本を何冊か買ったわけですよ。


 そしたら「研修中」だったかな、そういう若葉マーク的な意味合いの名札つけてる若い女の子が、しげしげと私の顔を見ているんです。



 当然、紀伊国屋で良く本を買う私から致しますと、(ああ、彼女は「49」のボタンを押すんだな)と察して、彼女の青さを感じるわけです。齢24ごろ、すでに「29」を押してもらえない日々が続いた私は、この推定年齢ボタンで一喜一憂することなどもう来ないと思っていました。老け顔に白髪というのは、人間誰しもに訪れる「老い」に対する耐性を先につけてくれる、一種の特権なのだと、私は考えています。


 そう感じながら、やや穏やかな笑顔で彼女を見据えていたところ、彼女は何を間違ったか、容赦なくその一個下の… 年齢でいえばワンランク上のボタンを押しているじゃありませんか。


 違うんだ。おい、そこの。若い女… 私のどこをどう見たら… 50歳以上なんだよ。良く見ろ。まだ15年も先の話だ50代なんてのは。泣かすぞ貴様。選球眼が悪いにも程がある。胸糞悪い。おお悪いとも。不愉快に過ぎるぞその仕打ちは。訂正しろ。いますぐ謝罪とともに訂正するんだ。いまなら涙を流して土下座して詫びればなかったことにしてやる。私を誰だと思っているんだ。いままでどれだけ、何冊の本を紀伊国屋から買い込んできたと知っての狼藉か。出あえ出あえ。


 そんで、金を払ったあとになって、「ブックカバーは必要ですか」とか聞きやがる。必要ないに決まってるだろ。そんなことより私は30代だ。少なくとも50歳未満だ。怒りと悲しみで頭がくらくらする。間違ったにしてはあまりにもスムーズなその操作、断じて許すことなどできん。いますぐキリスト教に改宗の上、穴掘って中に入って悔い改めたのち切腹すべし。釣り銭を彼女が用意する間、どう抗議するかずっとぐるぐる考えてた。悲惨すぎる。あんまりだ。


 でもそれを伝えられずに帰ってきた。正直後悔している。