松竹芸能の大御所である“若井はやと”師匠が亡くなられた。
松竹芸能の最盛期に活躍してはった“若井ぼん・はやと”の若井はやと師匠。
その時期は物心つく前の事なので僕は知らない。
でも、1990年に松竹芸能の養成所に入り、今は無き劇場“浪花座”の進行係をや
らして頂いてた時に初めて知った。

進行係というのは、(事務所や劇場によって違いがあるんやろうけど)養成所に
入ってる師匠の居ない芸人志望の人に先輩芸人の生の舞台を見せてもろたり、
芸人界の常識や挨拶を習い、気に入られたら食事に連れてってもらい可愛がって
貰える、厳しくも暖かい最初に貰える仕事場やった。
勿論、僕らよゐこも新しい養成所生が入って代替わりするまでの間、毎土曜にやらして頂いてた。
そこで、失礼な表現になりますが、


テレビに出てない滅茶苦茶面白い芸人を沢山見た。


金ぴか衣装のホラ吹き漫才
サッカーゴールの前で何でか最後にはふんどし一丁になるコンビ
4コマ漫才

中でも目についたのが、たった一人で舞台に立ち、もの凄いゆったりとした間で
デカい笑いを取ってたのが、

若井はやと師匠やった。


自分が頭取部屋に居て、はやと師匠が舞台に立って笑いを起こさないのを見た事がなかった。


そんな若井はやと師匠と同じ浪花座の舞台に立てる日が来た。

入って三年も満たない時期やったと思う。
よゐこは関西ローカルの深夜番組にチョコチョコ出さしてもろてる位で調子にのってたのは覚えてる。

本来15分は立つ舞台を“ゴールデンウィーク興行”として短めで若手も立てる
特別進行にして貰ってた。
今考えたら、劇場に立ってる若手枠の先輩方に申し訳ない特別進行。
若手枠の方々に温めて頂き、劇場ド新人のよゐこが立ち 冷めさせ、中堅の方々に
再び温め直して貰ってたと思う。

テレビのレギュラー番組なら、番組の盛り上がりを一旦下げるド新人なんてすぐ降板やと思う。
でも、十日間はチャンスが続くのが劇場の良い所。

どんな舞台であっても本番前の楽屋では、毎回挨拶をして回らして頂くのが劇場のしきたり。
大部屋の先輩芸人、中堅芸人の方々、座長部屋のトリを務める大御所の方全員に、
舞台に上がる前は
「お先に勉強さして頂きます!」
舞台を降りたら、
「お先に勉強さして頂きました!」
劇場を出て帰る時は、
「お先に失礼さして頂きます!お疲れ様でした!」



無事に十日間の“ゴールデンウィーク興行”が終わり、その日も、
「お疲れ様でした!お先に失礼さして頂きます!」
と言って帰ろうとしてたら、

「ちょい待ち。」

と若井はやと師匠に止められた。
よゐこ二人とも、


「はい?」


はやと師匠笑顔で、
「君ら、名前なんて言うんや?」

(深夜番組も結構出てて、浪花座も十日間やってたのに今 名前聞くかなぁ)て顔しながらも、


「はい。よゐこって言います。」

はやと師匠少し驚き、笑顔に戻り、

「ほう、君らが、よゐこかぁ。噂は聞いてるで、おもろいんやてなぁ。」

謙虚さの欠片もなく、自信の塊の僕らはデレデレのニヤケ顔で、

「え、はぁ、まぁ、ありがとうございますぅ。」

はやと師匠笑顔のままで、

「でもな、劇場に入ったらまず初日に誰々と申します宜しくお願いします、って
名乗ってくれへんかったらワシらみたいなオッチャン分からへんで。」


まだピンときてないよゐこは、

「あぁ、はぁい。」

そしたら、はやと師匠ビッと真面目な顔になり僕らを睨み、

「そんな事したら芸風が変わるからやりたくない、

 それが僕らの選ぶ道ですっていうんやったら、


    そんな道!俺が阻む!!」



芸人になって初めて叱っていただいた。


よゐこ二人ともたじたじになりながらも、


「はい、すみませんでした。」

「よゐこと申します。宜しくお願い致します!」

はやと師匠、いつもの笑顔に戻り、

「ちゃんと出来るがな。今度からそうしいや。お疲れさん。」


若井はやと師匠は調子に乗ってて、礼儀やしきたりを軽んじてた僕らを
真正面から叱ってくれた唯一の芸人さんでした。

そんな話を一回でもいいのでテレビという舞台で、面白可笑しく話して絡んでみたかったです。




   はやと師匠、早すぎますわ。



あれからは、自分らの番組にゲストに来て頂いた方、
初めて絡む先輩の方の楽屋に挨拶にいかして頂く時は、


「失礼します。よゐこの有野と申します、今日、宜しくお願いします。」



    今も勿論、言わして頂いてます。



って話しをしに、はやと師匠のお通夜に行かして頂いた。

最後に見さしてもろた顔は


   「ちゃんと出来てるがな。」


て笑ってくれてはるように思いました。


長い間御苦労様で御座いました。御疲れ様でした!!!