今日、ふと…


すべてのは、
『笑い』の駅につながっている。


…との気づきがありました。


どんな辛いこと
苦しいこと
悲しいこと
間違ったこと

があっても

最後の最後は
笑いの終着駅につながっている。


それだけ知っていれば
知らないとのは、大違い。


笑いとは『隙』から見つけられます。
できごとの隙を見つけるとそこには


きっと、笑いの駅につながる道が
あるような気がします。


それを知ったのと
それができることは
違いますが、

なんせ、最後の駅は笑いの駅です。


その間、いくつの駅を経由しなければ
いけないのかは、
わかりません。


よ~く覚えておこうと思います。


私は気づきました。


何者にもなれない…
何者でもない自分に。

すると、少し楽になりました。
肩の力が抜けます。

何者かには、ならないといけない!
たぶん、ずっと、思っていました。


普通はこうかな?とか
こうやるべきかな?とか


そういう思考に偏っていたのは、きっと

何者かに、ならなくてはいけないと
思い込んでいたからでしょう。

何者でもない、と知った時
多くの安心感と気楽さと
少しの不安とモヤモヤが
出てきました。

何者かにならなくてよいということは、
目標がないという
漠然とした小さな不安も
少し沸き上がってきました。


でも、何者でもない
ということは、
いかに気軽で気楽か
はかり知れません。


現在、妊娠9ヶ月に入りました。
何者でもない私は、
これから、
出産を経験し
子育てをしていきます。



これを、我が子に間接的に
教えてあげられます。
何者かになれ!という概念を
もたずに、育てることができます。
なんて、幸せなことでしょう。


私はこれまで、
何者かになりたかった
のですが、
そう思ってきた経緯も
自分ではとても愛すべき経緯で
あったと言えます。


何者かになりたかった人が
何者でもないと
気づくから

良いのでしょう😊


何者でもないと知ると
『焦り』と『必死』が
減ります。


あと、
何者でもないと知って思ったことは
何者でもなくて
本当によかったです。


今の日本に必要なのは、
まさに、コレですね。

歪んだ思い込みが、いらぬ病も
引き起こします。

正しいことを正しく考える。
古い世代には特に変革が必要ですね。


そして、まさに私に必要な考え方です。

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