今、安寧を壊す罪悪感。胸の中に渦を巻いている、漆黒の濁流。どうやらわたしは、願わくも破壊者になってしまうようだ。これまで連綿と続いてきた静謐な空気が、一瞬にして破壊される瞬間。耐えがたい重圧が、全身の神経をうだらせる。

午前〇時三十九分。時計の短針は、ゆっくりと右回りをしている。

わたしは、人の才能を殺すことを、したくない。人の才能を殺すのは、人を殺すこととなんら変わりない、重罪が伴う酷事だと思っている。

書類作成ソフトを開いた。感情的にキーボードを叩いた。文字は一字一字と入力が進んでいく。

頭の中には、理性的な天使と夢幻の悪魔が常在していて、互いに罵り合っている。わたしはそのとき、誰も経験したことがなかったことに手を伸ばそうとしていた。極度の眠気と、鈍痛が感じられる。


「破壊は何をもたらすか」


ふと頭に浮かんだ一文がはらを鋭く刺した。定まった回答を得られていなかった。思考の処理がスタートする。


「既存のものを変えてしまうことには、リスクが伴う。罪も伴う。はっきりいって、物怖じしている」

「もう無理だ。何もかもが不可能であるように思われる」

「なぜこのようなリスクを負ってまで、破壊を行わねばならないのか。それは何を生むのか___負の遺産?」

思考の蔦が、ごちゃごちゃに絡み合っていた。


しかしそのとき、急激な思考の転換が起こった。

「だが、もし、破壊がもたらす次の創造を進化と呼ぶならば、それは創造的破壊になりえないか?」

「それにより新しい世界が開けるとしたら?」

「確かに巨大な利潤は、巨大なリスクからしか生まれない」

「革新的破壊は、ビックバンを生み出す」

追い風を受けたボートのように、気分の高揚は加速していった。

「やるしかないよ、だってその先はきっと良いものになるから」

「未来を見るのが待ちきれないよ」

「もっとこの世界は良くなっていくんだ!」

謎の根拠に基づいた破天荒な歓喜が、心を満たしていく。

この状態は、いいパターンだ。

毎度、何かを行うときには、必ず不安が生じる。だが、それに負けてはいけないんだ。さらなる上級の価値を発見するためには勇気が必要で、その勇気は破茶滅茶なものでも良いからとにかく、自分が正しいと思ったことに、ためらわず挑戦することが大切なんだ。きっと目の前には、希望が溢れている。

限界費用が限りなく低いこの世のなかにあって、自分の不可能性を発見するというのはだんだんと難しくなってきている。成熟した民主主義的な社会では、これまでは難解と思われてきた分野に、誰もが気軽に参入できるのだ。このような社会では、もはや素人と玄人という区切りを付けるのは不毛ですらあるといえる。
だがそれでもきっと、先天的な才能というものはいくら時間をかけても手に入らないものなのだろうと思うのだ。個人という人間が、自己の身体の限界を超え、本来ならば獲得できなかったであろう、高級な価値を自分のものにするというのは、やはり不可能であるのだ。ここで私は、一種の絶望とでもいうべき暗澹たる気持ちを覚え、未来に影を見てしまう。
自己の不可能性。これを大人は、我慢するべきものだからとか、無理だから諦めろ、とか言うが、これは彼らにしてはあながち的を射ている。人間の能力差は、いくら技術が進歩しようとも、その反比例的に縮むとしても、決して0にはなるまい。かの落合陽一は、身体的不自由はいずれテクノロジーが解決する問題だ、とか彼の著書で語っていたが、それも常人と障碍者が完全に等しい身体的機能を共有することにはならないであろう。何故ならば、先天的な要素を後天的なもので埋めるということ、そのこと自体が、傷だからである。これについては大いに議論を呼ぶところであろうが、過去の事実というものは変わらない。本人が障碍は恥ずべきことではない、と割り切れる性格ならば良い。しかし、過去は人間にとってあまりにも重大であるし、また、偏見を無くせば良いとか、そもそも過去について知らせなければ良いとか、そういったことではなくて、自己の心の中に過去は永遠の傷を残すものなのだ。過去を振り返らず、後悔をしないのは、強さではなく、強さを取り保つための暫定的な処置に過ぎない。
達成することのできなかった夢を、決して見ることができなかった未来を、純粋に信じ、そして折れた過去を振り返るのは、きっと死ぬよりも辛いことだ。だから、願わずも発見してしまった自己の不可能性に蓋をして、みんな今日を生きているのだろう。
「才能が羨ましい」。これほど私が共鳴する言葉はない。

↑このページのトップへ