私にはたくさんの仲間がいます。
いつも誰かが傍にいてくれるから寂しくはありません。でも、何故か心が満たされません……。
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昔の人は月明かりを頼りに夜道を歩いたと言うが、この街に月明かりが届くことはない。
22時だというのに何処から湧いてきたのかと聞きたくなるくらい街は人で溢れかえっている。
「やることがないなら帰れば良いのに」
孤独を嫌うかのように人々は群れて、明日に繋がらないどうでもいい会話を繰り返している。そして私もその一人……。本当に、私も帰れば良いのに……。
私はいつもの仲間が集まるダイニングバーへと早足で向かう。早くみんなに会いたいからじゃない。この人混みに埋もれたくないからだ。
「おーサナじゃん」
店内にはいつも誰かしらいるから特に約束はしていない。
「アキト君、お疲れー」
アキトはカウンターに座ってビールを呑みながら手を振ってくれた。
「タクさん、私もビール」
タクはこの店の店長で、休みの日にみんなで遊ぶくらい仲良がいい。
アキトとタクと3人で話していると、すぐに他のメンバーも集まってきた。金曜の夜ということもあって、店内はもともとざわついてはいたが、気の利いたBGMすら聴こえなくなるくらいに賑やかになった。
……23時41分。
まだ乗り換え先の終電にも間に合う時間だと確認し、帰り支度をした。
「ちょっと!サナ帰んの!?」
アイミがすかさず声をかけてきたので「んー。酔も冷ましたいし?」と濁して答えた。
特に帰ってなにかする予定はないけど、ここにいる意味もあまり感じない。
いつもフラッと訪れるが、私自身はこの空間に馴染めている気がしなかった。もちろん会話を振られれば話すけど、自分から話題を振るのは苦手だし、みんながハマっているアニメの話もよく分からない。
ぶりっ子の姫タソみたいに自分を肯定してくれる人達を選んで愚痴を泣きながら話すのもなんか違う気がする。
「サナちゃん、急ぎじゃないならこれ飲んでみてくれない?勿論ノンアルだから安心して!」
タクがカウンター越しに試作のカクテルを差し出してきた。
「来週からメニューに追加してみようかと思うんだけど、その前に味覚が鋭いサナちゃんの意見を聞いておこうかと思って」
黄色いパステルカラーのカクテルは、見た目通り甘い香りを漂わせているが、口に流すと舌を撫でるような苦味があり、まるで今の私の立ち位置を表しているようだった。
「美味しい。なんか、ほんのり甘くて少し苦いのが夏ぽい」
「お!さすがサナちゃん。そうなんだよ、夏をイメージしたんだよ!」
「あたしも呑みたい!」
アイミはノンアルという言葉に安心しているのか勢い良く口に流し「なにこれ!?超うまー!」と騒いだ。その言葉に釣られて他のメンバーも集まってきた。
あぁ…帰りそびれたな。
諦めて空いてる席へ戻るが、特に嫌な気分にはならなかったのは、ほんの一瞬でも必要としてもらえたのが嬉しかったからだろう。
帰るという選択肢をなくした私の隣にアキトが二人分のドリンクを持ってやって来た。
「はい、オレンジジュース」
「ありがとう。でもなんでオレンジジュース?」
「オレンジジュースって酔を醒ましやすくするんだよ」
「へぇー……知らなかった。アキト君はいつもの…ブルドッグ?」
「そ。……だけど本当はただのグレープフルーツジュース」と、こっそり私に教えてくれた。
「ここってさ、みんなみたい酔っ払っちゃえば楽しいのかもしれないけど、どんなに酔ってもみんなと同じところには辿り着けない気がするんだよな。それなら無理して呑むより素面でいたほうが楽って言うか…」
「あー。私もそれかも…。」アキトの言葉に小さく頷いた。
「いつもノンアル?」
「うん。タクさんに予め俺がブルドッグって言ったらグレープフルーツジュース出しててって言ってあるだ」
「へぇー。お酒強そうなのに意外」
「そう?実はそなに呑めないんだよ」
そんなありきたりな話でも、落ち着きのあるアキトとなら楽しく話せた。
いや、今日初めて心から楽しく話せた気がする。もしかしたら一番深い部分を一度共感しあえたからかもしれない。
気づいたらアキトに勧められたカクテルを2、3杯ちゃんぽんしている。
あー。私もそんなに強くないのについつい飲みすぎたな……。
みんながカラオケかダーツかで次の行き先を話し合ってるとき、アキトが私の耳元で「このまま抜けちゃおうか」と囁いた。
普段の私なら予防線を張り巡らせているためこんなムードになることはないが、今日はアキトの意外な一面をたくさん魅させられたせいか、隙をつかれた気がした。
それでも首を横に触れないのは、三日月のように欠けてしまっている心の隙間をアキトなら埋めてくれる気がしたからだ。
アキトに言われるがまま私は酔っ払って具合が悪いフリをした。
「ちょっとサナ具合悪いみたいだから送って行くわ」とアキトがみんなに声かけた。
「え!?サナ大丈夫??ごめんね、私が引き止めたから!」
アイミが心配そうに寄り添った。後ろめたい気持ちになりつつも「大丈夫、気にしないで」と少し笑ってみせた。酔ってるのは事実。嘘じゃない。と自分に言い聞かせて――――。
姫タソは相変わらず他の男にベッタリでこちらには興味がないようだ。
アイミ達に見送られて少し歩いたところのパーキングへ車を取りに行った。暗闇でも立派に佇んでいるアキトの車は、車に疎い私でも高級車ということが分かり少し身構えた。
「頭気をつけて……閉めるよ」
アキトがドアを閉めると、密封空間に閉じ込められたかのように周りの雑音が遮断された。ここだけ世界が違うみたいだ。
滑らかに走行する車は重力を感じるくらい重く安定していた。無理に言葉を重ねて時間を消費する必要がないくらい、とてと静かな空間が心地良い。
流れる景色を見つめガラス越しにチラリと見える横顔にドキッとした。
今夜はこの景色のように、私を何処か遠くへ流して欲しい――――。
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あの夜から数日が経った。アキトとの夜はまるで「鮮明に覚えている夢」のように今は繰り返しなぞれるけど、いつかは他の記憶に上書き保存され、忘れたことすら忘れてしまうんだろう…。
そもそもあの夜自体が夢だったのではないだろうかとすら思えるくらい現実味がなかったのも確かだし、今だってあの夜を過ごす前と同じように一度も連絡を取り合っていない。
キッチンへ行きインスタントコーヒーを多めにカップに入れ、ケトルからお湯を注いだ。少し白い湯気が立ち目を眩ませた。
「今飲んだら火傷しちゃうな…」呆れた笑みを浮かべてソファに座り深呼吸した。お互い大人だ。いくら予防線を張っていても、お酒が入ってムードが良ければそのまま流れに任せることだってある。それでこれからどう発展するのか期待するほど子供ではないはず。
「……何を期待していたのだろうか」
自分の言葉と気持ちがチグハグだと感じた瞬間涙が溢れた。
「子供じゃない…じゃあ私はいつから大人になったの?」
仲間内でも予防線を張るようになったのは、周りを見下したり、自分の強さを誇示したいわけじゃない。
人を信じて裏切られるという経験を何度も繰り返してきたから、傷つくことや信じることに臆病になった私の「私を護る」ための無意識の手段に過ぎなかった。
だからいつもひとりになると「こんな私の心に入り込んでくれる人と来世で出会えますように」と願っていた。
だから今回もまたいつものように来世に祈るだけでいい。
……これで何度目だろうか?来世に期待して今世を諦めたのは……。
そう言えば、今日は妙に身体が熱い。
いっぺんに涙を流して考えたせいだと思ったが頭痛も寒気もする。
私は嫌な予感に誘われるまま体温計に手を伸ばした。浅い呼吸と確実に感じる心拍数がとても苦しい。
「37度9分」
久しぶりにここまで熱を上げた。
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軽い女に見られたくないからナンパについて行ったことは一度もない。
でも周りのトモダチが「男友達と遊んでヤらずに帰ってくるとか、女として魅力なさすぎじゃん?」って言うから、みんなに合わせていたら経験だけが増えていった。
トモダチに合わせれば友達になれる。同じことをしたら仲間になれる。
今日も一緒に笑って騒いだから「ともだち」
帰り道、急に虚しくなり涙が流れそうになったから顔をぐっと空に向けた。三日月と目があったのはただの偶然だろうか……?
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目を覚したら部屋は真っ暗になっていた。
知らない間に寝ていたらしい。
携帯が何かを受信しているらしく光っている。
『マジ!?大丈夫??ゆっくり休んで!お大事に!!』
とアイミからLINEが入っていた。
そう言えばさっき『最近お店来てないの?今夜は来る?』ってLINEに返事を書いたような…。あまり覚えていない。
とりあえず『大丈夫だよ!ありがとう』と返事をしたすぐ電話が掛かってきた。
「アキト君…?」
登録したアキトの名前を見て嬉しいような気まずいような気持ちよりも、想定外過ぎて先に驚いた。
「アイミから聞いた。熱あるのか?大丈夫?」
「うんん。少し寝たから大丈夫」
「そうか。それなら良かった」
こういうとき、どうやって会話を続けていいか分からない。
「…あのさ、サナの家の最寄りってN駅だったよな」
急に家を聞かれたから、昔のトラウマが蘇り少し怖くなった。
「…うん、そうだけど…」
「良かった…。今って外出れたりする?渡したいものがあって」
あぁ…。そう言えば、見舞いという建前で無理矢理部屋に入り込んできた短大の先輩がいたな……せっかく忘れてたのに。
「うん、出れる。家の前だと車止めれないからA通りのファミマまで来てくれるかな」
「分かった。サナはゆっくりでいいからな」
「ありがとう」
勝手にアキトの「良い人像」を造り上げた私が悪い。でもこういうタイミングでこういうのってキツイな……。
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夏の主張はとても強く、日が落ちても夏は終わらないことを伝えてくるように、少し蒸した風が肌にまとわりつきながら過ぎていく。少し焼けたら肌にじんわり汗が浮かび、ベタベタした感覚が気持ち悪い。
車通りが激しい通りにある割にあまり混まないコンビニ。既に停まっている車がアキトのものだとは遠くからでもすぐに分かった。ただ、車内に人気を感じない。
あれ?お店かな?
店内へ向かおうとしたらレジにアキトがいて「早かったね。ちょっと待ってて」と言うから外のベンチで座って待った。
灰皿が近いせいか、誰もタバコを吸っていないのに残り香が喉に刺さり、ますます気が重くなる。
「ごめんごめん、これ渡したくてさ」
アキトからかなり重いコンビニ袋を受け取った。中にはお粥や瓶詰めされたフルーツ、ヨーグルトとプリンが入っていた。
「車にもあるからちょっと待ってて」
小走りで車に戻るアキトの背中を見ながら「こんなに貰ったら追い返せないよね」と溜め息をついた。
「おまたせ」と言われ渡された袋には薬とドリンクが入っていた。
「薬局のお姉さんに「一番効く薬頂戴」って言って買ってきた」と笑うアキトがなんだか悪戯っ子な少年に見えた。
「…あ、これ、高いドリンク」
「言うな!黙って飯食って飲め!」
私は袋を2つ受け取りアキトを見つめた。
「なんだよ?粉薬は嫌い。みたいな顔するなよ。あの店の中で一番効く薬なんだぞ?」
「あー……うん。……えっと、家でお茶でも飲んでく?」
正直ここまでされると何かで返さないといけない気がする。子供なら無条件に愛されるけど、大人になるとそうじゃない。必ず優しさの裏に下心があるのだ。そんな人を過去に何度も見てきた。
「嫌だよ。風邪伝染るじゃん」
「え?」
「はは、さすがに今のは冗談。だけど弱ってるときって誰かに見舞に来られるより一人で寝てる方が正直、気楽じゃね?」
「うん、まぁ、そうだけど…」
アキトは私の頭をポンポンと撫でてから「残念ながら俺は送り狼という趣味を持ち合わせてないからな、送ったとしても家の前くらいだぞ」といって私を車に向かわせた。
いくら風邪で精神が弱ってるとはいえ、アキトの優しさを疑ったこと、変な覚悟をしたことに恥ずかしくなった。
車を家の前に停めて「ありがとう」とドアを締めようとしたとき「あの夜から、サナのことが頭から離れなかった。早く治してまた俺に時間をくれないか」と言われて一瞬息が止まり目を見開いた。
「あ、うん。…分かった」
そう言ってドアを閉めて逃げるように部屋へ帰った。初めての感覚にどうして良いのかわからなかったのだ。
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アキトの第一印象は「大人っぽく落ち着いているけど、女の子の扱い方に慣れてる感じがする少し危険な香りの人」という感じだった。油断したらその香りに誘われてしまう気がしていつも距離を置いていた。
だからあの夜、初めてまともに会話をしたような気がする。それなのにこの急展開に頭がついていかず、心拍数が高くて苦しいのに、とても浮かれている自分がいて苛立ちさえ感じる。
溢れだす感情を断ち切るように部屋のドアを閉めた瞬間、糸が切れたように力が抜けて座り込んだ。
「アキト君、きっと今までいろんな女の子と遊んできたんだろうな……」
それがなんだと言うわけじゃないけど、アキトの優しさを本気にして良いのか怖かった。
こういう時、本当の恋愛をちゃんとしてきていたら、こんなに悩まず相手の心に飛び込めるのだろうか?
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六畳一間の飾り気のない部屋のテレビから「こうすれば人は笑います」と言われて作ったようなバラエティ番組が笑わせてくるけど、今はただの雑音にしか聴こえない。
後輩芸人が空気を読みながら発言をしても、それを被せるように言葉を発して自分の笑いに変える先輩芸人。
そんなやりとりにモヤモヤしてくる。
やっぱり人は自分の思うようにことを運びたい生き物で、その場が楽しければ良いんだろう。
それに上手く呑み込まれそうになるなんて、なんだか私らしくないな……。
アキトに買ってもらったお粥を食べて、今日の出来事も感情もすべて流すようにシャワーをしに向かった。
シャワーから上がるとバラエティ番組はドラマに変わっていた。
現実世界ではありえないような青春ドラマだった。
全く観ていないドラマでも5分も眺めていればチャンネルを変えれなくなる。
『周りがどうとか、過去がどうとかどうでもいいじゃん!』
女子高生が友達に自分の気持ちをぶつけているシーンは、どんなドラマでも「青春」で胸が熱くなる。
『ルイが好きなのはツバサ君でしょ?なんで誤魔化すの?』
『だってあんなイケメンが私に告白なんて…』
『なんでそこで判断するの?今までだってルイのために助けてくれたじゃん!なんでそこを見てあげないの?』
『それは…同じチームだったから……』
『違うでしょ!?誤解を恐れずに皆に立ち向かってアンタを護ってくれたのは…アンタのことが……ルイのことが好きだからじゃん!自分が傷つきたくないからって、勝手なフィルター越しでツバサ君を見ないでよ!!』
ツバサ君が一体何をどうしたのか全くわからないが、名前の知らないルイの友達のセリフが私の胸にも突き刺さった。
「あぁ私もあの女の子のように、自分が傷つかないようにアキト君をフィルター越しに見てたんだな…」
『本気で好きなら傷つく覚悟持てよ!そして相手を全力で受け入れろよ!』
友達の言葉をきっかけにルイは走り出した。
それを見て私もLINEを開き『アキト君の薬とフルーツのおかげで元気になったみたい!私も話したいことがあるから、急だけど明日とか会えないかな?』と詰まる息を飲んで送信した。
すぐに既読はつき『俺も会いたい』と返事が来た。
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今日、初めて自分から相手の好みを聞いてディナーに誘った。いつも与えられてばかりだったから気づかなかったけど、相手を「想い」「行動する」って簡単じゃなかった。
だけど喜んでくれるならこれも悪くはないのかもしれない。
アキトを待っているとき、アキトの喜ぶ顔を想像したら嬉しくてにやけそうになったから空を見上げた。するとあの日の三日月が満月に変わっていた。
fin
☆以前出演させて頂いたライブ組んだ
私のセトリを物語化させるために書きました。
与えられることも差し上げることも
同じくらい大切なんだよってことですね( ,,ÒωÓ,, )←