噂の眞相らしい感じになってますが、思い切り暴露していて好感が持てます。誰ですかね、ネタを持ち込んだのは。



少年Aの手記の仕掛人は幻冬舎・見城徹だった! 自社では出さず太田出版に押し付け!?

http://lite-ra.com/2015/06/post-1197.html



 しかも、肝心の幻冬舎も見城徹さんもリテラからのアテに対してとぼけたようです。



[引用]



 実際、今年になり「週刊新潮」がこの動きをキャッチ。「『少年A』の手記出版を企図した『幻冬舎』への風当たり」(1月29日号)として記事にしている。



 この際、幻冬舎総務局は「週刊新潮」の取材に対し、「出版の予定はなく、元少年やその関係者に接触したこともありません」と回答。また、見城社長本人も「万万が一、予定があったとして、出したらいけないの?」と否定、「大体、手記を出したところで、売れないって」などと語っている。




 元ネタは我らが人権蹂躙雑誌週刊新潮さんだったようですが、結局自社では出せないあれこれの理由があって太田出版に押し付けた結果、売れはしたけど騒ぎになって、社長が釈明に追い込まれるという定番の展開になってしまいました。


 このあたり実に興味深いところなんですが、今日になってどういうわけかテレビ朝日方面に延焼しているようで、どういう理由か例によってバーニング話にまで発展していてどうなのかなと思うところです。でも、一方からだけ取材してガセネタの塊になってしまった百田尚樹せんせの『殉愛』とは違って、この『絶歌』はあくまでモラルの問題で被害者心情も含めて然るべき対応を出版社としてきちんととっていれば、あるいは上手く着地できていたであろうと感じます。なので、見城さんらしいっちゃらしいんですけど「問題になりそうなことをしておいて、実際話題になって大問題になったところで大御所と問題の処理について相談する」という類の話はもうちょっとやりようがあるのではないかと思うわけです。



 それだけ、週刊新潮→リテラという連鎖で『絶歌』話を派手に取り上げられるだろうとは思っていなかったのでしょうし、批判を恐れず向こう傷上等で思い切った仕事をする見城徹さんのいままでのやり方からすると少し日和り気味なのかなあと感じたんですよね。逆切れしても良さそうなものじゃないですか。それが見城さんの持ち味だったわけだから、それを期待した人も多かったと思うんで。



 やっぱりここは「みんなが知りたい、売れるものを作って何が悪い」と見城さんには大見栄を切っていただいて、観客総出で石とかおひねりとか座布団とかが飛び交う世界になって欲しいと思います。それが一番美しいネットの風景だと信じてるんで、私。



 待ってますから。見城さんがやってくれるのを、いつまでも待ってますから。



(追記 21:54)



 読者の方からご指摘がありまして(抄訳ありがとうございます)、どうも文春に経緯がかなり出ていたようです。



元少年Aは幻冬舎に手記出版を持ちかけていた!

http://shukan.bunshun.jp/articles/-/5186



 なんだ、ちゃんとアテられて、幻冬舎の自前企画だって話を回答していたんですね。

 そして、太田出版もアレであったと。



 じゃあ執筆から出版までの責任は、版元の太田出版もそうですが、幻冬舎も負うってことでいいんですかね。

 自分のところでは出せないので、太田出版でどうでしょうか、という形で仕切り直したわけですから。



 そうなると、本が売れたのでテレビ朝日でドラマ化みたいな話にならないといいですね、ちょっとさすがにこの内容では物議を醸しすぎていると思いますんで。ええ。