過去と未来、創造と破壊、私と私






雨が降っています。





ああ。


こんな不安定な仕事を選んで
まだ10代、だなんていつか終わって、
ふとした時に「あぁ何十年後も売れなくてずっとこのままだったらどうしよう。」って
「稼げなくなったらどうしよう」て
この世の全部が不安になるのです
寝るのも食べるのもテレビを見るのもツイッター開くのもyoutube見るのも。
見えない将来にのまれちゃって




本気でどうにかしたい状況の時、本気でどうにかしようとすれば、それはどうにかなる。
って知ってるし信じてる。信じてたけど

「まさにその時その場、現実、今」には強いけど「未来」には滅法弱くて。
でも今は未来にもなるし過去にもなるし、、
ん、、、



私は会社員じゃないし公務員でもないし高卒で学校にも通ってない。




うん。
最高の作品を作っているよ。
作り続けているよ。
それはそうだよ、今までもこれからも。
創作を始めた小学校の図工の授業から創作に対する想い・熱・欲は何1つ変わってない。
湯木慧はその時からちっちゃなアーティスト


そして今、仕事になって
それが誰にどうやってどのくらい届いてるのか、これでこれが仕事にできているのか、分からない。分からないって怖すぎて何もかも疑いだして何も信じられなくなるんだよ。
こんなじゃないよなって




この前テレビで動物の保護団体をやっている外国の女性の密着取材が流れてて、生き生きと大好きな大好きな動物の命を守って、「辛くても何があっても私はこの仕事が誇りだ」って言ってて、
この仕事が誇り。が反芻する









"夢をみてた過去の目"
ごめんね、過去の目さん。

人を信じすぎていたかもしれない。
それは自分自身の事も。
私も人




"生き急ぎすぎた心の目"
余裕が私の中での、「自由な創作」の大事な条件の1つ目なのに
ごめんね心の目さん

そりゃいくらメガネをかけても見えにくいよね。見えにくいぼやけてると絵が描けないよね。




"嘘を吸い込んだ心の耳"
それが嘘だったのかそれが嘘なのか、
否定する力も信じる力もなくてごめんね
心の耳さん。








何も残してないの結果を。
数字を。

残してきたのは作品だけ。
本当の本当に創造することしかしてないの。









"自分で決めたこの道なんだと"
"明日へ一歩踏み出すのです"



"簡単じゃない人生の中で
逢いたい人が居るのです"






沢山あったかさを知ってる、
今回のMV制作チームの人達。
大分の親戚、お世話になったライブハウスの人達、共演した人達、地元の友達、同い年の頑張って居る人達、家族、幼馴染、学校のクラスメイト、ライブ会場、、、、、

愛が溢れる場所も沢山。








"逢いたい人"
それはもちろん過去のあったかい人
そしてこれからくる未来のあったかい人










私 | 私




今はまだ、誰の為でもないの。
でも誰かの為になっていたらそれはそれで嬉しいよ。
私のポロポロ落としていったものはどうぞお好きに、だよ。
噛み砕いて意味の持ったものに変えられるのは皆の特権




私対私


自分の意思でいつか誰かのために。
に変わったら新しい世界になるのかもな。

でも今は
いまはまだ



自分は自分の為に。
私は私を生きてる。