僕がかなり煽ったのもあるので責任は取りたいのだが、今『WUG』を『のけものフレンズ』とリンクさせることで、ちょっとした混乱状態が起きつつある。
まぁこの日を一日千秋の想いで待ち続けていたのだが。

それに加えてNGTの一件。
『WUG』は世間の流れを、良くも悪くも代弁していたのだと痛感する。

すべて、この案件の「著作者」は誰?ということに尽きる。
著作権者ではない。それは契約書一枚で売り買いしたり、取り上げたりできる。
このプロジェクトの「親」は誰か?というところにある。


著作権については各国若干バラつきがあるので、日本のだけ引用しよう。
日本において、映像作品の「著作者」とは、

第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる
二 著作者 著作物創作する者をいう。
(中略)
十 映画製作者 映画の著作物の製作に発意責任を有する者をいう。


第二条十項の「映画製作者」、つまり映画の製作物において「製作に発意責任を有する者」とは、「監督」のことである、と、これは知財関係を専門にする弁護士から直接聞いた。
僕はその件に関する冊子にゲストで登場しているくらいだ。


だから、たとえ原作付きの作品であっても、映像作品の「著作者」は監督である訳だ。
これだけは間違えてはいけない。

これを完全に間違えている『のけもの』信者がいるようだが、注意を促しておく。
監督は単に雇われて末端で作業をこなしている訳ではないのだ。
悔しかったら、「原作者」のおにいさんが全部アニメ作ってみれば??

最初にした「嫉妬」を思い出した。
それは小五の春だった。

「彼女」は転校生だった。
なんとまぁ才色兼備、吉永小百合のような風貌ととんでもない頭の良さ、そして運動も音楽も万能と、非の打ちどころのない少女だった。

その彼女が、僕がなんとなく通い始めた塾で、一緒になった。
当時は勉強なんてどこ吹く風の僕だったが、ここでスイッチが入った。

「彼女にだけは負けたくない」

そう思ってはみたが、結局勉強に身が入らない。
あっという間に彼女は優秀なクラスへ、僕は劣等生のクラスへと別れてしまった。

なんか腹立つ。
どうにかできないか?
僕はおおいに嫉妬した。


しかし、それは、所謂世間の言うところでの「初恋」だったのだ。


小六になり、僕は彼女の志願する中学校を聞き、同じ学校に入りたい!入らなければ俺のプライドが許さない!!と、急に思い立ったように猛勉強し始めた。
一緒に受験し、なんと一緒に落っこちた。
その後一緒の公立中学校に入り、そこで僕は狂ったように勉強をし始めた。

彼女への「嫉妬」は、いつしか「恋」と不可分になっていたのだ。
彼女に勝ちたい、というのと、彼女と同じ学校に行きたい、という気持ちが、正直ごっちゃになってしまっていた。

その後、この想いは中三まで引きずり、辛抱堪らず告白して、あっさりフラれた。
しかしまたしても同じ高校を受験し、僕は受かり、彼女は落ちた。


僕の思春期を良くも悪くも、大きく占めていたのが、彼女だった。


良く「ヤマカンも嫉妬している!」と言われるが、僕にとっては原体験から考えて、嫉妬というのは「恋」なのだ。
憧れとも言える。


僕は宮﨑駿にも「嫉妬」した。
しかし、それはあまりに大きな「憧れ」だった。
彼のせいで、僕はアニメ監督になることを決めた。
今でも彼に「嫉妬」し続け、一挙手一投足を追いかけている。


これも結構言われることだが、やはり本当の「嫉妬」とは、憧れやその他の愛情と不可分なのではないだろうか?
しかしながらその嫉妬心を持つ母体としての人間性が正常なのか腐っているのか、「オタクという「病」・三たび」でも言った通り、愛情の示し方をきちんと知っているか否か、それ次第で見え方が全然変わるのだ。


僕の肌感覚で言うと、嫉妬した相手が落ちぶれればいい!としつこく願っているのは、正しい意味での嫉妬ではないように思う。
それは単に、お前の狂った悪意だ。

嫉妬にもその人間性次第で優劣があるのだ。

今日は打ち合わせが5本・・・。
いやぁ疲れた・・・。
スケジュール帳見てゾッとした。


でも今日はもったな。
身体のケアもあれこれ一生懸命やってる。

一歩でも前へ!

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