失礼かも知れないが引用。
平松さんが最近荒ぶっておられる・・・。

このリンク先を読んだけど、愚にも付かない内容。
こいつマトモな義務教育受けたんか?と疑問に思わざるを得ない。
この国、今隅から隅まで、おかしい。

「モリ・カケ」を抜きにして進めたかったのが、働き方改革法案か?
カジノ法案か?
お前気は確かか?本当に日本のことを思って発言しているのか??

最近こういう「多数派に属して話している俺サイコー!」という輩が、どうしても幅を利かせている。
僕が東大生と揉めた際も顕著だった。
誰も物事の本質を見定めようとしない。その気もない。
「多数決ゲーム」で立場の安全を確認したいだけだ。


平松さんは「場を作る感覚」とおっしゃっているが、ちょっと表現がおかしくて、それは「大きな物語」を作る感覚、というべきだろう。
この国を貫く「物語」の欠如が、倫理や論理の崩壊を招き、カルト宗教「アベ真理教」の醜い増長を生んでいる。
この辺は小林よしのりが口酸っぱく言っているが、「保守」が機能していないのだ。

ネットを中心に日本の良き伝統や風習、和をもって尊しとなす精神が、どんどん崩壊していく。
残るのはひたすら多数派に擦りより、思考停止になった野蛮な暴徒だけだ。


僕は「保守」ではない。だから伝統や風習や「和」を、そこまで大事にはしない。
しかし、だからこそ言いたい。

君らは何を護っているの?
これからどうしていきたいの?
これで自分の身を護れると思ってるの?

ヒトとしてのDNAレベルに訴えかけたい。
でなければ、もはやヒトは、いや日本に住まう日本人という動物は、生命としての必要条件を失いつつあるのかも知れない。

東大生(なの?マジで?)なのに知らない、解らないとは情けないが、まずはこれから。


有名な東大教養学部長(当時)の式辞。
蓮實重彦センセが総長になられた辺りから、東大が大分変わってきたなぁ、と思っていたのだが、今はまた戻ったようで・・・(苦笑)。
以下引用。

情報が何重にも媒介されていくにつれて、最初の事実からは加速度的に遠ざかっていき、誰もがそれを鵜呑みにしてしまう。そしてその結果、本来作動しなければならないはずの批判精神が、知らず知らずのうちに機能不全に陥ってしまう。ネットの普及につれて、こうした事態が昨今ますます顕著になっているというのが、私の偽らざる実感です。


しかし、こうした悪弊は断ち切らなければなりません。あらゆることを疑い、あらゆる情報の真偽を自分の目で確認してみること、必ず一次情報に立ち返って自分の頭と足で検証してみること、この健全な批判精神こそが、文系・理系を問わず、「教養学部」という同じ一つの名前の学部を卒業する皆さんに共通して求められる「教養」というものの本質なのだと、私は思います。



ネットにまみれた今日のアホ東大生に捧ぐ。
この言葉を生んだ学府でいったい何を学んでいるのやら・・・。

まぁまたしても「『ヤマカンは自分が絶対正しいと思っている!』と言ってる奴の方が『自分が絶対正しいと思っている!』」法則の発動で、こんなのにはもう慣れっこなのだが、それにしても巷に不足しているのが「疑う」というモチベーション。

今回も「ヤマカンが東大生に喧嘩売りやがってー」とまた主客逆転したのだが、いい加減裏を取ることを覚えてほしい。
裏が取れないなら無闇に信じるな。

情報氾濫社会だからこそ絶対に必要なリテラシーだと思うのだが、東大レベルでもまったく身についてないようだ。
さすがにこの国の将来を案じてしまう。


僕が母校で学んだのは、この「疑う」ということだ。
とんでもないアナーキズムにはさすがにたじろいだが、この精神だけは叩き込まれた。
今回の件も「同じ茶化すなら京大生はもっと上手いだろうなぁ・・・」と思ってしまった。

すべてを疑う。そうなると、もちろん自分をも疑うしかない。
しかし自分の価値観や存在そのものまで疑ってしまったら、自殺以外に道はない。

そこで、人は「自分だけは信じるしかない」と、思い立つ。
これを「実存」と呼ぶ。
「我思う、ゆえに我あり」だ。

だから人は、自分を信じ、自分以外を疑う。
なんだか人間不信のように思えるが、論理的・哲学的に考えたら、これ以外にはあり得ないのだ。
ある意味しかたないとも言える。

僕の言葉が強いのは、「俺だけ絶対正しい!」というのではない。むしろ逆だ。
「これでも納得できた人だけが納得していいよ」という、些か投げやりのような姿勢だ。
僕の方から信じる人をふるいにかけていると言ってもいい。

でなければ、信じた人に対する責任を負えないからだ。
そこまでやらんでも・・・と思われるかも知れないが、やっぱり根っからの哲学脳なので、そうしないと気が済まない。


僕の言ってることはどんどん疑ってもいい。その分僕も自分の言葉に過度の責任は負えない。
ただ、「やられたらやり返す」。これは徹底する。
だから実害を被らない限り、個人攻撃は控えている。
これからも控える。たぶん。


「疑う」ことと「信じる」こととのバランスを取る、それが今を生きる人間すべての喫緊の課題になっている。

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来たぜ!名店四つ葉!
あの蛤ラーメンが食える
否が応にも期待が高まる!
早速食おう!


・・・ただのカップラーメンだったー!!(´・ω・`)


カップラーメンとしては旨いです。念のため。

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