月別アーカイブ / 2016年10月




このブログを始めてもう二か月以上、まったく触れてなかったよ。
AKB。48グループ。

完全スルーして欅坂とななみんに行っちゃった。


正直、最近のAKBには全く乗れません。
まるで今ダラダラ群れている「ハリルJAPAN」かはたまた「サムライJAPAN」。
なんか、スター選手を選んでいておいしいようで、全然チームのまとまり感がない。
もうWBCやらなくていいんじゃない?日本的には。


秋元先生も、メンバーも、ぶっちゃけAKBに飽きてるんじゃないかな?
それとも新総監督・ゆいはんの指導力とかもあるのかな・・・。


秋元先生にも「各都市にアイドルグループを」というコンセプトにはすごく賛成したのだが、利権を独占しすぎた。
だからチームごとにテコ入れのバランスが狂う。そして楽曲のクオリティも画一化する。
どこが歌っても一緒の楽曲が並ぶ。

全国にアイドルグループを作って、それ全部自分の支配下に置いて、なおかつペナントレースみたく競わせるほど、秋元先生もスーパーマンではあるまい。

NPBみたくしたいのなら、秋元先生は「コミッショナー」としてフォーマットだけを売り、あとは地方地方の興行主に全面的に任せる。
それくらいの度量があっても良かったはずだ。
絶対その方が競い合って、面白かったはずだ。
欲が深すぎだ。


SKE・NMBの今の惨状をどうしてくれるんだ!
独占したいなら何とかしろよ!!


一部の実力者が独占・寡占しては面白くない。それは今年の広島カープが証明したろうに。
今こそ48グループはNPBに見習って、アイドルペナントレースのフォーマットを築くべきだ。


トップアイドルの三大要素。
コンセプト、楽曲、そして「物語」。

これをメンバーと一丸となって紡いでいくのが、アイドルの醍醐味。
どれだけ秋元先生が偉大であっても、この規模を全部コントロールするのは無理だ。


え?それに加えて二次元アイドル?8体のキャラを8人の売れっ子デザイナーに描かせて?
ちょっと、それはもう少し、冷静になるべきではないかな。
欲望剥き出しは嫌いではないけれど、何度も言う通りプロデューサーの我儘は、すべてを狂わせる。
その責任を誰が負うのか?



とは言いながら、それでも欅坂「サイレントマジョリティー」は素晴らしい。秋元康一世一代の大仕事。見事ハマった。
と、思いつつTBS「ハロウィン音楽祭」を観てました。おわり。




コバエがテーブルを這っていた。
瞬時にバチーン!と手で叩いた。
コバエは手の指の平で生き物とは思えないほど粉々になっていた。

ある時は殺虫剤を撒いたり、ある時はシンクで大量に死んでたり、今年もコバエに悩まされた。


しかしこんな時思う。コバエは何を思い、何を考え、生きて、死んだのだ?
ていうか、こんな小さな小さな存在に、どれほどの魂が宿っているのだろう?と。


こんなことを思い巡らす時、必ず思い出すのが「蟲愛づる姫君」。
知る人ぞ知る、あの「ナウシカ」のキャラクター設計のモデルとなった、『堤中納言物語(宮崎さんは『宇治拾遺物語』と勘違いした。しかし良く読んでいらっしゃる・・・)』の一節に登場する、姫君だ。


「苦しからず。よろづのことどもをたづねて、末を見ればこそ、事はゆゑあれ。いとをさなきことなり。烏毛虫の、蝶とはなるなり」
「思ひとけば、ものなむ恥づかしからぬ。人は夢幻のやうなる世に、誰かとまりて、悪しきことをも見、善きをも見思ふべぎ」
(『堤中納言物語』より)





「命の価値」を、最近ずっと考えている。


さだまさしの歌に「いのちの理由」というのがあって、そこの歌詞に、
「しあわせになるために 誰もが生まれてきたんだよ」

とあって、そこを聴く度、いつも違和感で頭が一杯になる。

さすがにそりゃないだろう、と。
地球人類、生きとし生けるものみんなが幸せになる保証は、どこにもない。


AI開発の分野で、いいところまで来て途中でいつも行き詰まるらしいのだが、人間の思考に限りなく近く、かつ合理的な思考を憶え込ませようとすると必ず、「人類は滅亡すべきだ」という結論に辿り着き、その都度開発が止まり、遅々と進まないという。

そういう時思う、人間もコバエのようなもので、地上に大量発生しているのだから、そりゃ消されるだろう、と。
人間は大量発生しすぎた。

人間よりももっと「大きな」存在がいるとして、そこから見たら、そんなものだろう、と。



僕らはテーブルの上で粉々になったコバエと、何ら変わりない命を受けて、まだここにいる。




からの、




麻婆豆腐。

今夜は平和だね。

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