何度も言う通り、アニメは「省略」と「強調」の芸術だ。
そこで描かれる人間は絶えず歪だ。

アニメで人間の心が描けると思ってはいけない。
アニメはいつだって異常表現だ。

しかし、その歪さの中に真実が存在する。
それはまさに人間の異常さであり、空疎さだ。

昨晩も空いた時間、ヒトラーの演説を観ていた。
どうして僕はこうもヒトラーを観ているのか?
それは彼の演説、その魔術的パフォーマンスが、アニメ表現と良く似ていると感じたからなのだろう。
そしてそれにイッた目をして陶酔している民衆は、さながらオタクと瓜二つだ。
非常に参考になる。


僕達はアニメをヒトラーのように狂喜して歓迎すべきではない。
僕達が真にアニメに感動する時というのは、人間の歪さにひたすら恐怖する時、少しの「心」が見えた時の感激なのだ。
いや、もはや安堵だと言っていい。

それに自覚的だったのは高畑・宮﨑・富野など、一握りしかいない。
他はこれが本当に人間だと勘違いして作って、観ている。


『ラブライブ!』でも『けものフレンズ』でも『薄暮』でも構わないが、そこに生きている「フリ」だけしているキャラを人間だ!などと思っている時点で、既に錯覚で幻覚だ。
アニメを何にも解っちゃいない。

アニメは「恐怖」の表現だ。
絶えず人間は「醜く」描かれているのだ。