」「もう少し短く」とギリギリのラインを試行錯誤しました。他にも髪型や各モチーフ、色など、あくまで音楽教育はベースに置きつつも、生徒たちが「使っていてうれしい、楽しい」を目指し、毎回挑戦しておりますので、来年高校1年生になる現・中学三年生の方々は楽しみにしていて下さい。あとは学校が選んでくれるかどうか。そこは僕には願う事しかできません(笑)

以上、イラストのお知らせ3つでした。 講演会スケジュールも更新しておりますので、ぜひコチラもチェックしてください。それではまた。



ブラッドサーキュレーター
ASIAN KUNG-FU GENERATION
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2016-07-13



7月、いよいよ本格的に暑くなってきましたね。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。この時期からよく見かけるようになるのは中華料理店の「冷やし中華はじめました」ですが、この度ぼくも念願の「柴犬と暮らしはじめました」。

画集『NOW』や『Blue』をお持ちの方は薄々お気づきだったかもしれませんが、実は、小学校から大学卒業までも、実家でタクという柴犬と一緒に暮らしていた過去があり、これまでのイラストにも、彼をモデルにした柴犬にたくさん登場してもらっておりました。

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そして、最近は出張も落ち着いてきたので、あれから15年あまりの2カ月前から、我が家で再び柴犬と一緒に暮らし始めることにしました。そのキツネというより、タヌキのような顔つきから、名前は"ぽん太"にしました。

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子供の頃は一緒に遊ぶだけで、それ以外は両親にまかせっきりだった「しつけ」や「世話」。つまり2回目といえど、初体験なのですね。これが想像の5倍くらいはたいへん。まだ仔犬ということもありますが、家に来た1カ月間は、何度教えても噛む、鳴く、そしてそこかしこにウンチおしっこの毎日でした。最近はそれらもきちんと出来るようになったと思いきや、僕がリビングでゲームをしていると、わざわざテレビの前にきて、こちらを見ながらおしっこをシャーっと。トイレシートが真横にあるにも関わらず。つまり気を引くためには何でもする。

よくよく考えてみると、それは当り前で、犬は言葉でのコミュニケーションをしません。だからそんな粗相の度に「コラ!」とか「ダメ!」と声を荒げても、言葉の意味を理解するはずはなく、ただ「テンションを上げてかまってくれた」という部分だけが、彼の心に残ります。そしてまた僕や妻の気が、自分以外のものに向かっている、つまり退屈な時にまたしちゃう。

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退屈と言いましたが、その源にあるのは、不安感でしょう。まだ赤ちゃんの時期に親元から離され、知らない人の知らない家で突然暮らすことになる。想像しただけで、びくびくしちゃい、その集団に属して、か(く)まってもらい、命を続けて行く為には、僕だって空いている時間はなんだってしちゃいます。それを人間社会のルールの元で、「いい子」「いけない子」と分けるのは、意味がわからないでしょう。だからお手をすることも、おとなしくしてることも、TVゲーム中のおしっこも全て、「僕の方が楽しいよ!だからこれからも一緒に暮らしてね」という、言葉を持たない彼からの精一杯のメッセージだと受け止めると、何をすれば良いのかだんだんわかってきた今日この頃です。犬と暮らすのは、想像の5倍くらいたいへんだけど、20倍くらいうれしいものですね。

それでは本日はぽんちゃんに手伝ってもらって、先日行った九州震災募金グッズのご報告をさせて頂きます。(※販売は終了しております

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今も余震と不安定な日々の続く、この度の九州震災を受け、1個あたりに出る利益の300円全額を日本赤十字社募金へ送るグッズを急遽制作、5/2から延長期間を含めた6/12まででSUZURIで販売し、募金総額は653万2500円となりました。日本中から、世界各国から、こちらも想像してた20倍くらいのご注文を頂き、受付終了日まで毎日驚いていた次第です。なぜならこの金額を300で割ると、21775個。お一人様平均2個くらいグッズをご購入頂いているので、つまり1万人以上もの方々がこの活動に参加して下さったことになります。注文頂いた方はもちろん、情報拡散にご協力して下さった方も、ほんとうにどうもありがとうございました。

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ここから、いくらかはキャンセル分、手数料なども引かれると思われますが、そこは僕が補てんし、責任を持って、この金額そのままを7月末に日本赤十字社へ振り込む予定です。また振込後に証明書と合わせ、改めてご報告致しますね。

また、SUZURIは受注生産のため、期間内の売り切れがない代わりに、注文を受けてから、1つ1つ生産してゆきます。元が個人のハンドメイドを想定した制作ラインを持つ工場のため、多くても100個くらい、今回の2万個以上の注文というのは例のないことで、通常の2週間より生産が遅れてしまっております。誠に申し訳ございません。工場の方も機械を1つ増設して、いまも全力で生産にあたって下さっておりますので、まだお手元にグッズが届いていない方も、コチラを見ながら、気長に、楽しみにお待ち頂ければと思います。
ご入金から3週間以上メール連絡がない場合は、注文・連絡ミスなどの可能性がございますので、お手数ですが、注文番号と振込内容をご記入の上、support@suzuri.jpからSUZURIサポートセンターまでご連絡ください。宜しくお願い致します。

今回の募金グッズに関しては、もちろんサイン会でたいへんお世話になっている熊本県と大分県に少しでも恩返ししたいという気持ちが大半ですが、それならだまってすりゃ良いものを、こうして大々的に募金活動するのも、ご報告するのも、ぽん太と同じで皆さんにかまってほしい気持ちがあるのだろうと改めて自分を振り返る日々です。それは絵も同じ。特にイラストレーターな上、フリーランス(自営業)だと家にこもりっきりで、何かと社会との接点を感じにくいので、時々取り残されたような不安な気持ちになります。

ですから、これからもこうして色々な作品を発表したり、活動を企画しては、ご報告させて頂きたく思いますので、皆さまの心の輪の中に、僕とあたらしい1匹を、入れて頂ければこれ幸いです。以上、九州震災募金グッズと、ぽん太のご報告でした。

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追伸/『ぽんスタグラム』もはじめました。

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