最初に。
このブログは、
大切な方とのお別れのお話です。
こういった話が苦手な方はここで閉じて下さい。







 









先日、私の音楽人生においての父親的存在だった柚木さんが亡くなりました。
(文章を書く上で外せなかったので苗字だけ出させて頂きました)
ずっと病気と闘っていたのですが、
闘病の末、11月9日に逝去されました。




柚木さんとの出会いは、
アニメやゲームの歌を歌うアーティストになるべく動き始めたばかりの、
知識も経験も何も持ってないRPGでいう勇者レベル0な頃でした。
もう6年ぐらい前かな、時が経つのは早いね。

恵比寿にあるLIVEGATE(現:クレアート)というライブハウスのイベントに出演することになって、そこで声を掛けてくれたのが、当時LIVEGATEでマネージャーをしていた柚木さんでした。

私のステージを観て、
「まだ粗削りだけど他とは違う何か凄みみたいなものを感じた、一緒に頑張ってみないか」(要約して書いてます)と声を掛けてくれました。

柚木さんはLIVEGATEの運営のかたわらで、
アニソン、ゲーソン系のアーティストを発掘したり、育てたり、手助けしたりしてて、
今活躍されてる先輩方で柚木さんにお世話になった方、結構いらっしゃるんじゃないかなと思います。



そこから、LIVEGATEで色んなイベントに出演して修行させてもらっていました。
そこで柚木さんが企画主催してたイベントのひとつが「EVIHABARA」で、
当時、まだゲーソンデビューどころか何もなかった私を何度も出してくれて、そこで今もお世話になってる先輩方にもたくさん出会いました。
その経緯があって、私がイベントを引き継がせてもらって今は「EVI∞HABARA」として私が主催運営しています。


とは言っても、
知り合って1年も経たずに柚木さんが倒れてしまってそこからしばらく会えなくて、
会えるようになっても主に病院でしか会えなくなってしまったので、
がっつり過ごした期間って、
実は1年もないんですよね。
なのに、何年も一緒にがんばってきたような感じしかしないので、本当に濃い日々だったんだなって思います。



柚木さんには、
本当にたくさんのことを教わりました。

中でも強く覚えてるのは、
佐藤ひろ美さんのライブは本当に心を動かされるから、あぁいうライブができるようになりなさいって当時会う度に言われてて、
そのためにはこういうことが必要だよとか、
時には厳しめなことも言われたり、
本当に色んなことを教わりました。

今の私のステージや歌には少なからずそんな柚木イズムが組み込まれています。


だからこそ、
ゲーソンシンガーとしての私のステージ、
見てもらいたかったです。

私がゲーソンデビューしたのは、
柚木さんが療養するようになってからなので、
私が会いにいくことはできても、
ライブハウスに来てもらうことはなかなか叶わなくて。

大きな会場だったら設備的にだったり、
音響などが身体に影響のない場所から観られたりとかできたんですけど、
大きな会場で歌うチャンス、柚木さんが生きてるうちに掴めなかった。

そんなことも叶えられない自分に不甲斐なさを感じました。


それでも、
自主制作したCDができたら持っていって、
また新しいゲームの楽曲担当できましたよって報告すると喜んでくれた。
少しでも、あの時見つけて声掛けてよかったって思ってくれてたらいいな。


年に1、2度は会えていたというのもあって、
何度も復活してきた柚木さんなら大丈夫だろうってどこかで思ってたんですよね。
だから訃報聞いても何か信じられなくてふわふわしてて。

そんな中、
会える機会をご家族が設けて下さったので、
最後に会いにいって安らかに眠る顔を見たら、
あぁ現実なんだって受け止めるしかなくて。
それでも、まだ実感なかばで涙も出てこなくて。


そしたら先日、ご家族からメッセージを頂いて。
柚木さんが最後の最後まで私のことを気にかけてくれていたこと、
12月のバースデーライブを観に来ようとしてくれてたことなど、
最後の柚木さんの想いを教えて頂きました。

私が思ってる以上に柚木さんが私のこと考えてくれてたことを最後の最後に知って、
そんな柚木さんの思いに触れて。
そしたら、ついに実感が湧いてきてしまいました。
ただただ、悲しい。

じつは父のことも7年ぐらい前に病気で亡くしてるのですが、
父や父親的存在の方だったり、
なんでお父さんばかり早くになくしてしまうんだろう。



デビューを一緒に目指すことや、
その先を共に歩むことはできなかったけど、
LIVEGATEがあって柚木さんがいたから、
歌うチャンスをもらえて掴むことができて、
ゲーソンシンガーとして今5年目に入りましたが、ここまで止まらずに活動し続けられてるんだと思います。



出会ってなかったら、
見つけてもらってなかったら、
綺良雪は生まれてなかったかもしれません。



見つけてくれたこと、
共に戦おうとしてくれたこと、
すべてに心から感謝しています。
そして、心よりご冥福をお祈りします。




こういうことはあまりこと細かく書くべきではないのかもしれないけど、
父のときも昔ブログに書いてて、
節目のときとかに読んで父のことを考える機会ができるし、
自分のためにも今回も書き残すことにしました。
長いしまとまってないしで読みにくいと思うけど、読んでくれてありがとうございます。




そうだ、ひとつ不思議なことがありました。

このことを知る前からバースデーライブのセットリストは決まってて、
カバー曲のうちの1曲、
その曲だけなんかその時は決定的な理由がないというか、でも選ばなきゃいけない気がして選んだ曲があったんですが、
その曲を選んだ意味がわかった気がします。
うーん、にしても本当に不思議。

当日、空から聴いてくれてたらいいな。



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今度は空から見ててください。
柚木さん、ありがとうございました。


Yours sincerely, 
Yuki Kira