高校を卒業して故郷から出る前日の深夜、部屋の壁掛け時計が完全に停止したのを思い出した。電池切れなのか故障なのかは定かではないが、それまで18年間生きてきて一度も起こらなかったイベントが、まさかそんなタイミングでくるものなのか、ちょっと出来過ぎではないかと笑ったのを憶えている。1時25分。あそこで自分の何らかの人生が終わったのだと考えるのは、少し安易すぎる気もするがどうか。

太古の昔のロックンロールには自らの寿命を27歳に設定せねばならないというドグマがあって、社会性のない若者を拐かしていたのだけど、自分がその年齢になっても毎日はなんとなく続いていくので、そういうしわしわの時代は終わったらしい。吉田聡の描くヤンキー漫画のように、青春に区切りをつけてきっちり終わらせるような物語は信頼できるが、風呂敷を畳むのを放棄すれば読者は路頭に迷ってしまう。幻想の中に人を閉じ込めてはいけない。ぼんやり疲れる社会の中で、どうやって物語を終わらせて、どうやって後ろに引き継いでいくか。そういうのは大事にしたい。

今年に入ってから、幸運にもずっと会いたかった人と立て続けに会える機会があって、人生における伏線を怒涛の勢いで回収しているような気分になっている。別にスタンプラリーをやってるわけではないけれど、今までの人生の要約として目の前に現れてくれることが嬉しい。FF10のティーダはザナルカンドにて自分の出自を確認したところで回想を終えて、そのあとようやくこれからの話を始めるのだけど、いろいろと伏線を回収した今、僕もこれからの話をしていかなきゃいけないんだなーと思いました。

突発的に開かれた飲み会を終え、帰りの扉を開けると、朝の日差しと一緒に煙たいくらいに冷えた空気が鼻の奥を刺す。店に着いた真夜中の頃とは明らかにルールが変わってしまった街をフラフラ歩きながら、猥雑に流れるBGMから逃げるようにして帰る。なんとなく夏のジリジリした湿っぽい感じが恋しくなって、夏っぽい曲を聴きながら何か半年後の予定でも立てようかとあれこれ思案していく。そのうちに、いつか誰かに言われた「お前は病的に計画を立てるのが下手だ」という言葉にぶち当たり、今度はそこを直さなきゃなと、自分のことの癖に人事のような、プロトタイプのモビルスーツを扱う整備士みたいなことを思う。楽しいことがしたいね。

リビングの明かりを点けたら、バチっと大きな音を立てて、最後に一瞬の閃光を残したまま二度と灯らなくなった。何かが死ぬ瞬間っていうのは得てしてこういうもんなのだろうと勝手に納得する。去年の暮れから人の死をずっと見つめ直していたから尚更だ(Lemonはいい曲になった)。人生が続いていくにあたり、そりゃあみんな当たり前に歳をとって劣化していくもので、そのうちの一つ、また一つと目の前を通り過ぎていくたびに、身の回りには様々な死が潜んでいることに気がつく。おいそれと「新キャラが登場しました」というわけにはいかないからこそ生きるのは面白いのに、人間は可愛いのでそんな当たり前のことさえも忘れようとする。彼らはまたどこか知らないところで元気にしているだろうか。形をなくしてしまったもの、目には見えなくなってしまったものの輪郭を何もない空中でなぞることによって、それを浮かび上がらせて取り戻そうとする。畢竟、自分が音楽を作る理由はそういうところにある気がする。

この間いい感じの腕時計を見つけたので、衝動的に買ってみて、なかなか気に入ってたんだけど、たぶん失くした。そんなことも一年後には綺麗さっぱり忘れてしまっていると思うので、ここに書き記しておく。

1年が始まり全国ツアーが終わった。今年はどういう年にしたいだとか言葉にして意気込むほどの目標も特にないけど、とりあえず「ソファで寝ない」くらいから始めたい。自分の中には心身の疲れを癒すための睡眠と、何かを無視するための睡眠がある。通り過ぎていく時間や、側に転がっている課題をとりあえず無視して目を閉じる。夢の中にいるのかどうか定かではない状態を維持しながら翌日へとワープする。ダリは指に挟んだスプーンを気付けに夢の中を捉えようとしたらしいが、別に絵に描かなくていいので永遠に夢を見続けていたい。そういう気分でワープした次の朝は、SF映画におけるコールドスリープから目覚めた人間のリアクションが大抵最悪なのと同じで、心身ともに疲れきった朝から1日が始まってしまう。

自分が小学生だったころ、ある日を境に地球が滅亡するのではないかなんてことがまことしやかに囁かれていて、あのころの人間はマジで馬鹿だったんじゃないかと思う。小学生なんてさらに馬鹿なもんだから、クラスメイトが自暴自棄になりお小遣いを使い果たしたりしているのを横目に、ふーん終わるんだくらいの気持ちでいたのをなんとなく憶えている。誰も見たことがないものに恐怖を感じるのは生理的な現象で、世紀末のあの頃は純粋に明日そのものが恐ろしくって、おろおろする人たちの懐にすすすっと悪徳商人が割り込んでくるのを止める人がそんなにいなかった。

自分のためだけに生きられるほど人間は強くなくて、どうしても死の恐ろしさを忘れてしまう自分のもとに何か明確な意義があって欲しいと思う。自分がくしゃくしゃになってしまうような、ひどく美しい1日に出会いたい。お小遣いを全部使い果たして、それでも生きてることに心底残念そうな顔をしていたクラスメイトを思い出す。

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