諸般の事情がございまして、このたび私、山本一郎は結婚することになりました。
 連れは20代後半の日本人女性でありまして、職業は医師です。結婚するにあたっては、まあいろいろと心境の変化はありました。一番大きいのは私が結婚などしていいのかなという漠然とした不安だったんですが。三分の一世紀ぐらい生きてきて、まあ自分の人生はこの程度のもんかなというような諦めというか平常心を常に持ちながら客観的であろうとしていたのが、まさか自分が結婚をするような人生を選ぼうとは思いもよりませんでした。勢いと言えば勢いだけれども、実質交際一年ぐらいで何のプロポーズもせず、いつの間にか同居してそのまま結婚という、あまり感慨のない、それでいてひっそりとした暖かみのある状況に驚いています。


 実感が湧かない理由は、ずっと「人は一人で生まれて一人で死ぬもんだ」と思ってるからでしょう。結婚したからといって、それが変わるわけじゃなく、何百億年と続いてきた世界の絶え間ない営みのほんの一瞬だけ、誰かと一緒に暮らすだけなんだろうな、というふうに考えると、いつもの私の悪い癖でどうでもよくなって、それでいて心地良いような、そういう状況です。案の定、男性としての私は相手を拘束せず、お互いの人生の独立性を守って、喧嘩もしないままゆるゆると新婚生活に入ろうとしています。強いリーダーシップに惹かれる女性だと不愉快なんでしょうけどね。


 生活習慣も大きく変わりまして、連れがどうしても規則正しく朝早く夜遅いので、なるだけすれ違わないように私自身も朝早く夜遅い生活をし始め、朝晩なるだけ連れと一緒に食事をするようになってから49kgが68kgに激太りしました。前のスーツとか、腹が入らないわけですよ。痩せっぽち人生を送ってきてここではじめてダイエットの必要に迫られることになるとは、思いもよりませんでした。


 ほぼ毎日飲んでいたお酒の量が減り、何事もなく帰宅すれば自宅に飯がある状況になると、必然的にラーメンだの牛丼だのを食べる機会もなくなりました。半年以上牛丼を食べない生活が訪れようとは。毎日きっかり六時間ぐらい寝ていまして、風呂にも入るようになりました。何か生活が激変して独身の気楽さが失われたのと同時に、自分のアイデンティティとして守ってきた自堕落さがなくなり、気がついたら普通のおっさんになろうとしているのだ、それが私の人生だったのだと悟ろうとしています。


 前に比べれば、仕事とプライベートの密度も大分変わりました。バーに逝かなくなり、ゲーセンに足を向けなくなり、ダラダラと会社で仕事していることもなくなりました。働く時間は随分減ったような気がします。そのかわり、仕事を選ぶようになってきました。社員が増えて組織にしたからというのもありますが、信頼できる部下ができ、仕事上のパートナーにも恵まれ、それほど大きな不安や焦りを感じずに仕事が生み出す価値に集中できているからかなあと思いますが、結婚を決めたことが契機だったのかどうかは分かりません。


 そして、いまだ童貞です。いや、交際が始まってみて思ったんですが、三十年以上乾いた性生活を送っていると、セックスを前提とした男女関係の構築というのは億劫なのですよ。あまり求める気になれない。婚姻届を出してから、どのくらい守ってるか分かりませんけど、随分先のような気はします。


 でも、やっぱり子どもは欲しいです。昔から、やんちゃな子どもは大好きでしたが、いままでの自分は投げ捨ててでも、子どもを儲けたいと思っています。


 それ以上に、私よりも先に結婚をし、子どもを持ち、充実した家庭生活を送っている人を無条件に尊敬できるようになりました。前は、社員が子どもの養育費を理由に給料アップを求めてきたら激怒していたんですが、なるほど人生と暮らしと労働というのは本来切り離してはならないものだったのだなあという。


 結婚が人生の墓場だというのも納得です。自由だけが人生じゃないのかも知れん。とりあえず、人間としての視野が急に拡がったような気がして、それだけでも連れには感謝をしております。