今もそうですが、これからは
物に対して所有のステータスがさらに
失われるのかなと。。


それよりも
経験、体験、感動、
共有する時間、
共有する感覚、
などの目に見えないものが
さらに、重要視されるんでしょうね。



そして、
目に見えないものを形にしていくことへのこだわり…




荷物は軽い方がよく、
不変的なものの
価値が求められ


それでいて、
流動的、柔軟な
思想が必要で


その中で
変わらないものの価値が
クローズアップされ
定着していく…


そんな、感じかなぁと
ふと、思いました。


常識を常識として
とらえる 物の見方自体 に
多様性が生まれ


それぞれが、
"孤"になり
独立していく。


独立したものが
その隣同士で響き合う。


これからは、今までの古いものが
失われていく代わりに、
新しい時代の始まりだと
捉えることができ


この際に"前提"
いかになくすかで


生き苦しさと感じる 要素
"希望"だと 捉える 感受性


変換できるのではないかと思う。


人間の欲望、欲求、渇望するものが
普遍的で不変だとすれば


本質は変わらず
パッケージが変わったようなもので


大きく動揺することは何一つないのでは
ないかと想像できる。


生と死の概念への 探求がさらに
深まっていく。


そんな時代が巡ってきているように
思います。


日本のこと、世界のこと、
広がる多様性、
自分の方向性を考えていると

ふと、そんな考えに至りました。



メモのように記述しておきたいので
記載しました。


進化という概念は
あとになってみないとわからないものかもしれません。


"過程"は、どこまでで
どこから進化であり
退化なのか…



生きることさえ、過程なのか。



哲学は、どこまで続くのか…


現在(いま)という奇跡のなかで
"過程" の矛先を 漠然と思う時には


人生は点である と言えるし
線であると言える。


そこで…出る答えはひとつ…
◯◯◯◯◯◯◯◯◯。