月別アーカイブ / 2017年10月

アニメほど残酷な表現はないだろう。
2次元だからだ。

僕らの住んでいる世界とは文字通り「次元が違う」のだ。

どれだけ僕らが渇望しようとも、僕らはアニメにアクセスする術を持たない。
しかしそれを持っているかのように錯覚させる、そんな幻術をアニメは駆使し続ける。

アニメに感動しようが、興奮しようが、萌えようが、すべては「幻」なのだ。
それを実在するかのように振舞うから、オタクはとことん気味悪がられる。

アニメとは「幻覚」なのだ。

僕らは現実逃避のためにアニメを観ているのか?それは原理的に違う気がする。
僕らは永遠に届かない「幻」を掴もうと、中空に手を伸ばしもがいているだけだ。

それはこれ以上ない不毛な、悲しい所業だ。


アニメはもっとも「救われない」芸術だ。

作詞のセンス、あまつさえ替え歌のセンスを褒めてくださることがあるのだが、ありがたいと同時に面映ゆい。

こんなことくらいなら、大学時代みんなできたからだ。

僕のいたアニメーション同好会は、今はどうか知らないが、僕のいた頃はまさに知識の宝庫、とにかく「上手いこと言う」ことに長けていた。
だからこの程度の作詞センス、みんなあった。

『怨念戦隊ルサンチマン』の作詞?替え歌を考えてくれたO氏、彼は特に凄かった。
脚本家を目指していたのだが、メンタルが弱すぎて断念したらしいが・・・。

同じく『怨念戦隊ルサンチマン』の脚本、Y氏も凄かった。
とにかく、持っている教養が違う。
しょうがないから、僕はひたすら映像面に技術を特化して他の人間と差をつけたが、その実文芸面では、僕より遥かにできる人間が多かったのだ。


そして、もはや大事なネジを落っことしてしまったハリボテの大巨匠、K前氏のいた「吉田音楽製作所」。
ここも凄かった。何度もライブに足を運んだが、戦慄するような表現の数々。
「幼虫社」の音楽は、今もYouTubeなどで聴けるが、音楽史に名を刻んでもいいくらいの出来栄えだ。


後年、ずっとお世話になっている楽音舎・音響監督の鶴岡さんと飲んだ時、
「僕も大学は違うけど、山本君の大学の西部講堂に出入りしてたよ?」
という話になって、おおいに盛り上がったものだ。

西部講堂は特にエッジの利いた、言わばアングラ芸術のメッカとして、地元では有名だった。
僕も何度か入ったことがある。


何が言いたいかというと、こんな才能を認めてくれてそりゃあ感謝だが、その背後にはもっと素晴らしい才能が雲霞のごとく潜んでいる(いた)ということだ。
それを上手く汲み上げられない、日本という国は、本当に愚かで、野蛮な国だなぁ、と。

少なくともこの国は、文化先進国ではございません。

改めて宣言します。

明日10月16日までに、『Wake Up,Girls!(新章)』♯1において、『タチアガレ!』『7 Girls War』の楽曲クレジットを本編中に掲載しなかった件について、放送媒体であるテレビ東京、及び制作責任者たる「Wake Up,Girls!3製作委員会」からの「理のかなった」回答がなかった場合、私(辛矢凡)名義の全ての楽曲(歌詞)を、10月17日以降において『Wake Up,Girls!(新章)』本編、及び作品派生ユニット「Wake Up,Girls!」「Run Girls, Run!」他が使用することを、一切認めません。

法的手続きは今後迅速に進めて参りますが、ひとまずここでの告知とさせていただきます。
よろしくお願いいたします。


以上。

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