何年も音楽を作り続けてきたけど、頻繁にその作り方がわからなくなる。なんか違うんだよなあと首を傾げながら以前と同じ手順で作ってみても、いよいよどこにもしっくりいくポイントが見つからずに、結局作りかけの曲をぐちゃぐちゃに丸めて破棄する。何かを変えなければいけないのはわかっているんだけど、その原因を見定めるための教養と体力が足りてない。こういうのを俗にスランプと呼ぶんでしょう、まあそんなんにハマってる自分にムカついてくることもあるんだけど、より良い瞬間へ向かうための必要な手順だと思って溜飲を下げている。そんで粛々と日々を生きる。

音楽に大事なのは編集だと、ここ最近強く思う。プリミティブであれ、衝動的であれ、という「ありのまま主義」というか、そういうのに僕はずっと懐疑的な立場でいて、あまり面白いものでもない気がずっとしていて、自分自身なぜそう思うのだろう?とよく考える。音楽は非常識でグロテスクなエゴや矛盾を、音楽という手段を経由して表現することが許されていて、そういう未分化の下層から、常識的な表層へと飛び出していく、その距離こそがエモーショナルへと変わるわけで、そういう意味では「プリミティブであれ」は部分的に正しいと言える。ただ、そういうありのままを推奨する空気の中に、技術への不信感というか、体裁を整える能力を軽視してるんじゃないか、と思えるようなものが見え隠れするときがあって、これがどうも居心地が悪い。果たしてまっことありのままで、何も身に纏わずにすっぽんぽんで舞台に上がって面白いだろうか?暴力的なことを言えばすなわち毒舌だと勘違いしてる人みたいに、原始的で生理的なものをそのまま皿に乗せたところで料理にはならない。素材に対して様々な形で編集する自由があり、食えなかったものが食えるようになる、その編集の技術を通して感動を覚えるのであって、ありのままのドロドロの状態「そのもの」が本当に美しいのだろうか。ありのままであることをそのまま許してしまうと喧嘩が起きてみんな泣いちゃうから、みっともない自分と向き合い、それがどういうことなのか考える必要があるんじゃないか。

そういうことを考えているうちに、色々と滞ってる。スランプ。粛々と音楽を作ります。すいません。

高校を卒業して故郷から出る前日の深夜、部屋の壁掛け時計が完全に停止したのを思い出した。電池切れなのか故障なのかは定かではないが、それまで18年間生きてきて一度も起こらなかったイベントが、まさかそんなタイミングで起こるものなのか、ちょっと出来過ぎではないかと笑ったのを憶えている。1時25分。あそこで自分の何らかの人生が終わったのだと考えるのは、少し安易すぎる気もするがどうか。

太古の昔のロックンロールには自らの寿命を27歳に設定せねばならないというドグマがあって、社会性のない若者を拐かしていたのだけど、自分がその年齢になっても毎日はなんとなく続いていくので、そういうしわしわの時代は終わったらしい。吉田聡の描くヤンキー漫画のように、青春に区切りをつけてきっちり終わらせるような物語は信頼できるが、風呂敷を畳むのを放棄すれば読者は路頭に迷ってしまう。幻想の中に人を閉じ込めてはいけない。ぼんやり疲れる社会の中で、どうやって物語を終わらせて、どうやって後ろに引き継いでいくか。そういうのは大事にしたい。

今年に入ってから、幸運にもずっと会いたかった人と立て続けに会える機会があって、人生における伏線を怒涛の勢いで回収しているような気分になっている。別にスタンプラリーをやってるわけではないけれど、今までの人生の要約として目の前に現れてくれることが嬉しい。FF10のティーダはザナルカンドにて自分の出自を確認したところで回想を終えて、そのあとようやくこれからの話を始めるのだけど、いろいろと伏線を回収した今、僕もこれからの話をしていかなきゃいけないんだなーと思いました。

突発的に開かれた飲み会を終え、帰りの扉を開けると、朝の日差しと一緒に煙たいくらいに冷えた空気が鼻の奥を刺す。店に着いた真夜中の頃とは明らかにルールが変わってしまった街をフラフラ歩きながら、猥雑に流れるBGMから逃げるようにして帰る。なんとなく夏のジリジリした湿っぽい感じが恋しくなって、夏っぽい曲を聴きながら何か半年後の予定でも立てようかとあれこれ思案していく。そのうちに、いつか誰かに言われた「お前は病的に計画を立てるのが下手だ」という言葉にぶち当たり、今度はそこを直さなきゃなと、自分のことの癖に人事のような、プロトタイプのモビルスーツを扱う整備士みたいなことを思う。楽しいことがしたいね。

リビングの明かりを点けたら、バチっと大きな音を立てて、最後に一瞬の閃光を残したまま二度と灯らなくなった。何かが死ぬ瞬間っていうのは得てしてこういうもんなのだろうと勝手に納得する。去年の暮れから人の死をずっと見つめ直していたから尚更だ(Lemonはいい曲になった)。人生が続いていくにあたり、そりゃあみんな当たり前に歳をとって劣化していくもので、そのうちの一つ、また一つと目の前を通り過ぎていくたびに、身の回りには様々な死が潜んでいることに気がつく。おいそれと「新キャラが登場しました」というわけにはいかないからこそ生きるのは面白いのに、人間は可愛いのでそんな当たり前のことさえも忘れようとする。彼らはまたどこか知らないところで元気にしているだろうか。形をなくしてしまったもの、目には見えなくなってしまったものの輪郭を何もない空中でなぞることによって、それを浮かび上がらせて取り戻そうとする。畢竟、自分が音楽を作る理由はそういうところにある気がする。

この間いい感じの腕時計を見つけたので、衝動的に買ってみて、なかなか気に入ってたんだけど、たぶん失くした。そんなことも一年後には綺麗さっぱり忘れてしまっていると思うので、ここに書き記しておく。

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