おはよう。
毎日のようにハッピーには遠い感じの連絡が来る時期でして
年度末、マジで嫌いっす(笑)
 
 
まぁ3月にもなって
今更、今年の抱負みたいなのを話すのもどうかと思うのですが、
ここのところ、色々と勉強になる話を聞く機会に恵まれたり、
話だけじゃなく、行動が目に見えて心動かされたりが多かったので
ちょっと考えさせられる日々を過ごしています。
 
自分の体が幾つかあったり、
同じ人格、同じ出会いの中で、複数の人生を送ることが出来るのなら
もっとテキトーに生きるのも楽しめるのかもしれないけれど
どうやら1回に限られた人生っぽいので(笑)、
果たして今の時間の過ごし方が、一番、俺の理想に近いのか?
そう考えれば考える程、何か歯車の回し方が狂っている気がしているんです。
 
 
 
さっき「仕事」という言葉の意味を辞書で調べてみたら
 
1)何かを作り出す、または、成し遂げるための行動。
2)生計を立てる手段として従事する事柄。
 
と出てきました。
 
一般的には2の意味の方が「仕事」のイメージとして馴染んでいるというか
例えば、俺が「仕事として作曲をする」とか言うと
「仕事としてやってるのかよ!」みたいな苦情が来ることが、稀にあるんですが
この辞書的な意味だと、全く問題ないですね、良かった良かった(笑)
 
 
でもまぁ、俺も都合よく使い分けているというか
他の言葉がパッと思い付かないから、
だいたいの作業のことを「仕事」って言葉で纏めてしまいがちなだけで
基本的には「2番」の意味のほうが「仕事」って響きと密接な気がするし、
そういう意味で使っていることの方が多いと思います。
 
で、「生計を立てる」って資本主義社会で生きる基本の1つだと思うんですが
やはり基本であり、とても大事なことなんだと思うんです。
当たり前すぎる話ですが(笑)
 
それって言葉にするとリアルで微妙なことかも知れないけれど
ようは、結局のところ「食っていく」って言葉が使われているように
「衣・食・住」みたいなものを維持する力、、、ようは金ですね、
それが必要だよ、「資本」主義なんだし!ってことです。
 
てことは、
「仕事」ってのは、生産的であるべきだし
「金」にならなきゃ「仕事」ではない、ってことに限りなく近いと思うんです。
これって、社会の仕組みとして凄く当たり前すぎる話ですが、
学生の方にはわかりにくい話かもしれないですね。
 
けど、社会人の大半の方は理解出来ると思います。
好きなこと、好きではないこと、嫌いなこと、色々とありますが
どれを「仕事」にするにしても「生計」を立てられないことを
ただ闇雲に続けている人とか、
赤字続きで、しかも上昇傾向にもない企業とかを見ると、
「おいおい、遊びじゃないんだし、趣味でやってるんじゃないんだから」
みたいな感覚になることって、いっぱい存在すると思うんです。
 
 
今の社会って『不景気』だ、なんてよく言いますが、
まぁ、実際そうだと思うけれど、
コレが普通なんだよ、とも思うんです。
少なくとも日本経済はコレが平均的なもので、以前がおかしかったんだと。
そう解釈したほうが釈然とくる部分が非常に多いし、
今が異常なんだとしたら、回復する理由や方法を誰か説明してくれとさえ思います。
 
そんな上でも、わかりやすい共通ワードとして『不景気だ』と俺も思いますが、
だからこそ「生計を立てる」ことって、簡単ではないことだと思うんです。
なので、2の意味を強く感じて「仕事」ってものを意識すると
非常に生産的に時間を使うべきだと思うし、
そうじゃないなら時間と労働が金銭に比例することをすべきになると思うのです。
 
日本って、特にそういうバランスの難しい国だと思うんです。
1の意味だけで何かを生むとして、
わかり易い例えで、それが芸術だとするなら
芸術家やクリエイターを国が援助するとか、そういう制度が
例えばフランスなどと比較すると圧倒的に陳腐なものだったりする国なので
(勿論、皆無なわけではなく、そういった運動をしている団体や企業はありますが)
なかなか1だけに従事出来ることって存在しないのかな、と。
 
実際、日本がオリジナルの文化の少なさが原因なのかもしれないし、
お国柄がオリジナルを生ませなかったのかもしれないし、
どっちが根源かなんて俺にはわからないけれども。
 
麻生太郎元総理が「日本のアニメは世界に誇れるものだ」なんて言ってた当時、
あまり世間はソレに注目せず、漢字の間違えなどにチャチャ入れてたのに
その文化が台頭してきた昨今、急にそこがフューチャーされ出したり、
その半面、石原都知事の例の条例の話が浮上したり、
文化ってものは常に他の力によっても浮き沈みさせられるものだけれど
表現の自由云々って話とは別次元の話として、
もっと芸術が支持される国であって欲しいな、という気持ちにはなります。
 
 
話は戻り、1も2も「仕事」かもしれませんが、
何かで2を成り立たせていない限り1だけを追求することは出来ない社会なので
2を行いつつ、時間やその他もろもろを勝ち取った者こそが
1を実行出来る、そういうシステムなんだと思います。
 
それが「生計を立てる」「生きる」「食っていく」という言葉の歯車なんだと思います。