《ライブについて》
 
いやはや、年間360日ぐらい暇してる僕ですが、
この2〜3日は忙しくしていました。
年内であと2〜3日忙しい可能性があるってことですね、やだやだ。
 
 
さて、11/11のライブの件です。
発表が遅くなってしまいましたが、
この日のバンドメンバーは、

▼声/ギター:俺
▼ギター:須賀勇介
▼ギター:乙魅
▼ベース:中村泰造
▼ドラムス:竹村忠臣

 
という布陣になります。
乙魅チャンが今回も参加してくれることと、須賀が新参加ということがトピックとして強めでしょうか。
竹ちゃんは相変わらず大飯食らいで、泰造は不良です。
 
来場者に配るCDの曲も作成中です。
一度、曲は完成させたんですが、何か気分が変わってきたので再度作ってまして、
ギリギリになりそうなので試聴的なのは用意できないかも、、、です。スンマセン。
まぁ、聴いてくれる人にとって好きな曲になるかどうかは俺にはわからないわけですが、
自分としては好きになれる曲を作るよう精一杯努めようと思います。
 

チケット絶賛発売中!!

【e+】 http://eplus.jp/sys/T1U14P0010163P0108P002015324P0050001P006001P0030047

【ローソン】 http://l-tike.com/order/?gLcode=74742


お楽しみに!!!!
 
 
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《楽曲提供情報》

少し過ぎてしまいましたが、
9/27に発売された、TVアニメ「活撃 刀剣乱舞」のBD&DVD第3巻、
完全生産限定版特典CD『活撃特典音楽集 参』に収録されている
「彩」
という曲を、作曲/編曲させていただきました。
http://katsugeki-touken.com/bd_dvd/vol-3.html
 

堀川国広(CV.榎木淳弥)&鶴丸国永(CV.斉藤壮馬)が歌うこの曲、
とても素敵な仕上がりになっていると思うので、是非聴いてもらいたい1曲です。
 
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1巻の「証」と同じく、今回もリズムRecから歌Recまで立ち合ったのですが、
とても刺激的な現場でして、ものすごく勉強になりました。
うまく言葉にできないぐらい、いろんなものを得られ、感謝感謝の連続でした。
 
 
……そういえば先日、「活撃 刀剣乱舞」のTVアニメ放送は最終回を迎えましたね。

自分も、大した知識ではないながらも歴史的背景と照らし合わせながら最後まで観ました。
刀剣男士たちのセリフや表情、立ち振る舞いなど、その男らしさや時には人間臭さ(?)に胸が熱くなる素晴らしい作品で、
龍馬との別れのシーンや、ラストシーンの兼さんが駆け出したときや堀川くんの涙を見たときなどは心打たれました。
 
アニメ本編とは直接絡みのないお仕事ではありましたが、
このような作品に関わらせていただけたことを、とても嬉しく思っています。
Kさん、Gさん、本当に有難うございました。
 
 
 
さて、、、
今日はまた、これとは別の件で作曲をしています。
自画自賛するのもアレですが、この半年で成長したな〜と思う部分がしっかりある楽曲になっています。
1人でも多くの人をギャフンと言わせられる曲を生めるよう、頑張ります。
 
 
では、本日最後に、兄がナゼか所有していた「和泉守兼定」と「陸奥守吉行」の模造刀の画像置いときます。
 
1巻の特典CDに入っている「証」(
和泉守兼定&陸奥守吉行)も、是非聴いてくださいね。
個人的には最終話まで見終えたあとで聴くと、最初に聴いたときと違うものになった気がしています。
 
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しかし毎度のことだが、うちの兄は本当に謎だな。。。
 

気がつけば……ってわけでもないが、あっという間に9月。
しかも、もう6日。

感じ方は人それぞれだろうけれど、俺にとっては、とても早い。
 
 
 
さて、今日はドラクエの話ではなく(笑)、
自分のアーティストとしての活動について特化したことを書こうと思う。
他の活動などに当てはめたときに同じことを考えているわけではないと注釈しつつ……
 
 
 
ちょうど2週間前に、事務所にて
マネジメントチームと、ライブ制作チーム、俺と揃っての打ち合わせをた。
事前のテーマは「11/11のライブについて」だったのだけど、
話してるうちに別のテーマというか何というかにスライドしていってしまい、
特にライブ制作チームには申し訳なかったな〜と思ったりもしているのだけど、
その日のことと、それから2週間を経た今の考えを、書ける範囲で書こうと思う。
ただし、自分の中で結論を見いだせていないので、とりとめのない内容になる可能性大。
 
 
自分は、人との出会いというか、尊敬できる人に巡り会う環境に恵まれているので、
生きていると心に突き刺さって抜けないような強い言葉に触れる機会が多い。
 
そんな中の、8〜9年ほど前に言われた 
「アーティスト活動の終わり(引き際)は、ファンが教えてくれる」
という言葉があり、これを聞いてからは意識して活動せざるを得なくなった。
 
2009年に「The END.」という公演を行い、そこでステージ活動を終えようと当時は考えていたのだけど、
不幸が複数同時に発生し、その人たちにもらった言葉や行動の数々を再考した際に、
上記の『ファンが教えてくれる終わり』まで活動をすべき、という結論に至り、
途中で体調不良による休止期間などもあったが、今でもしぶとく(笑)活動を続けている。
 
だが、この2009年のライブ以降は、常に終わりと隣り合わせというか、、、
うまく言えないが気持ちの浮き沈みが大きくなってしまった感があり、
・ライブまで、まだ日がある時期
・ライブ直前期
・ライブ当日
・ライブ直後
で考え方が全然違うようになり、その振り幅に自分でついていけないような感じになり、
自分でアーティスト杉本善徳を嫌悪する時期があるようになった。
正直、これが結構しんどい(笑)
 
で、先日の打ち合わせのときは、思いっきりその時期だったんだと思う。
というか今もその時期が継続している。
 
 
今回のライブ、先行チケットの売れ行きが悪い。
「いつものことやん」感あるかもだが、いつも以上に悪い。
チケット扱う人々が言うには、以前に比べて公演直前や当日券がよく出る時代になっているらしく、
(これは自分とこでも実感なくはない)
「地道に宣伝していきましょう〜」みたいな感じではあるのだけど、
今回は、そういうレベルじゃないのでは……と俺は思っているのと、
「宣伝って何だろう」という考えちゃダメ系の疑問が頭の中をグルグルしているので、どうにも身体が重い。
 
 
『何かいろんなことやってる人』という認知は、ある程度されているだろうという認識で書くと、
このしばらく、とある企業のPR事業に関して、少しだけ関わらせてもらっている。
そこではいろんなことを学べるのだけど、わかりやすいのは自分で宣伝するものと、他者が宣伝(?)するものとの差だ。
ようは、自分で「俺のライブ楽しいよ」って言うのと、
誰かライブに行った人が「善徳のライブ楽しいよ」って言うのとでは説得力が違うって話。
自分で自分の作品やら何やらを「いいよ」って言うのは、当たり前のことだものね。
これは本当に何でもそうなのかもな〜と思う。
 
先日、某アーティストのライブに招待されて見てきたのだけど、
動員はそんなに多くないのに、オーディエンスがビックリするぐらい元気で
これはブレイクするかも?と思わせる勢いみたいなものがあった。
他人のことなので、その後は特に調べていないけれど、
おそらくそのファンたちは「今日も良かった!」と口々に言っているだろう。
こういう台風の目のようなものが、周りの風を強くしていくんだろうな、と
そう感じさせられる、とにかく凄い元気と勢いだった(笑)
 
  
話は戻り、
そんなこんなで自分は宣伝に対して思考がループしてしまう。
自分が動くことは鉄則、必須事項だと理解はしているのだけど
ブログやツイッターのような、自分発信で自分のことを宣伝する状況に
「本当にこのやり方でいいのかな? これが台風の目を生むのかな?」
みたいになって、「いける!」と確信が持てない。
根拠のない確信でもいいのに。
これが、先に述べた浮き沈みの「沈」の部分の1つ。
 
 
 
なんかすでに長くなってるのに、意味のない内容な気がしてきたので、
閑話休題として、まったく意味のない画像を置いておこう。。。。
 

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さて、
 
昨日だか今日だかにネットで、
『みんないろんなバンドが解散活休して悲しがってるけどバンギャがライブにあまりいかないお金を使わないようになったのが原因の1つになっているということを自覚してほしい』
って発言をしたバンドマン(?)が話題になってるっぽく、
知人の音楽やってる奴らがギャアギャア言ってるのを見かけたのだけど、

まぁ一番最初に思ったのは
「みんな、こんなヤツ構って…ヒマかよ!
なのだが、それは置いといて、
「この子は、きっと言いたいことを上手く言えなかっただけで、本当はもうちょっと重いのあることを言いたかったに違いない。誤解される言い方をしちゃって後悔しているはず」
と思ったのよね。
で、その次の投稿でブログが貼ってあったので読んでみたら(俺が一番ヒマかよ)、
アカンやつでした(笑)」
となったのだけど、、、
  
 
俺が思うに、活動休止とか解散とか何やかんやってのは、
確かに金のせいとかメンバーの関係性のせいとか、事務所での処遇のせいとか、
場合によってはファンのせいとか、そういうのであることもゼロではないと思うけど、
その多くは目的を見失うせいなんじゃないのかな、と考えていて。
 
 
例えば、わかりやすい遠い目的(これも人によるけど)として、
「CD100万枚売って、オリコン1位とって、東京ドーム2days満員にするぞ!」
とかを設定して、ほとんどの場合がすぐには叶わないと思うのよ。
いや、すぐにどころか、悲しいことにほ殆どの場合は叶わない。
  
なので、もう少し経過点としての目的を人は設定し出す。
 
気持ちリアリティーのある程度のものにするとして、、、
「CDの枚数はどうでもいいけど、オリコン週間で10位以内に入って、武道館やるぞ!」
みたいな感じに。
これさえ、世の音楽やってる人間の数からすると、ホントーーーーーーに極一部しか叶わないのだけど、
これを叶えたら、次の目的って先述のものにできるの?っていうと、そうでもないと思う。
  
もっと低い目標で、
「なんか有名な事務所とかレコード会社と契約してCD出して、ツアーして、東京では1000人呼びたい」
なんかスゲェ楽に叶いそうな書き方してるけど、
これだって音楽やってる人口の何万分の1でしょ、おそらく。
でもこの先が上の2つに直結するワケではない。場合によるだろうけど。
 
さらにもっと低い目標だって、無数に設定できると思う。
けれどそれは「できる」という理屈だけが存在するんであって、
本当に『目的として生きていけるもの』とは限らない。
 
 
そこで俺が思うに、
これは本当にあくまでも持論でしかないのだけど、


(自分にとって)遠い目的を目指して走り、
届かないことで目的地を近づけるしかなくなり、
「それにさえ届かないと悟ったとき」
もしくは、
「それを越しても心が満たされず、けれど次の目的は遠すぎて心が折れたとき」
人は、それまでの自分の形を維持できなくなっていくんじゃないだろうか。
 

この『目的』の部分が人それぞれで、
上記の各例のように、
会場規模や集客の場合もあれば、
誰かとの関係性だったり、
金だったりすることもあるのかもしれない。
(だとしても、客が金を使わないからだ〜は、ちょっと言い方が違ってる気がするけどね。使わせられない自分の実力不足という当然の部分を棚に上げちゃいけないし、何より愛とユーモア、もしくは責任なく客いじりをするヤツは発信者として未熟)
 
 
 
ソロ活動を始めた頃は、
「ソロには解散がないから、ずっと続けられる」
と思っていたけれど、
経済事情や人間関係など、いろいろな経緯を経てしか
音やライブは伝播していかないので、
結局は継続していく上で、己を突き動かす『確固たる目的』がないと、
どうしても心が揺れてしまい、逃げ出したくなるもんだ、と今は痛感している。
だからこそ頻繁に浮き沈みするんだな、と。
 
「もう、これで辞めよう」
と思うことも何度もあり、とくにそれを告げるでもなくサラッと去っていこうと思いつつも、
いざライブをすると
「やっぱりサイコーやな! もっかいやるべ!」
みたいに思い(笑)、
次のライブまでの期間でまた沈み「辞めるべきでは…」と思い〜〜〜のループをしている感じがあるのだが、
これを先日、先輩に相談したら
「辞めるなら辞めの日を設定して、きっぱりそこで辞めないと」
と言われ、まぁそりゃそうだな〜、それの出来ない人も少なからず見てきたもんな〜と思ったり(笑)
 

2週間前の打ち合わせ時にこの話をしたときは、舞台監督に
「客が教えてくれるって言うんなら具体的に数字決めておいて、この集客を割ったら続行不能〜とかを決めれば?」
と言われ、それもアリだな〜と思ったり。
 
 
 
俺は、自分から自分を第三者目線で見て
『アーティスト杉本善徳サンは、こうであって欲しい』
と思っているイメージがあるので、
そこからいろいろとズレている現状に沈むというか、
イメージと大きく違ってしまっている杉本サンを見ているのが辛くなってしまうというか、
本人にしかわかりにくい感情として、そんな感じのものがあるのだけど、
そこで沈みきってしまうか、それを浮かせていくことを目的とできるかで人生は大きく分かれていく。
 
 
 
しかしまぁ予想どおり、とりとめのない話になった。
別の作業しながらチョコチョコ書いたので文章にもまとまりないかもだし、
何より思っていることの大半を文字にできなかった感がある。
でも、少しスッキリしたような気もするし、良い(笑)
 
 
余りに救いのない内容ばかりってのもイマイチなので、
悪い意味で取らず、ポジティブに聞いて欲しい言葉で〆るとすると、
 
世の中のほとんどのバンドやアーティストの活動は、いつか終わると思う。

俺も然りで、きっと今までやってきた長さより、未来のほうが短いだろうな〜。。。
でも、それが11/11になろうと、もっと先の、ヘタすりゃ10年とか15年後、もっと先だとしても(笑)、
最後の瞬間まで俺はそこにいるわけなので、できればその瞬間を一緒に迎えて一緒に何かを得られるといいね。
どの日が最後か俺にも今はわからんけど、ヤマはって会いに来てくれると嬉しいです(笑)


 

先日、
『ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて(以下:ドラクエ11)』
をクリアーしました。
(とは言え、トロフィー回収が80%台なので、やり込み要素はまだ少しありますが)
  
 
ハッキリ言って、
この5年……なんなら10年で一番好きな好きなゲームになりました。
他にもいろいろ、こっそりと(?)プレイしているのですが、
コレは、まぎれもない名作だと思います。
ドラクエ11を製作したすべてのスタッフの方々に感謝したいぐらい、本当に素晴らしい作品でした。
こういう作品が300万本とか売れている事実が、とても嬉しいです。
 
お話は、どストレートでありながらも少し複雑だったりしているので、
解釈が多分化していたり、自分の中でも消化できていない疑問などがまだある状態なんですが、
あくまで自分の中でドラゴンクエストという作品は『おとぎ話』なので、
仮に矛盾が生じていようが何だろうが、設定の細かさや粗を探すことよりも
童心でプレイして、素直に感じたことがすべてな為、
今作は心の底から感動できる傑作なんだと思っています。
 
 
無数に素晴らしい点がありますし、
ネタバレになっちゃうのもアレなんで触れられないことなども多々ありますが、
それでも大雑把に感心した部分を挙げますと、、、

1986年の初代ドラゴンクエストの発売当初からプレイしてきた世代にとって、
大多数が「3が最高傑作」と考えていて(自分も然り)、
そんな中での11作目が、まさか過去の作品を凌駕したシリーズ最高傑作になるなんて
本音を言うと1ミリも思ってもみなかったので、
30年以上の継続で、思い出補正されている俗にいう「懐古厨」の感覚を新作でガッツリと持っていかれたという事実は、
クリエイターの端くれである自分にとって、凄まじい衝撃と勇気をくれました。

作り手は、
『最新作が最高傑作』と思っているのが当然のようだったりもしますが、
これは、あくまで発信側のエゴで受け手にとってはそうでなかったり、
なんなら発信者も本音では初期衝動を越えられずもがくことが多いんだと思うので、
受け手としてこういう作品に巡り合えたことは、本当に幸せなことだと感じています。
 
 
ストーリーが良いとか、キャラクターが良い、音楽が良い、ゲームバランスが良い、云々かんぬん〜
みたいなのは、もう当然の域というか、言わずもがなで素晴らしかったのですが、
自分は『演出』の良さがピカイチだったと思っています。
同じ音楽でも、「このタイミングできたか!!」とか、
「このセリフをここでかー!」みたいな部分が秀逸でした。
少し恥ずかしいぐらいストレート演出が多いけれど、それがハマって揺るがないド真ん中作品として、
プレイ中に何度も『おぉーー!!!!』とか声を出してしまったほどです(笑)
 
 
 
この「ドラクエ11」は、単作としてプレイしても確実に良作ですが、
できればナンバリングタイトルをシリーズ通して、プレイしてからのほうが
より一層楽しめる作品だと思います。
それについては、やはりリアルタイムでプレイした人間のほうが
各シリーズのその時代の感動と発見があった分、更に楽しめたろうなとは思いますが。
でもまぁ、未体験の方は、これを機にシリーズに触れてみて、11をプレイしてみてはいかがでしょうか。
ドラゴンクエストが、いかにして最高峰なのかが明快になるかと思います。
 
 
_DSC5213.JPG
 


冒頭にも書きましたが、
再度1からプレイしなおしてでも、トロフィー100%を目指そうと思っています。
ここからは、ゆっくりプレイにするので、いつになることやら……って感じですが、
ちょっと気持ち悪い書き方をすると、
連中とまた冒険の旅に出られると思うと、すごく嬉しい気持ちになる自分がいます(笑)
それぐらい今作のキャラたちに今の俺は心奪われてしまってますね、はい。
アイツもソイツも、彼も彼女も、本当に素晴らしかったです。
(画像には、ちょっとしたネタバレっぽいものがあったのでモザイクかけときました)
※追記:自分はPS4でプレイしました。ゲーム要素はDSのほうが良いとか聞きますが、何の後悔もないほどPS4版、良かったです。個人的には、PS4の表現力あってこその感動が多々あったので、そっちをオススメしたいほどです。
   
書ききれないことだらけですが、このへんにしときます。
 
誰が見るわけでもないのに改めて、、、
素晴らしい作品を有難うございました。
心、洗われました。











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