そんなものを考える前に、星野は用水路の様子をいまこそ見に逝くべきだと思うけどね。

(追記 23:36)

 星野で勝てる方法を思いついた。なんか有力ないたこを呼んできて島野さんに降りてきてもらえばいいんだ。もしくは、伊原さんを10年ぐらい前にタイムスリップさせて、三塁コーチボックスに立たせて置くこと。星野は電通を通じて金を引っ張るのが仕事なのだから、現場の采配は別の人に任せるのが本来の筋だと思うんだがな。
 星野がテレビで敗戦の弁を語っている内容のほとんどが言い逃れなのが気になってしょうがないが、選手選考の時点で怪我人選んでてその時点で間違いなんだよなあ。まあ、岩瀬やGG佐藤はいいにしても、川崎、西岡あたりの内野の要が二人とも機能不全ではなあ。新井とかな。あと、結果論で上原は抑えたけれども、あれだって危なかったぞ。永川や加藤大輔落として上原連れて行く時点でねえ…。

 WBCはメジャー選手を率いられるだけの度量というけれども、星野がどうやってホモの鈴木さんとか率いるのかって話だよなあ。まあ、日の丸が掲げられれば団結はしてくれそうだけれども。でもあの勘の悪い采配とかブチかますと中畑以上にアレな展開になると思うぞ。

 どっかのコピペでインパール作戦を指揮した牟田口廉也との対比があったけれども、まあこれについては良く分からんや。下のほうに引用しとくので勝手に吟味してくれ。

 とりあえず、WBC代表監督はもう一度王さんにお願いして、コーチに野茂さんを一押し。星野はお金集めに徹してもらうしかないだろ。次の世代の日本球界の顔を作らなくては。在日だの部落だのといっている場合でもなかろうし。今回の五輪でもはっきりしたけど、日本だけで通用するボールやパークで国内リーグやって閉塞するより、せめて国際試合球使ったり、ある程度メジャーでも通用する指導者をきちんと連れてくるというような方法を考えないといかん段階だろ。営業的には成功しても、試合に負けましたとかだとラグビーやサッカーみたいな状態になるぞ。

 私だって野球は好きだがあまりにもあまりだとプレミアリーグとか観はじめるかも知れん。面白そうなんだけどルールが良く分かんないんだよね。試合も神宮はでやってないし。


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誰かさんみたいな人ですね。

無謀なインパール作戦で日本軍将兵10万人を死なせたとされる「日本史上最低の無能将軍、牟田口」であるが、

・体育会系の豪放磊落な性格であり、大本営内での評判は非常によろしかった。
・ちなみに、単に酒の飲みっぷりと部下の殴りっぷりが豪快だっただけである。
・何回作戦に失敗しても、「あの牟田口さんが失敗するはずはない」「たまたま運が悪かった」
 「兵士の士気が低かった」と弁護され、より大きい作戦を任されるようになった。
・女遊びも豪快で、司令部に併設して芸者宿を作らせた。
・芸者を囲って国費で連日どんちゃん騒ぎ。
・前線視察のときに、芸者を飛行機に乗せて連れて行った。
・たまらず諫言した部下を、最前線送りにして玉砕命令。
・何かと腹を切ってでも責任を取ると何度も口にしていたが、終戦後も一貫して失敗を認めずに天寿をまっとう。

なんかすげぇな
牟田口 廉也(むたぐち れんや)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%9F%E7%94%B0%E5%8F%A3%E5%BB%89%E4%B9%9F

牟田口は前線部隊に対しては現在地死守の命令を繰り返すのみで撤退を一切認めなかった。
この頃つけられた呼び名は「鬼畜牟田口」。また当時このような歌も流行った。
「牟田口閣下のお好きなものは、一に勲章、二にメーマ(ビルマ語で女)、三に新聞ジャーナリスト」。
「失敗したら腹を切れ」と部下を難詰するも、自身は自決することなく、余生をまっとうした
指揮下部隊を置き去りにしていち早く戦域を離脱し安全な後方地帯へと逃げ込んだ。
将兵からは「bakaな大将、敵より怖い」と罵られ、「鬼畜の牟田口」と呼ばれていたと伝わる。
インパール作戦失敗の責任を問われると、「あれは私のせいではなく、部下の無能さのせいで失敗した」と
牟田口は頑なに自説を曲げずに自己弁護に終始した。兵士たちへの謝罪の言葉は死ぬまで無かった。
それどころか遺言を残して、自分の葬儀においても、自己弁護を印刷したチラシを参列者に対して配布させた。
日本軍史上、現代に至るまでこれほど酷評され、擁護する人間が全くいないのは、
将官、将校では稀有な存在である。