愛知の展示会について
僕も表現者でありアーティストだから
個人的な意見を書いてみた。

その前に以前から思っていたこと。
例えば、僕は原発には反対なんだけど

僕がよく行く駅前で、原発反対運動してる人たちには
どういうわけか、全く共感できないし
そしてその人たちが歌う「平和とか愛」の歌には
何故だか0.1ミリも感動しない・・・。

同じく原発には反対なのに、不思議なものだ。

「ジョンレノンの  曲には感動するのにね・・・」

その理由
自分なりの答えだけど

ジョンの歌はクリエイティブに音楽として完成している。
だから時代を超え、国を超え、届くのだろう。
でも反対運動の人の歌は・・・
「音楽を別の目的に使用している」が見えちゃうから
僕には響かないのだろうと思った。

さて愛知の展示会。
どのような展示会だったかは
報道やSNSの騒ぎで、みなさんご存知かと思うので割愛する。
また僕自身その展示会に実際に足を運んだわけではないので
あくまでも報道やSNSで巻き起こっている
「論争」への個人的な 感想だ。


表現の自由は守られるべき。
それはそう思う。
「何が良いか、何が悪かを決められないのが芸術」
それもわかる。

でも、「表現」や「芸術」に見せかけて別のことをやろうとしてる。
あるいは、それらを何か別の目的に使おうとしてるというふうに
僕には感じられたかな。

あれ案外当事者も違う腹なんじゃないかな。

知事の方は案外、ど正直に「表現の自由」を守ろうとしてる
ように思った。(予算もらわないといけないし。)

逆に芸術監督の方は
政治的プロパンダ?いや、もっとライトな
インターネットで沸くような
そういう世界で語られるような「何か」がしたかったんじゃないかな。
なんて思った。
あくまで想像、憶測の世界、僕の感想でしかない。

何にせよ、論争は起こった。
でも芸術的な素晴らしさは、さほど語られていないし
あまり伝わってこないよね。

遊園地のお化けやしきに「本当に幽霊が出た」という人と
「痴漢が出るからダメ」というひとと「そもそもお化け屋敷が教育に良くない」
けしからんという人たちが論争していて
ある日月夜の晩に遠目からその様子を覗いたら、全員たぬきだったとさ。
そんな感じだね。
これはただのメタファー。

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