お断り:これはあくまでも個人的な意見です。

歴史に「もし、たら、れば」はないということはわかっていますが、

「もしかしたら」という気持ちでお読みください。

 

 

そもそもどこにあったのか?

どのような形で成立していたのか?

その一切が謎で論争が激しいとされる邪馬台国。

 

その邪馬台国の統治者とされているのが卑弥呼(以下、姫御子)ですが、

彼女は元々国を統べる理由も意志もない人でした。

 

未来を予知する能力に長けていて、

自然界と繋がり様々な出来事に対する予言を行ったりする

巫部(かんなぎ)の巫女としてその生涯を送り、

やがて閉じる筈でした。

 

ですが運命というものは皮肉なもので、

彼女が望んでいた

 

『一人の女性としての幸せ』

 

を得ることは終生できませんでした。

 

彼女には生涯只一人と見初めた人が常に傍にいました。

とはいえ、その人とは結ばれることなくその人生を終わるのは致し方ないものでした。

 

その人は彼女の異母兄弟(兄)でした。

 

その人は彼女の最大の理解者であり、

常に支えてくれる人でもあり、

同じ巫部として優れた力を有する人でした。

 

その為、時には姫御子の身代わりを演じることも多々あったと言います。

 

 

姫御子にとって人生の分岐点となったのは3回あったとされています。

 

①周囲の者達に推挙されて巫部となること

②統治者として邪馬台国を統べること

③伊予を身籠もり出産

 

このうちの①は姫御子が優れた能力を持っていることを周囲が知り、

正式な巫部として推挙したことです。

このことが姫御子の人生を決定づけることになりました。

 

②は戦争と災害、飢えに苦しんだ人々が自然発生的に統治者というか、

代表者を求めたことがその理由です。

 

その際に最も優れた巫部であり、

女性である姫御子ならば誰もが納得するだろうということで決定されました。

 

いわば彼女は『象徴としての存在』であることを求められたのです。

 

③は生涯只一人と見初めた人が病気で亡くなった後、

数十年の時間が過ぎて彼とほぼうり二つの男性と

一夜の契りを結んだことがその理由です。

 

それからしばらくして、

彼女は次の統治者として周囲に利用される伊与という子を産みます。

 

 

姫御子亡き後、伊与はどのような人生を送ったのか?

そもそも邪馬台国はどこにあったのか?

敵対していたとされる狗奴国はどうしてなのか?

邪馬台国消失後、

数百年という空白の時間を経て突然始まった大和王朝は?

 

それらはいつかお話しすることがあるかもしれません。

 

 

こういったとんでもない話を織り交ぜて