ひとつ自分の創作にルールを決めていて、「作品の中で自分の愚痴を乗せるのはやめよう」ということです。
愚痴とメッセージとどこが違うのか?難しいところですが、とにかくそうしています。

だからこそ愚痴はTwitterで吐く(笑)。
これもしょっちゅう、「言いたいことは作品の中で言え!」ってね、恐ろしく非現実的な俺ルールを掲げてくるバカがいるけど、ちょっとでも生々しい描写になると無条件に拒絶するお前らにそんなのできるかっての!

作品に「想い」を込めろ、とは良く言ってますが、それも作者の個人的な「感情」ではないんですね(いいものにしよう!とかいうのは別にして)。
登場人物の「感情」なのです。
そうしないとキャラブレしたり、言行不一致の訳の解らないことになってしまう。

キャラと同化することなんです。


昔TRPGってのがありましたね。今もあるのか?
作者ってのは所謂TRPGのゲームマスターであって、プレイヤーではないんですね。
いや言い方違うか、プレイヤーでもあるんだけど、ゲームマスターによって役割の定められたプレイヤーなんです。
だから自分の好き勝手にはできない。決められた役割の中でプレイするしかない。

僕はこのシステム、どうも馴染めなくて、結局1、2回だけしかやったことないんだけど。

でもまぁひとりひとりのキャラに役割を与えて、後はひたすら、そのキャラはどう行動するのだろう?と頭の中でシミュレーションしていく。
その作業の積み重ねが「物語」であって、決して自分の手記や暴露本ではないんですね。
そういう要素もちょくちょく入れたりはするんですが、かならずゲームシステムの中で機能させなければならない。


それを日本のアニメで初めて拒絶したのが、『エヴァ(旧エヴァ)』なんですけどね。
あれは画期的だった。

将来的にそういう創作をするかも知れないけど、今じゃないと思っています。
だってそれを許容できる観客が全然育ってないんだもの。