年末といえば、いろいろバタバタと忙しいですが、カレンダー択びがたいへんな時期でもありますよね。どれを選んで良いのかわからなくなるくらい、好きなものがたくさん出てるなんて、それこそ贅沢な悩みでもありますが、無情にも刻一刻と来年は差し迫ってきては、気ばかりが焦ります。

カレンダーは大きく分けると2つのジャンルがあります。ひとつは"装飾性"重視のもの。芸能人、アニメ、動物、絵画、風景、格言など絵柄がついているものですね。目立つ大き目のサイズや枚数が楽しめる日めくりなんかもこちらが多く、どちらかというと家庭用として使われます。もうひとつはほぼ数字と文字のみで構成されており、書き込みスペースの広さや、大きさも卓上等のコンパクトを追求した"機能性"重視のもの。こちらは学校やオフィス用として使われることが多いでしょう。

自分も2011、2012、2014、2016年と過去4作のカレンダーを作ってきましたが、イラストレーターとしてはどうしても前者(装飾的)に寄ってしまいつつも、消費者としては後者(機能的)を好んで使っている。だったら「その2つを併せ持つことが出来ないのか…!?」と毎度に頭を悩ませ、ついにはどうして良いのかわからなくなってしまい、リクエストを頂きながらもそれ以降カレンダーは出しておりませんでした。
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そしてようやく答えが見つかり、3年ぶりに2019年度カレンダーを発売することとなりましたので、ここで詳しくご紹介させて頂こうと思います。

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【中村佑介2019カレンダー
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A3サイズ/12カ月+ぬりえ5枚/1300円(税込)

カレンダーを出していない間、昨年~今年に大阪、東京、名古屋で初の大型展覧会『中村佑介展』を開催してみて、そこでたくさんのグッズを作らせて頂いた中、とりわけポスターが作者の思いのほかご好評の声を頂き、たいへん驚きました。

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また、使い終わったカレンダーをポスターのようにずっと部屋に貼って下さっているファンの方々の写真も見ることがあったので、それなら今回はポスターをつけちゃおう!それも12枚!!と思い付きました。

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そう、今回のカレンダーは上の絵柄と下の日付部分のデザインを別々にして、使い終えても下をハサミや定規とカッターで切り取れば、12カ月すべてがポスターとして使用できるようにしました。

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また同じくカレンダーを出していない間の2016年にぬりえ本「COLOR ME」を出してみて、それも画集やカレンダーとはまた違った楽しみ方をしてもらえるんだ!と驚き、だったらぬりえもつけちゃおう!と。

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カレンダーの最後のページ、つまり来年の12月の次の頁からぬりえ5枚、付録としてつけました。こちらも切り離しができ、「COLOR ME」ではどうしてもサイズの都合上、塗りにくかった部分もありましたが、今回はA3サイズと倍以上大きいので、塗りやすいと思います。またカレンダーはポスターになることも考え、ツルっとした軽い紙。ぬりえは別の、画材を択ばないザラッとした分厚い紙にしましたので、アクリルガッシュも使用できます。

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そしていつも通り、最新作までの中から季節に合わせた12枚を選び、コメントもありますので、ぬりえの絵柄も合わせ、そちらはお手元に届いてから、毎月楽しんで頂けたらと思います。

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もうすぐ新しい年がやってきて、平成もおわりますが、こちらはつかいおわっても、いつまでもご一緒できたらこれ幸いです。

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追伸/帰省の際にはぜひコチラも。

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いやー、長かった。今回はとにかくすっごい長かった。。。

って書くと、タイミング的に今年1年の印象みたいに聞こえますが、いいえ、先日リリースされたASIAN KUNG-FU GENERATIONのニューアルバムホームタウンのお話。

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というのも、前作"ワンダーフューチャー"から3年半あったものの、その間もベスト盤や新ソルファ、シングル、映像作品集、またvo.ゴッチのソロ等、リリースはコンスタントにあったので、ファンの方にとってはそんな印象はそんなにないと思うのですが、ニューアルバムの予定は、実は1年半くらい前から既にあり(通常は半年くらいでリリース)、その当初は"愛と希望のプレイリスト"という違ったタイトルで、内容も楽曲提供を受けた曲を中心に構成されたコラボ要素の強い、例えるならカバーソング集的な企画盤といった趣きでした。

それもそれで、バラエティに富んでおもしろい内容だったのですが、アルバム全体としての統一感に欠ける場合、数曲を1枚の絵にまとめないといけないジャケットとしては描きにくいなぁ。。。さて…どうしたものかと考えあぐねていると、ゴッチもそのように感じたのか、オリジナル曲をもっと追加すると、制作を延長&リリースを延期し、タイトルは短く"プレイリスト"に変更。そして更に熟成させ、次に現れた時には、『ホームタウン』として、1年半前の企画盤的印象はない、シングル曲もコラボ曲も馴染む、実にまとまりのよい正真正銘9枚目のオリジナルアルバムという見事なかたちに仕上がっていたのでした。


おおらかでどっしりとしていて、でも新しい軽やかな感じも混ざってる、例えるなら「お正月に久々に故郷に帰ると、懐かしい景色の中にも新しいお店もチラホラ出来てた」みたいな、まさに"ホームタウン"な感じ。だからジャケットも同じようにしようと、まずはラフスケッチ

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線が粗いだけで色も完成品とイメージはほぼ同じですが、まだ水面に映っているのが白鳥の雛ではなく猫になってたり、ロゴも角ばった感じですね。ま、こんな風に、アルバムとしてのコンセプトがしっかりした分、そこからのイメージもすんなり浮かんだものの、制作期間は彼らと同様にこれまたいつもの倍以上に時間がかかりました。というのも、今回はとにかく「町」を背景ではなく主人公として丹念に描かなくてはいけないと思い、より細かく描けるよう原画をいつもの倍以上のサイズにして挑んだからでした。

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製作途中の原画…ジャケット部分だけでトレース台からはみ出しています(笑)

そして、今のこの楽チンなデジタル配信や聞き放題サービス全盛時代(だから当初のタイトルは"プレイリスト"だったのでしょう)、わざわざお店に足を運んで、手に取り、封を開け、プレイヤーにセットする…etcという一連の「モノを所有する」という行為ってどんなに特別なことなのだろうと改めて考え、「作品」とは別に「商品」としての面で、手に取って下さった方にしか伝わらない部分も、プレゼントとして練り込もうと思いました。予算のかさばる特殊仕様だと、本末転倒に値段が上がってしまうで、箔押しや透明印刷等ではない何か。

そうか。いっぱい描けばいいのか!と、配信では表示されることのない、裏までグルっと続くジャケットや、初回限定盤のそれぞれの装丁や歌詞カードの無数のイラスト、

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また今回の絵は、デジタル画面上では縮小されるので、いつも通りのまっすぐでくっきりの線に見えますが、印刷では線の"かすれ"や、あえて定規を使わなかった"ゆらぎ"が見えるようにしました。すると、実際に手に取って見た人にだけ脳への情報量が増えるので、「なんか深みのある」感じで、一枚の絵をより長時間楽しめるからです。MP3とアナログレコードの音の違いみたいなものですね。以下、町の一部分を見ればその部分、何とな~く掴んで頂けると思います。

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こうしてじっくりコトコト出来上がった『ホームタウン』。これ以上お話しするのは無粋になりますね。他にもいろいろと絵の要素として楽しめる部分もいつも通り隠しておきましたので、年末のゆっくりとした時間の中で、ぜひ絵も音も、初回限定盤で、そのすべてを味わって頂ければ幸いです。


そして年が明けたなら、同様に手に取る楽しみを詰め込んだコチラを、ぜひお使いくださいませ。次回はそのお話。それでは。

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中村佑介『2019カレンダー





(どちらも再版がないものですので、どうぞお早めに)

40歳になって、快楽への耐性(慣れ)が出来たことや、若い人の文化がその親世代のリバイバルも多いので「もうまったく新しい刺激には出会えないのかな…」と退屈になる日も多い。そんな中、マーベルやピクサーを含めた最近のディズニー映画を見ると、ストーリーはもちろんだけど、まるで海のように、(ターゲットの)広さと(表現の)奥深さって両立できるんだなぁとその姿勢や結果に感動する。そしてまだ文化に対して、あたらしい感動ができたこと自体に毎回驚く。

イラストレーターを志しはじめる前の若い時は、「メジャーな作品=(全て)浅い」と感じ、それなら逆にと、漫画も音楽も映画も絵画もゲームも、マイナーやインディの作品ばかり需要していた。そこにこそ「深さ」があると思ったからだ。いや、そうでなければ困ったからだ。当時の何者でもない自分にとっては。というのも、その行為自体は、深さの追求というよりも、まだ発展途上で自分らしさを確立したい自分の自己投影であって、親しみやすさに近かったのだと思い出す。そして、その当時に指していた「深い⇔浅い」も、今考えると「過激⇔穏やか」という単なるパッと見の表層の模様で、とく中身である深度には関係なかったような気がする。当時好きだったマイナーな作品の表現の水面は、ただグロかったり、ただエロかったり、ただ抽象的だったりで、マグマのようにグツグツと泡部いている。でも実際、膝くらいまでしかない浅い川だったりした。もちろん、マイナーで深いものもたくさんあったけど、また、インターネットで知の集約ができて以後は、そういった知られてないけど良いものは、だいたい浅瀬に浮上し、買う買わない、好き嫌いは別にして、みんな知ってる存在になった気がする。音楽でいうと、個人的ではない「隠れた名盤」など、だんだん存在しえなくなってきてるのかと思うと、それもそれで探す楽しみが減ったようで寂しい気もするけど。

逆を考えると、多数決のように、ターゲット層の広いメジャー作品は、表現はわかりやすく噛み砕き、モラルは厳しめになりらざるを得ないが、それらとテーマ(深い⇔浅い)はまったく別のところにあることに気付いていなかった。すなわち広さと深さの両立も可能であると、例えば最近のディズニー映画『ズートピア』はすんなり教えてくれる。

「差別とは何か?」という、これだけ聞くととても難しそうなテーマを持っている映画だが、子供が見たら擬人化された動物たちのルックに可愛さを覚え、「がんばれー!」って感情移入できるストーリーで、観終わったら感動できる。けど、大人が見ても、世界観がユニークで、考えさせられる作りだ。絵のことを言うと、これまでのディズニー映画のディフォルメと、昨今のCGのリアルさとが違和感なく幸せな共存をしていて、目が気持ちいい。各動物の特徴を活かした繊細な動きや設定も見事だ。

また、実写版『ジャングルブック』は、ジャングルの動物たちに育てられた人間の子の話で、ズートピアと同様の「差別とは何か?」を踏まえ、さらにその先の「しあわせとは何か?」というテーマに突っ込んでいるが、一見すると、ほんとうにかわいくてただただワクワクする映画だなのが驚きの一作だ。

『ズートピア』同様、日本語吹替も素晴らしかった。スタッフロールではじめて「え、この芸能人だったの?ウソでしょ!?」と疑った程。そして観終わるとやっぱり、少し過去を振り返って、背筋を正そうとなる。すごいのは、それらのテーマが、我々の生活を決して否定する姿勢ではないので、罪悪感には苛まわず、ただただ前向きに考えさせる点。『ズートピア』と『もののけ姫』が好きな方はぜひ。また同時に、ほぼ同じ設定なのに違った着地を見せる『ピートと秘密の友達』もセットで見たい。


マーベルの一連の映画もほんとすごい。最新作『アベンジャーズ インフィニティ・ウォー』はもう言葉で説明できないほどすごい。インフィニティすごい。インフィニティすき。

『アイアンマン』や『キャプテンアメリカ』『ハルク』『マイティソー』『ガーディアンズオブギャラクシー』『ブラックパンサー』『ドクターストレンジ』『スパイダーマン』…etc、ヒーローと言う共通点だけで、まったく毛色もテーマも違った作品たちが違和感なく一堂に会している様は、豪華な幕ノ内弁当の箱をパカッと開いて見せられたように見事な手腕だ。そして、集合もの、コラボものではどうしてもキャラクター紹介に徹し、ストーリーが薄くなってしまいがちなところを、何十人もの主役が出演する映画としては短すぎる上映時間内に、すべてに"らしい見せ場"を作り、かつストーリーは止まることなくきちんと進行していく。これも広さと深さの共存だろう。敵のボス・サノスを巡る物語が、これまた勧善懲悪ではないところも、早くも自作への期待が高まる。

これらは公開規模により莫大にかけられる制作費や、監督さえも複数立て、互いに意見を出し合い、表現の行き過ぎに歯止めを聞かせる姿勢、また圧倒的な人員(スタッフ数)の違いもあるが、やはり違うのは、意識なのだろうなぁと思う。ぜんぜん諦めてないっていう。それっていちばん簡単そうで難しいんだな。例えば子供の前で、「努力すれば何でも叶う!」と説く研究家がいたとして、「じゃああなたが今日からオリンピック選手目指して」とお願いで返すと、「今仕事で忙しいから、またね」とだいたいははぐらかすだろう。ほんとはみんな何かを諦めている。でも、だからこそ日々の生活や継続ができる。

そんな夢を追いかける若い時に話を戻すと、知る人ぞ知るインディーズのアーティストがメジャーになったら聴かなくなってしまったりもした。それは才能が世の中に認めるほど大きくなったという、とても喜ばしいことのはずのに、自分の元から去ってしまったと感じた。けどいつだって去ったのは自分からだったなぁ。その人を応援していたんじゃなくって、どっちかって言うと、自分を応援していたのだろう。誰も応援してくれない(と思っていた)ので、自分くらい味方じゃないと、心がポキッと折れそうなほど、心細かったのだ。

ディズニーの映画を観おわると毎回、その頃の決して甘さなどなく、出張帰りのお父さんの靴下のような、ただただ酸っぱいだけの記憶が蘇り、鼻の奥がツンとする。それでもまだディズニーの新作に期待してしまうほどには辛くはなしに、楽しみの方が大きい。そんな作品、自分もいつか作れるんだ、ともう一度信じようと思う。だから昨日は仕事をせずに、ずっと映画を観ていました。という長い言い訳でした。はい。

おはようございます。

来年は久々にカレンダーを出します。2019年版だから今年末くらい。

ほんとうは毎年出したい気持ちもあるのですが、決まり事になるとどんどん麻痺して「また来年もあるしこれでいっかー」って流れ作業になるのが、将来的な目線で考えるととても恐ろしいので、エネルギーが溜まった時に、超必殺技のように出すことにしています。

そこで、収録する絵や、デザインはもちろん、例えば日付の部分にもミシン目を入れて、使い終わったら綺麗にポスターとして使える仕様や(そうなると好きな絵で1年を過ごすことも可)、裏面をぬりえにするなど、何かひと工夫して、手に取って下さった方の1年がもっと楽しめるようにできないかと、出版社や印刷所に色々とアイデアを提案するのですが、やはりそこで問題になってくるのはコスト(費用)。ミシン目を1つ増やすと、また塗り絵用の裏写りしない紙にすると、お金がかかって値段が高くなっていちゃうんですよね。画集ではないので、1200円(税込)くらいなら「こんなもんだよね」と思えるけど、じゃあ上記のアイデアも入れて、金箔も貼って、化粧箱に入れて「2000円!!(税別)」と言われると、カレンダーとしてはちょっと高いなぁって、消費者の僕は思ってしまう。

それを回避する方法が1つあって、生産数を増やすこと。1個作るより、同じものを100個作る方が安くなるのは、スーパーで大きいお肉を買ったことある人なら知ってる通り。ただ、イラストレーターのカレンダーだと、「初版100万部刷りました!」なんてのは非現実的で、半年後、書店からの返品により出版社の倉庫がパンパンになってしまいます。

だからその方法を取るためには、僕のイラストや、イラストレーターとしての知名度をもっとアップする必要があり、今日明日にすぐ出来るのは、悪い意味で炎上する時くらいでしょう。で、そのためには、毎回毎回絵を描くごとに慣れに甘えず、気を抜かないこと。これは最初の話にもつながりますね。

とどのつまり、「いい作品を継続していく」という単純な答えに行き着くのですが、そう考えると、あらためてマクドナルドってすごいなって思います。

もう見慣れた風景なので、一見、マクドナルドは値段が安いから、全世界にたくさんの店舗が増えたと錯覚してしまうけど、よく考えたら、すごく単純な話、その逆で、おいしいから、「オレにも食わせろー!」とみんなが求め、店舗が増えて、結果的に安くできた。僕が子供の頃(80年代)は、ハンバーガー1つ230円でしたので、高級店とまではいかないまでも、ファーストフードというよりレストランに近い存在感で、だからこそよくマクドナルドで子供が誕生日会を開いてもらっていました。特別だったのですね。それでもみんなが求め続け、店舗と生産数を増やし、結果的に安くできた。それくらいおいしかったし、オリジナリティがあった。

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しばしば「初デートでマクドナルドや吉野家は考えられない」という声を聞くことがありますが、そういうときはこんなイフも考えてみてほしい。もし今、マクドナルドを体験したことのない世界だったとして、あのてりやきマックとポテトとシェイクを出してくれるお店を、自分の暮らす住宅街の片隅にたまたま発見しました。もちろん食べたことはありません。そしてまだ大量生産できないので、セットで値段はじゃあ750円としましょう。近所にはないアメリカンな内装。そして口にすると「こんなおいしいものが世の中に存在するのか!?」と、少なくとも僕は驚いて、もしたくさん貯金があったら、「ぜったい流行るよ!」と店長を口説いてチェーン展開を持ちかけるでしょう。吉野家も同じです。僕は値段の2倍以上、美味しし、価値のあるものだと思います。

逆に、高級食材=美味しいと錯覚している、ウニやうなぎやマツタケやキャビアやフォアグラが、余るくらい大量に収穫され、もやしくらいの価格でいつでも食べれるようになれば、今と同じようにありがたく、また美味しく感じるでしょうか。

個人の価値観や美意識って、そんな風に実は絶対的なものではなく、相対的にコロコロと変容してしまうんですよね。かくいう僕も、あんまり欲しくなかったものでも、「限定!」や「残り1点」と言われたら、急にそれが輝いて見えてしまう時があるので、よくわかります。

結局、久しぶりにブログを書いてまで、何の話をしたかったのかと言うと、カレンダーの仕様がどうなるかはまだわからないけど、一寸の希望を持って夜通し使うかわからない塗り絵の線画を作っていた中、朝が来て、お腹が空いてきて、とにかく今はマクドナルドが食べたいってことです。でもうちの近所だとちょっとだけ遠いから、億劫になってお腹を鳴らしてPCの前から動けない。今以上にマクドナルドが人気になって、もっと僕ん家の近くに来てくれたらなぁ。。。カレンダーのことも含め、どちらもすぐには実現できないけど、引き続きがんばっていくしかないですね。

あなたは『みだれ髪』を知っていますか?

そう、明治時代にうまれたあの歌集の金字塔、与謝野晶子さんの『みだれ髪』です。「もちろん知ってるよ、国語の教科書で呼んだもん」という方、僕もそう思っていました。すっかり理解している気になっていたのです。この表紙のご依頼を頂くまでは。

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という訳で、これまた近代歌集の金字塔『サラダ記念日』や『チョコレート革命』の著者である俵万智さんによる、『みだれ髪』現代語訳版の表紙を描かせて頂きました。デザインは、斬新なアイデアと繊細な仕上げで、数々の素敵な装丁を手掛けられてきた名久井直子さん。どこを取っても豪華すぎて鼻血が出そうな布陣ですが、実はご依頼当初はお断りさせて頂くことも念頭に置いていました。

というのも、『みだれ髪』は前述したように誰もが知っている名作中の名作。名作とは優れているということ。それは流行にだけ留まらず、時代に流されない耐久度があったということ。だからこそ1901年に出版されてから、こうして100年以上経った今でもまた再版されるんですよね。同時に、その作品の顔である"表紙"を担当するということは、与謝野晶子さんと、これまで長年に渡り『みだれ髪』を語り継いできた読者の方々と同じだけ、短歌を深く理解する必要があります。しかしイラストレーションは、作品であると同時に、仕事。ということは締切があります。それは決められた時間内に、100年以上の魅力を解き明かさなければならないということです。そこに自信がなかった。でもそれ以上に、与謝野さん、俵さん、名久井さんへの興味が勝り、無責任にも「とりあえず読んでみます!」と言ってしまったのです。

よく「絵のアイデアはどこから得るのですか?」という質問が寄せられますが、それはすごく簡単。皆さまも、国語のテストで"この作品で作者が言いたかったことを25文字以内でまとめなさい"という問いに何度も答えたことがありますよね。また夏休みには読書感想文なんかもありました。それと同じで、"この作品で作者が言いたかったことを1枚の絵でまとめなさい"、これが表紙絵の第一目的です。さらにそれを見て「自分も読んでみたい!」と促すのが第2の目的。だから最初に僕自身が楽しむ必要があるのです。「短歌はあまり読んだことないけど理解できるのかなぁ。。。」そう思いながら、届いたサンプル本のページを開きました。そして次に気付いた時にはこうなっていました。

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僕は、いつも表紙絵を描くための読書の際は、付箋をその作品のポイントとして、特に気に入ったり、気になった部分、つまり絵のモチーフとして使えそうなページに貼っていくので、出来るだけ厳選してあまり多くないようにするのですが、読み終わったらこの束(笑)テスト勉強の時、参考書の全ページ、全文章に蛍光ペンのアンダーラインを引いてしまった、そんな感じ。それを絵のアイデアとして置き換えると以下のような感じでした。もうグチャグチャ=魅力が多すぎた、ということです。これが名作の持つエネルギーなんですね。

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ただ、読み終わって感じた率直な感想は、「むかし国語で習った印象とはまるで違う。。。」でした。『みだれ髪』は妻子ある与謝野鉄幹師匠への、当時ハタチだった与謝野晶子さんの恋する気持ち、そして結婚までの行為や道のりが、5・7・5・7・7の計31文字を通して赤裸々に綴られており、どちらかというと短歌の持つ一般的イメージの"風流"より"官能"、平たく言うと爽やかというよりエロかった。同じ文字数規制のあるTwitterでもし今の時代に発表していたら、間違いなく炎上するような内容でした(笑)当時もやはり問題視されていたようです。

しかもそれを、現代と比べると遥かに男尊女卑社会だった明治時代において発表していたなんて、「晶子ちゃん、なんてロックなんや!」と、尊敬と同時に親しみを覚えました。例えば椎名林檎さんやaikoさんや西野カナさんやmiwaさんがデビューした頃の衝撃。でも当時はCDもレコードもカセットもMP3もスマホもYoutubeもテレビすらありません。そんな時代の女の子たちが、何をやっても「女なのに」「女だから」と窮屈な"世の中で求められる女性像"より、"ほんとうのワタシたちの代弁者"として『みだれ髪』から、晶子さんから、日々の暮らしの中で、どれだけの勇気と元気をもらったことでしょう。

そこで、現代語訳版ということもありますが、明治文学だからって和装の女性ではなく、現代の女性を描いた方が、より今の読者に響くだろうと考えました。恋、愛、友だち、尊敬、官能、学問、戦争、季節…etc、全399首の『みだれ髪』には様々な要素がありますが、晶子さんが伝えたかったのは、一貫して受け身ばかりでなく、女性も自発的になりましょうということ。決して時代やノスタルジーではなく、生活においても、社会においても、男性と同じように女性が活躍できる未来だったからです。

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そこで女性像は、儚く可愛げな表情から、強く美しい表情に。髪型も『みだれ髪』と聞いて、誰もが想像するであろうロングヘアーが風でなびくイメージではなく、整えている部分があるからこそ、より浮き立つ乱れと、現代性を表現するためにポニーテールにしました。そして出来上がったのがこちらのラフスケッチです☟

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当時の衝撃や、女性の強さ、愛の深さを示すため、このようにテーマカラーは鮮烈な紅色だと決めていましたが、『みだれ髪』の"みだれ"、つまり官能面を表現するための下着姿は「淡い紫色にしたことにより、落ち着いた印象を持たせたものの、果たして一般書籍としては許されるものだろうか?」と、まずはこれを出版社に提出し、お伺いを立てました。(ラフはその為にあるものです) すると「作品の内容を尊重してこれで行きましょう!」との英断なお返事を頂き、このまま本描きへと進みます。

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ラフでの反省点や修正点を踏まえつつ、いつも通り、バロンケント紙に鉛筆で下書きをしてから(1日くらい)、決まった部分をペン入れ(3日くらい)。割とラフの時点で色付きで丁寧に描く方なので、変化のないように見えますが、並べて比べてみると、全体の収まりや、モチーフの位置や細部など、様々な違いが見えてくるかと思われます。

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そして線画が完成したら、スキャナーでパソコンにデータとして取り込み、フォトショップというソフトで色をつけていきます。これも3日間くらい。まずラフで決まっていた部分をさっと塗ってから、前述した本書のテーマと、本としての手に取りやすさを念頭に、細かな部分を着色、そして全体のバランスを考えて、色を調節したり、目立つべきではないモチーフの線を消したりして、絵は完成です。

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これまたラフと並べると、より「商品」として丁寧で華やか、「読書感想文」としてスッキリと要点がまとまったことがお解り頂けるのではないでしょうか。

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しかしこれだけでは1冊の「本」にはなりません。その後、名久井直子さんによる、タイトルや配置、紙選び、発色など、それはもう脳手術くらい神経の細やかなデザインが施されます。

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まるで元から決められていたような、長方形の中でのすべての要素のハマりの良さ、そして具象画が横にあるのに一番重要なタイトルがきちんと目立つ配置や文字選び、そんなデザインとしての完成度だけに留まることなく、"みだれ"の文字だけがほんとうに乱れていたり、絵を中央ではなく左に、文字を右に集めることによって、
元の『みだれ髪』表紙へのリスペクトとして、縦長の短冊のようなイメージに見せる、そんな遊び心にも「さっすが名久井さん!」と言葉を失うほどでした。

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これ☝が、1901年に出た元書『みだれ髪』の、藤島武二さんによる表紙です。この表紙との共通点を僕も絵の中にたくさん潜ませており、また名久井さんの上品な紙選びによる仕上げ、そして何より俵さんと与謝野さんによる内容ももちろん、この画面からはもうお伝えできませんので、つづきはぜひ本屋さんでお確かめ頂ければ幸いです。

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名作の現代語訳にして、久々のうれしいしおり紐つきハードカバーのお仕事に、人生でたいへん刺激的な一時でしたが、やっぱりいちばん気になるのはこれを見て、晶子さんがどう感じるかなんですよね。気に入ってもらえるといいな~ でも、そんなことより、俵さん、名久井さん、そして編集の高木さんという女性たちの手によって、この本が世に送り出された時点で、天国の晶子さんもニッコリ微笑まれていることでしょう。

最後にもう一度、あなたは『みだれ髪』を知っていますか?

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俵万智訳みだれ髪
河出出書房新社 2018/5/25刊

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