http://www.shochikugeino.co.jp/topics/2016/06/20160702shisyo.html

終わりました。有難う御座いました。
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よゐこは、松竹芸能に入って25年経ちます。
僕が18歳の頃(1990年)、横山ひろし師匠は44歳でした。今の僕と同い年です。
酒井くにお師匠は43歳。僕より年下です。
18歳の僕は師匠方が怖くてしょうがなかったです。
あの迫力が今の僕にあるんやろうか?
よゐこが松竹芸能に入りたての頃、若手の劇場が無くて、
三角公園でネタをやったりしてました。
そんな話って師匠にあるのかな?
そもそも師匠の若手の頃ってどんなんやったん?
同じ事務所の先輩なのに何も知らない!
よし!色々教えてもらおう!
で、師匠が亡くなったら、「僕、色々お話聞いた事あるんですけど、、。」
ってコメント出させてもらおう!
そんな不謹慎なイベントです。うふふふ。
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って事で始めましたが、やってよかった。凄く面白かったです。

酒井くにおとおるさんの知らなかった話。
元々、東京のコントのコンビだったのは所属芸人で知ってる人はほぼ居ないと思う。
東京ではストリップ劇場で"ネズミレース"って出し物を考え出し、引っ張りだこになり、
舞台に立ちたくて、大阪に流れてきて
舞台に立つ為に、コントは無理なので漫才に切り替え、
"お笑いスター誕生"に出て7週まで勝ち抜いてたけど、審査員のタモリさんに「マンネリだね。」って言われ、くにおさん激怒で「二度と出ない!」ってなったけど、
事務所に「出てもらわないと、今後後輩が出れない。」と泣きつかれ
再び東京に行くことになったり、なんて後輩思いの先輩なんやと
話はつきひんかったです。

正司敏江玲児さんの知らなかった話。
離婚してるドツキ漫才の元夫婦の漫才師
そこに行くまで、どんな恋をしたのか?
なぜ舞台でドツキあったのか?
なぜ解散しなかったのか?

携帯電話がない時代。家に電話しようにも内弟子中に家に電話はできない。でも、会いたい
そんな敏江玲児さんが考え出した連絡方法が凄かった。
お客さんから
「ひゃ〜〜。」
って初々しい。このおばあちゃんからそんな儚い話が出るなんて!
ってアンケートにもたくさん書いてました。
これは、恋愛物語にしてほしい。
もっと若手の頃に可愛がってもらってれば良かったと悔やみ、

年内にもう一回やろう
ってのが決まった夜でした。