ここ数日、ジンの今まで出したアルバムの中身を、資料のため全部まとめていた。

シングルは抜いて、
ミニアルバムが2枚
フルアルバムが3枚分

そんなに多くないけど、
まとめるのはやっぱり結構時間がかかった。

中でも1番大変だったのが、
歌詞をまとめる作業。

携帯に大体入ってるんだけど、
中にはないやつもあって。
ライブでほとんどやんないやつとかは
消えちゃってたりしてて。

それを、手打ちでデータにして、
ひたすらまとめていた。


その中で、思ったことがあった。



10代の頃とかに作った曲で、
『どうしてこんな歌詞を書けたんだろう』
って思うような曲が幾つかあってさ。


自画自賛になってしまうかもしれないけど、あんなアホな10代の自分が書いたとは到底思えないような
オーパーツみたいなのがあってさ。


1stフルのレミングスに入ってる
『みこと』とか『メイ』とか。


あの頃の自分を振り返ってみても、
そんなに世の中の事が解ってるとは到底思えないんだ。



それらの歌詞を書いていた時の自分に
少し戻って思い出してみると、

『解ってる』と『解ってない』の
狭間にいたような気がする。



頭の中では分かっているけれど、
でもそれを実際行動に移せるような
度量や心の広さもまだ育っていなくて、


だからと言ってそれ等が
適当に上辺だけで書かれたものでもない、という



なんとも不可思議な感じ。



何年かに一度、
こうやって昔の自分の歌詞を読んでみて

書いていた当時の自分でさえ分からなかった、
その言葉の本当の意味に

大人になってから気付く、という事がままある。




昔、何かの雑誌のレビューで
こう書かれた事がある。


言葉としてはうろ覚えだけど、
意味としては確かこんな感じだったように思う。


『世の中の若者の中には、
「なんでか分からないけど全部解ってしまっている子」と、
「分かっていないのに言葉が先攻して真理に触れている子」がいる。
RADWIMPSの洋次郎君は前者で、
ジンのひぃたんは後者だ』



当時はこの記事を読んで
「私は解っていない上っ面の人だっていう事なのか…?」
とショックと怒りを隠せなかったが、

大人になった今、
あの記事を書いてくれた人の言葉がとてもとてもよく分かる。


我ながら、その通りだと思う。


私は小さいころからかなり本が好きで
毎月かなりの冊数を読んでいたから
(最近は全然読めてない…)
その影響もかなりあると思うなぁ。




こんな感じだったから、
当時のジンではあたしの『歌詞の説得力』について
チーム内で結構言われてた。



『ひぃたんの歌詞は素晴らしいけど、
まだひぃたん自身に説得力がない。
こういう歌詞を唄うには、人間的な説得力が必要なのだ』



と。

これにはかなり悩んだ。

私本人としてはもちろん思った事を思ったまま書いているつもりだし、
その中で説得力がないと言われてもどうやったらそれが生まれるのか、

そもそも、
『解ってないこと』を解っていなかったから
理解するのに本当に苦労した。


説得力を培うには
人としての経験値を自身の体験によって上げるしかないし

それにはかなりたくさんの経験をしないといけないから時間がかかるし、

今すぐ努力したとして
一ヶ月後に何か変わる、とかそういう話でもないし


本当に途方に暮れた。


でも、いつも考えていた。


人として大きくなるにはどうしたらいいのか、
優しくなるにはどうしたらいいのか、
賢くなるにはどうしたらいいのか


それから10年くらい経った今、
優しさも賢さも昔よりは大分マシにはなったと思うけれど、
まだまだダメレベルなところがたくさんあって
頭を抱える日も少なくない。


あの頃成りたかった自分に
完全になれているか、と言われたら、
ほんとすみません…と言うしかないな。笑


大して成功してるわけでもないのに
もしかしたら思い上がっている所もあるかもしれない。



そうだとしたらかなり恥ずかしい。
切腹ものだよほんと…



だから、あたしが何か人として道を間違えていそうだなって思ったら
是非指摘してやって下さい。


その言葉をなんとか理解して、
なんとか軌道修正頑張ります。笑








でもこうして振り返ってみて思うのは、
何かを残すということは
昔の自分に触れられる機会があって良いなぁ、ということ。



もちろん幼くて拙くて
恥ずかしい黒歴史みたいなのも
いっぱいあるんだけれど、


それ以上に、
自分が歩いてきた道を見渡せるのって
なんだか感慨深いんだ。


ジンの昔の音源は
今は廃盤になってしまっていて
なかなか手に入らないけれど、


いつか私がもっと大きくなって
また、再販できるようになれたらいいなぁ。




そんな、1/22の深夜なのでした。