さて、太陽を何に例えよう。



 前回、前々回の記事を読んで頂いた皆様、ありがとうございます。今回の記事から興味を持って来て頂いた皆様、初めまして。
 こちらは「次は軽い感じで書きたいなぁ」と思って筆を執った記事です。なので、※この記事には一切の出典・根拠・ソースの引用がございません※

 ひょんなことから頂くことになった"内田彩と、太陽。"というテーマですが、当てはまりそうな曲を集めて机上に広げているうちに、伝えてみたいことが溢れてきたのです。
 それでは、序文も前置きも軽めにして、ぜひぜひ、肩肘張らずにお付き合い頂ければ幸いです。


対象曲について


 ずばり"太陽"を歌詞に含む曲は4曲(蓬柊調べ)、そして英語のサンシャイン/Sunshineを含むのが3曲。加えて、朝日、夕日もまた太陽の別の姿と言えそうなので、同様に触れていきます。
 余談ですが、全曲通して調べてみて、彩さんはやはり雨をテーマにした曲の存在感を放っていますね。そして、夜明けや虹という単語も印象的なシーンで使われていて魅力的です。今回は触れられませんが、また機会を設けて、違ったキーワードで切り取ってみたいと思っています。
 

 早速ではありますが、取り上げた9曲において、太陽というキーワードがどういうシンボルとして使われているのか、大なり小なり感じたことを呟いていきたいと思います。


①朝が来れば、昇るもの
 

 太陽。それは、朝東から昇り、夕方西へ沈み、私たちに昼と夜を与えてくれる存在。そのことを踏まえてまずは、妄想ストーリーテラーと、Daydreamの2曲を取り上げていきます。

 妄想ストーリーテラー。冒頭で数回繰り返される  "夜が終われば 朝が訪れ 太陽昇り 私は目覚め"  のフレーズ。実に普遍的で、取り立てて歌う必要すらない冒頭部分ではないですか?しかし、  "これから始まります 私の物語"  を皮切りに、曲はいつしか3拍子を刻み、主人公の設定はずぶ濡れの子猫へと変化、妄想の物語が展開されていきます。
 続いてのDaydreamでも、冒頭  "朝日差す 私の小さな部屋の隅"  で登場するのも、太陽と主人公の姿です。そしてこの曲もまた、部屋に居ながらにして、物語は波打ち際の風景、白昼夢の世界へと引きずり込まれていくのです。

 どちらも表現力と演技力にステータスを振り切った曲ですが、最初の一節はありふれた日常風景。強いて言葉にするのなら、この2つの太陽は、『普遍』の象徴かもしれません。
 いつもと同じように訪れた朝なのに、ふとしたきっかけで、幻想的で現実離れした物語に没頭したくなってしまう。アラームもないのに目覚めた朝の日の光というものには、そんな不思議な力があるように感じます。


②決して待ってくれないもの


 前述の普遍的な描写と似てはいますが、どちらかというと『止まらぬ時間』に重きをおいた使い方になっているのが、泣きべそパンダどこ行ったオレンジの2曲です。

 泣きべそパンダどこ行った。本当に、ライブでのパフォーマンスが可愛らしくて騙されがちなのですが、この曲の本性は胸に刺さるテーマなんです。  "グルグルごちゃ混ぜでハートがパンク さっきの太陽どこへ?"  で現れるのは、忙殺されて時間に追われている主人公。本音も本性も見せられす、自分をごまかし、割り切っては悩んで足掻いているのです。
 彼女が望む  "優しい世界"  とは、ほんの少しでもいいから自分の思い通りに昇って沈んでくれる太陽がいる夢のような世界。一度悩み始めると、時間ってどれだけあっても足りないですもんね。
 例えそうならなくても、彼女自身の葛藤がいつかあの曲とかあの曲とかあの曲とかで歌われる"前向きになれる言葉"で、救われてくれていればなぁと、曲と曲の繋がりを妄想してしまいます。

 そして、メインの舞台装置としての側面を強く見せているのが、オレンジです。
 切ない片想い曲枠でありながら、(行動として)一歩先へ踏み出すことができた主人公の話。一曲のなかで精神的に大きく成長する曲はあれど、その想いが実際に届くまで頑張れた子は少ないので、オレンジの主人公はもっと褒められてもいいのでは。じゃ、見ていきましょう。
  • 1番サビで、オレンジ色の夕日の中自転車を漕ぐ主人公。  "時間が足りない あとどれくらい?"  彼女にとってのタイムリミットは、夕日が沈む、君が帰ってしまう頃までなのでしょう。
  • 2番サビでは、足りないものは勇気に変わります。  "振り絞るその声が 君の手をつかみそこねても"  、そのことを声に出せたという事実は、振り返ったときに思い出としてキラキラ輝いてるということ。
  • そしてラスサビ。間に合った夕日の中、勇気を振り絞った"「ねぇ 忘れない」" の一言は見事、オレンジ色の中の君に届くことになります。
 この物語、例えば卒業式の日のようなたった一日の夕方の出来事でも、数日かけて失敗を繰り返した夕方の出来事と捉えても、どちらでも筋は通ると思います。ただひとつ言えることは、目を離せば過ぎ去ってしまう夕日というシチュエーションが、主人公の背中を押す勇気になったことは間違いありません。あぁ…ほんとに良い曲です。

 決して止まってはくれない時間≒太陽、だからこそ主人公は考え、もがき、失敗と成功を繰り返していくとも言えますね。ふとした時に、頑張ろうと思える勇気をくれる曲達です。


③暖かくて尊い光<陽>
 
 もしかしたら、ここからが本編と言ってもいいかもしれません。太陽の熱や光、距離や質量といった特徴を愛と差し替えて歌う曲たちを、拾い上げていきます。

 2ndアルバムBlooming!から、with youこの曲、雨、虹、星空、夕焼け、風、月明かり、と目まぐるしく情景とモチーフが現れては消える贅沢な曲であり、どんな天気どんな時間の中でも君を感じたい、という心情を表現し尽くしてるように思えます。
  "You're my sunshine 照らして Little love 教えて How do you feel ?"  で始まる同曲ですが、光で照らすということは、小さな愛のきっかけに気付かせてくれた、もしくは陽の当たる場所へ連れ出してくれた、君の存在などを例えているのでしょう。さらに言えば、照らしてくれているのはいいものの、遠すぎて/大きすぎて何を考えてるかつかめない存在だから  "教えて How do you feel ?"  と続くのかもしれまん。太陽は『暖かな光』であり、『つかめない』ものの象徴として、君の持つ魅力を深めています。

 続く、with youから色濃く情景を受け継いでいるアルバムSweet Tearsでも、Floating Heartにて  "My Sunshine"  という表現が登場します。コンセプトアルバムの産まれた経緯を考えると、この単語の採用は、恐らくSUIMI,hisakuni両名による意図的なものだと思えます。
 いつまでも続くパレイドに乗せて恋に浮かれた心持ちを歌う曲。時間としては、テイルランプの流星を眺める夜更けが舞台であるにも関わらず、2番Aメロで突如現れるMy Sunshine。コーヒーすらも甘くしてしまう君との時間を例える一節でもあるし、対になる1番Aメロのパート  "こんな関係が 壊れないで 欲しいだけよ Forever…"  を参照させてもらえば永遠に続いていく太陽の光とも重ね合わせているように取れたりします。太陽=君は『甘い光』であり『永遠』の象徴なのです。


 ……これだけで終わらないのが、声優アーティストAYA UCHIDAであり、コンセプトアルバム2枚同時発売の仕掛けなんですけれども。フフフ。


 ④暖かくて尊い光<陰>

 こちらは正直、偶然なのか必然なのか図りかねる部分があります。そう、Bitter Kissにも太陽の光が同じ意味を持って登場しているからです。
 リードナンバーafraid…より、これまた冒頭   "小さなナイフで 自分を殺した こぼれ落ちたのは 真っ赤なサンシャイン"  の表現。ナイフで体を切れば当然血が流れます。であるならば、ナイフで自分自身を/主張する心を/自我を刺した時、傷口からは何が流れるのか。その陽の光とは、実は前述の2曲と同じもの、つまり、『暖かく甘い、恋する気持ち』なんです。
  "ほどけないあなたの鎖…"  に捕らわれて、自分の感情を押し殺したくなる状況であれば、叶わぬ恋でも、こじれた2人の関係でも、浮気現場遭遇でも、場面の解釈は自由だと思います。ですが。自分を殺すためにちょっと血/感情を流したくらいでは、せいぜい視界が霞む程度で、そのドロッとした血/感情は、依然として体を巡り続けているのでは…?だって、矛盾してるじゃないですか。あどけないドールのはずなのに、鼓動は加速しているんですよ…?
 afraid…、自暴自棄になりたくてもなれやしない、底知れぬ歪んだ恐怖の曲。

 そして、時を同じくしてBitter Kiss内、MELODYでは、もっともっと分かりやすく2人の関係が崩れていきます。
  "ここまま ねえ 私 あなたのこと 好きでいつづけてもいいのかな"  答えはわかっているはずなのに、わずかな希望を振りほどけない。2人の好きな曲も、思い出も、自分の中では何もかも意味が変わってしまう。
  "永遠に 永遠に 続く太陽の光みたいに どうか どうか 愛がずっと 終わらぬよう願うよ"  『永遠』を感じていた暖かな太陽のような愛も、もはやその愛の存在を願わなければいけない対象にまで変化してしまっています。逆説的に、愛は永遠に続かないことに気付き始めてる、とも言えます。
 MELODY、感情が警報を鳴らせど体が動かない、削られる愛と惰性の曲。

 
 アルバム同士が魅力を引き出しあうのと同様に、ひとつのアルバム内でも片方がもう片方を引き立てているのも面白い。太陽の光ひとつを取り上げて、合わせて透かしてみて初めて、切り取った場面の感じ方の違いに気付けることもあります
 いやはや、どこまでが狙い通りで、どこからがたまたま偶然なのか。コンセプトアルバムという目論見は、歌詞を考えさせるという意味でも、間違いなく大成功でしたね。まだまだ語りたいこと、いっぱい出てきそうなんです。


⑤その全てを、貴方に例えて

 Ruby eclipseの話。
 この記事をお読みの方の中で、Ruby eclipseを一度も聞いたことのない人はほぼいないかと思いますが、もし「ルビーエクリプスという向日葵の品種のひとつである」ということを知らなかった方がいましたら、是非そのことを踏まえて一度同曲を聴いてきて欲しい。あなたは向日葵です。向日葵だと思って聴くのです。さぁ。…さぁ!

 ……


 如何でしたでしょうか?"太陽"である君と、"向日葵"である私を、ありとあらゆる比喩/隠喩を使って表現し尽くしているのがわかるかと思います。それと裏腹に、  "太陽は燃えている 触れられない この胸の叫びよ 届いて"  の最初の二文字以降、太陽という単語が一切出てこないのがまたすごくいい。
 君のシンボルとしての太陽。膨大な熱と光を地球へと届けてくれる様子は、『燃えている』『誰からも愛される』『孤独』『照らし続ける』『遥か遠く』と、あらゆるアプローチで現れます。 
 触れれば焦げ、見つめれば目は眩み、例え乾きを覚えても天候が変わるのを待つしかできない。誰からも好かれる筈の君もまた、空でたった独りなのに。1本の向日葵にできることは、せいぜい"叫ぶ"ことと、"待つ"こと、そして"孤独な君の気持ちをわかった気になる"こと、くらいでしょうか。果ては、朽ちようとも近くに来て欲しい、とさえ考えます。
 文字通りに取れば「君なしでは生きることすら叶わないのに、近づいたときに待っているのは灰になって消える未来」という、ほろ苦い恋愛と呼ぶにはあまりに過剰な比喩。でも、いませんか?そういう眩しすぎる存在の人。どこか自分の体験と重ね合わせてしまいそうになる、そんな二人の関係。

 …と、ここまでの婉曲表現を経て、不意に漏れた溜め息のように付け加えられる  "ズルいよね 教えてよ 君を愛する忘れ方を"  のフレーズこそが、主人公の心からの本音のように聞こえ、深く深く心に残ります。
 Ruby eclipse、遠く、近付くことすら叶わない、恋に焦がれるジレンマの曲。


 もう、何を付け加えても蛇足にしかならないんじゃないかと思える。そんな、この一連の記事の締めに相応しい、貴方≒太陽の壮絶で壮大な物語。皆様がこの後聴くRuby eclipseの余韻に、普段とは違う何かを感じて頂けていれば、ただそれだけで充分です。


まとめ:次に繋がりそうなこと


 さぁ、どうでしたでしょうか。
 言うまでもないことですが、楽曲の感じ方に正解はありません。この記事もあくまで雑感なので、特段結論付けることはないつもりでしたが、3つだけ。箇条書きで全体を通した雑感を置いておきます。

  • 太陽はいつもでもそこにある。ならば、この曲達は言わば「太陽の存在に気付いてしまった曲」なのです。普通の、当たり前の精神状態ではないということ。だから、恋愛非恋愛問わず、どこか夢心地な(そしてその裏返しの)気分の時に登場していたのかもしれません。ん、当たり前……?
  • with youとFloating Heartを語ったあとにBitter Kiss曲を解説してしまった結果、少しほの暗い気持ちになっていないか心配です。どちらも良い曲なのですけど。この、恋愛楽曲どうしの影響の及ぼしあい、物語性、相乗効果、のようなもの。近いうちに広く掘り下げて、記事にしたいですね。
  • 今回は対象曲を9曲としましたが、物足りなかったですか?お腹いっぱいですか?全体の文字数は大きく変えずに、もっと風呂敷を広げてもいいし、もっと的を絞ってもいい、と思っています。前者を雨で、後者を夜明けでできたら楽しそう。


 楽曲達に対して、こういう切り取り方をしてみて、初めて見えてくるものがありましたし、それを文字にして共有でき、次に繋がる発見や動機も得られました。
 2月4日に急遽決まったライブを受け、ここぞとばかりに書き上げた記事ではございますが、皆様の彩さんへのモチベーションの一片になれば何よりの幸せです。



 またいつか、連作という形で似たような規模の記事をお届け致します。





 最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。



蓬柊