私は気づきました。


何者にもなれない…
何者でもない自分に。

すると、少し楽になりました。
肩の力が抜けます。

何者かには、ならないといけない!
たぶん、ずっと、思っていました。


普通はこうかな?とか
こうやるべきかな?とか


そういう思考に偏っていたのは、きっと

何者かに、ならなくてはいけないと
思い込んでいたからでしょう。

何者でもない、と知った時
多くの安心感と気楽さと
少しの不安とモヤモヤが
出てきました。

何者かにならなくてよいということは、
目標がないという
漠然とした小さな不安も
少し沸き上がってきました。


でも、何者でもない
ということは、
いかに気軽で気楽か
はかり知れません。


現在、妊娠9ヶ月に入りました。
何者でもない私は、
これから、
出産を経験し
子育てをしていきます。



これを、我が子に間接的に
教えてあげられます。
何者かになれ!という概念を
もたずに、育てることができます。
なんて、幸せなことでしょう。


私はこれまで、
何者かになりたかった
のですが、
そう思ってきた経緯も
自分ではとても愛すべき経緯で
あったと言えます。


何者かになりたかった人が
何者でもないと
気づくから

良いのでしょう😊


何者でもないと知ると
『焦り』と『必死』が
減ります。


あと、
何者でもないと知って思ったことは
何者でもなくて
本当によかったです。