月別アーカイブ / 2008年01月

本日はスタジオでした。


最近、なんだかんだで愛チャリ「カヤ」に乗ってなかったので
久しぶりにカヤにまたがり、スタジオへGO!!

やはり、チャリは良い。

しかし、陽射しがある昼間は若干汗かくくらいあったかいからいいけど、
本当に恐れるべきは夜。
スタジオ終わったあとに乗るチャリンコの、
風を切りそのまま頬まで切れるような、あの寒さ。


要注意です。


昼間がいくら温かいからって、
軽装でナメてかかると、
帰りに痛い目に合います。




本日も新曲のメロをところどころ、あーでもないこーでもないと
やいのやいのと制作していたのですが

コロコロと変わっていくハルカのメロ案を
物覚えが最強に悪いわたくしひぃたんはなかなか覚えられず
メロ作業、難航。

いやー記憶できる容量をあと3ギガくらい増やしたい。




そして、帰りはそのまま友達の家へ。
初めて一人でお邪魔しました。

腹が減った、と事前に伝えておいたら
見事な手料理をふるまってくれました。
マジ最高に美味しかった!!すげーーー!!
彼女曰く、人間やればなんでもできるそうです。
あたしにもできるかな。



ご飯を食べ終わった後、コンコンと語りました。
ネガティブやポジティブについて、とか
恋愛の話や、自分の今までのことや、お互いのスタンスとかなど。
楽しかったなー
また話そうねー
っていうか、今度は腹巻き探しをしに行こう。
イトーヨーカドーに腹巻きを買いに行こう。





そして、こんなタイミングで(どんなタイミングだよ)カミングアウトしちゃいますが

わたくしひぃたんは何を隠そう、

「ニンニク臭い」

という感覚がさっぱり解りません。




いや、料理とかに入ってるニンニクの匂いはわかりますよ?
あれはいいにおいですよね。食欲そそる。

しかし、人間が体内に摂取したあとに臭う、
世間的に言う「ニンニク臭い」という感覚を
20年間生きてきて一度も感じたことがありません。



「今日ニンニク食べて来たから、臭いと思うよ。ごめんね。」
とか
「さっきニンニク食べてきたからさー、みんなに嫌な顔されてさー」
とか



言われても解りません。
だって、臭いと思ったことがないし、
何より「ニンニク臭い」自体を実感してないんだもん。
言われなければ、ニンニクを食べてきたことすら解らない。

普段と何が違うのかわからない。
マジで。
鼻悪いのかな、あたし。
むーん。



ま、でもある意味幸せなことだな、とも思います。
だので、私の身辺にいる人は
私とサシで合う前とかに、ニンニク料理を好きなだけ食べても大丈夫。
どうぞどうぞ。好きなだけ食って下さい。





それにしても、
一度でいいから「ニンニク臭い」を体感してみたいなあ。
どんな臭さなんだろう。







●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●








コーティングされた私を見て
あなたはそれを「私だ」と認識する



そう
それでいいのよ
今はそれでいいの



そして
私の中に潜む「たくさんの私」を知りたくなったら
私のドアを、ノックしにおいで



あなたが、私に何もかもを見せる勇気があるのなら
あなたが、私の何もかもを見る勇気があるのなら



いくらでもドアを開けてあげる。



私はいつだって、ここにいるよ。







写真:パスタ 「大小、扉二つ」

始めにいっておくけど、

この日記すんげー長いよ。

だので、読みたい人だけ読んでね。




ちょっとした言い合いをした。


きっと、お互いの言いたい事と相手への伝わり方が
うまく噛み合わなくて、言い合いみたいな形になっちゃったんだ。



熱が冷えてから、
言われたことを考えてみる。


何故、あたしはプラス思考でいられるのか。
全ての物事の先には、必ず希望があると思えるのか。
そして、何故みんなにも必ず光が訪れると思うのか。
そういう風にできない人達のことを、そういう風にできないわけがないと思っているのか。



自分の今までを振り返って、
考えてみた結果、
行き着いた答えは



【ただひたすらに信じているから】。



あたしはとても恐がりだ。
何もかもが恐くてしょうがない。
あたしのスタートはネガティブから始まった。


自分以外の人はみんな自分が欲しいものを簡単に持っている気がしたし、
自分には何もないとよく悲観していた。

明日の自分が恐かったし、
勉強も当たり前の決まり事すらも守れない自分が、
この先どうやって生きて行けるのかわからなくて、
途方に暮れた。



自分以外の何もかもが羨ましかったし、
なんでみんなあたしにできないものをいとも簡単にできるのかがわからなかった。



そしてそんな自分が最高に惨めで、
小さくて、情けなくて、
大嫌いだった。




世界が綺麗だなんて思えなかった。




でも、なんであたしは、
その考え方を覆すことができたのか。




答えは、

きらきら生きている人間を目の当たりにして、
あたしもそこに行きたい、と強く願ったから。




あたしだってあたしを好きになりたい。
あたしだって毎日最高だって言いたい。
心の底から、生きてることが嬉しいと言いたい。



その考え方が、どうしても欲しい。




じゃあどうして今のあたしは自分のことをそう思えないんだろう?
そう思えるためには、何をしたらいいんだろう?
あたしが頑張れば、実るものってなんだろう?
あたしみたいな奴にもできることって?
そして、それがあたしにとって楽しい事でもあることって?




毎日考えて、探して、いつも自分にたずねた。

今、楽しいと思えることは周りにない。
じゃあ、昔楽しかったことって?


獣医さん、とか
絵を描く、とか
舞台をやる、とか
ソフトボール、とか



描いては消し描いては消し



現実的に生きていけそうなものはなかった。
社会的に食って行けそうなものはなかった。



だけど、勉強は好きじゃないし、
好きじゃないから頑張らないし、
頑張ったとしても結果が出ないし、
自分の欲しいものじゃない気がするし、
だけど何かを選ばないといけないし。



だとしたら、もう選ぶしかないんじゃないのか?と。
自分を信じてみるしかないんじゃないのか?と。



そんで、一番興味があって、一番楽しかった思い出しかない演劇を選ぶことにした。
でも、やってみたらすごく楽しかった。

そして、そこからバンドに出会い、
ジンに出会った。





あたしは無力だ。
あたしにできることはとても少ない。


だけど、それで
『自分なんてどうせ』
と思う毎日は、とても苦しかった。
辛かった。
自分が哀しかった。

欲しいものは、いつだって手に入らない気がしてた。
負けの人生だ、と思った。


だけどあたしは、きらきらしたかった。
自分は最高だ、と言えるだけの自信が欲しかった。
だけど、欲しいものを追うとき、付き纏うものは
『叶わなかった時の絶望』だ。



あたしは、その絶望を感じたくなかった。
お先真っ暗だと思うことによって、
どこまでも堕ちていってしまいそうな弱さを持つ自分が恐かった。




なら、【信じること】以外に、何ができる?




明日は必ずいい日だ、と
今はダメでも、10年後の自分は必ず最高に笑ってると



信じること以外に、
信じれるものがどこにある?




全てのものごとには必ず裏返しがあって
人はいつだってその裏返しが怖くて歩みを止める



だけどね

【絶望を信じる】ことで、
何が救われる?
何が良くなるの?



絶望とは望みが絶たれること。



望みが絶たれてしまったら、
どこへ向かって歩けばいい?
どこへも行かれないじゃないか。
どこへ行ったって明日は真っ暗だと思ってしまったら
今日自分が生きている意味がわからなくなる。
明日が真っ暗なのに、何故今日生きなきゃならないの?と
絶対思ってしまうじゃないか。



そしたら、今までやってきた事が全てゼロになってしまう。
自分がここにいる意味なんてなくなる。




そんなのはいやだ。
そんな毎日は辛い。
だけど死ぬ勇気もない。



死ぬくらいなら、
毎日が楽しく生きれる何かを探したい。




欲しい欲しいと願うあまり
その頂点、極みばかりを求めるあまり
叶わなかった時のショックは大きいし
それまで歩んで来た全ての意味は失われる。



あたしは、そんなにリスクの大きい毎日は嫌だ。
そんなに安心できない毎日は嫌だ。





頂点、極みばかり(その達成度の範囲は針の穴のように小さくて限られている)を見つめていたら
今までせっかく感じてきた優しいものや素敵なことが
全部なかったことになってしまう。



それより、あたしは
極み、頂点の行く途中に散らばる、
小さくても素敵なもの達を見て
幸せだ、と思いたい。



もちろん、頂点や極みにたどり着くために
毎日を歩き続けるよ。
だけど、その旅路を頑張るための
エネルギーが欲しい。

優しいもの、素敵なもの、感動できるもの達。
それらを見るだけで、感じるだけで、
心がちょっと元気になる。


一粒のチョコレートが
歩き疲れた体をちょっと元気にするみたいに


日々あたしの周りに落ちてる小さなチョコレート達を
ひとつひとつ残さず拾って、厳しい道の疲れを癒したい。




そうやってたくさんの小さな幸せを見つけなければ、
あたしはとてもじゃないがこの世界で生きてなんかいけない。



こんなに苦しくて辛くてうまくいかないことが
無数にちりばめられている世の中で、
上手に生きてなんか行けない。




あたしにとってのチョコレートは、
だから【ひたすらに信じること】なんだ。




今日はダメでも、必ず明日は今日よりいい日だ。
こんなに哀しくて辛いことがあった、
だけどこれはきっと先の未来で
より素敵なあたしになるための、布石なんだ。

そう信じることによって、
哀しいことや苦しいことを、自分のプラスに変えていける。
受け止めていける。



誰かのことを考えるときだってそう。


あいつはあんなに今苦しんでるけど、でもあれは今だけだ。
あれを乗り越えれば、こいつの未来はきっと輝かしいはずだ。




自分の明日ですら信じるしかないのに、
誰かの幸せを考えるときなんて、
信じる以外にあたしに何ができる?


お前は大丈夫。
お前の未来は必ず素敵だよ。


あたしがそれを強く願い、
そうあって欲しい、そうなるはずだ、と


その人自身に絶対になれないあたしは、
そう信じるしかないじゃないか。



それが、あたしにできる精一杯の愛情だと思ってる。


もちろん、物理的にあたしにできることは、
あたしに考えられる範囲で全部やった上での【信じる】だ。



あたしが精一杯やったからといって
その人の未来をあたしが決められるわけじゃないし
結局全てをどういう風にしていくかを決めていくのは
その人次第だし



それがその人にとって最高な未来への布石でありますように、
あるはずだ、と
祈りにも似た【信じる気持ち】を持つことは

その人に対するあたしの最終的にできる限界だ。





【絶望】に未来はないし
そこから拾える素敵なことは何もないけど

【絶望】から明日を【信じる】ことができたら

絶望ですら【素敵なことへの布石】に変えられるじゃないか。
どこからでも這い上がれるじゃないか。

【信じること】には
信じるだけで思い掛けぬ素敵なことが盛り沢山じゃないか。




だから、あたしはただ【信じてる】。



信じるからこそ、今日を精一杯頑張れる。
頑張ろう、と思える。



だって、



『お前、今頑張っても10年後の未来最悪だよ』
と言われたら

マジで!?じゃあ今何やっても無駄じゃん…

ってなるけど

『お前、今頑張ったら10年後の未来、超最高だよ』
って言われたら

マジで!?じゃあめっちゃ頑張っちゃお!

って思えるじゃん。




どっちも絶対の約束なんかされてないのに、
どっちの言葉を信じることの方が
手に入れられるものがより多いかって言われたら

未来に絶望して一歩も動かないより
なんの根拠もないけど、
なんかよくなるはずだと信じて、
ひたすらに頑張れる方が


完全に得られるものが増えるじゃん。
頑張るんだから。頑張れるんだから。
めけずに先へ先へと進めるじゃん。
そうやって、着実に成長できるでしょう。


それが例え、望む結果にならなかったとしても。
それをも、自分へのエネルギーに変えて行ける。





あたしは、ただ怖がりなの。
打たれ弱いの。
世の中には痛くて恐くて哀しいことが多過ぎる。




でもそこから頑張るために
もっともっといいものを手に入れるために




あたしはあたしの明日を信じるの。





それだけなの。




信じているから、何もかもがあたしへのプレゼントに見えて
だから毎日が楽しいよ。
生きているのが楽しいよ。
世界を、素敵だと思えるよ。
何があったってあたしは大丈夫だと思えるよ。
自分がどこに堕ちたって、そこから希望を見つけられると信じているよ。

そして
そんな自分が好きだよ。



あたしが言いたいのは、それだけ。





予告通り、長くなりました。
ブログに載せるか載せないかちょっと悩んだけど
結局載せることにしました。
だって、ほんとのことだもん。






そんな風にして、あたしは今日も生きてるのです。









写真:ひぃたん 「一筋の灯り」

今日、スタジオだったんだけど
あーだこーだ新曲をいろいろやってたら
片付けがちょっと遅くなっちゃって

うちらの後にスタジオ使う人がつっかえちゃって、
あああ〜〜〜すんません〜〜〜〜〜!!
って感じだったんだけど


まだ片付けしているジンを見、
そしてマイクのシールドを巻いているあたしとバッチリ目が合い、
何も言わずに頭を引っ込める次にスタジオを使う人。



そしたら、何やら廊下の方で




ギャルだ!!ギャルがいた!!
なに!?ギャル!?ギャルバンかーー!?




というでっかい声が聞こえて




おい!お前ちょっと見てこいよ!




っていう声が後からまた聞こえて
見に来たであろう、他のメンバーの人が、
まだ片付けをしているジンメンバーをみて、


ギャルバンじゃねえ


という若干残念な顔をして引っ込んでいった。笑








っていうか








ギャル?








ギャルだって?









どこ?

どこにいんのよ?












え?




あたいですか?









20年間生きてけど

「ギャルだ!」

と叫ばれたのは初めてです。

っていうか

あたしのどこにギャルの要素を感じたのだろう…
化粧か!?
最近ちょっと化粧濃くしたからなのか!?


それにしてもギャルって…





いや、もしかしたら彼らの言うギャルっていうのは
「女子」のことを指しているのであって
最近の若者が「ギャル」と言われて連想するギャルの事ではないのかもしれない。。








いやー

それにしても




「ギャルだ!」発言は、




今年一番の大津波でした。笑









●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●








憂うように北風が吹き付ける


今日のお前は向かい風なのね。


昨日は追い風だったけれど


【昨日は昨日さ。】


そうだよね。


そうだよな。


それもなんだか


良い感じだよね。







写真:パスタ 「異空間トンネル」

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