最近はそこそこ若い人も順次辞めていっているらしく、取材依頼とか受けると昔みたいに「電話の声は張りがあるけど本人はお爺ちゃん」ということが減った。

 ただ、やっぱり大きい組織から外れたことは戸惑いの対象であることは昔も今も変わらないらしい。
1.名刺を出すとき、必ず「何の肩書きもありませんが」など、肩書きについて前置きする

 数年前は新聞社で何とか局長とか何とか委員とかだったのが、いまは単に「ジャーナリスト」とかだけ刷っているのが寂しいと思うのか、聞いてる側からすると違和感が。それが誇りの一部だったのは、男として認めるけれども。

 稀に、初対面なのにいきなり雑談から入って己の武勇伝を語り始める人がいるが、だいたい後で調べると政治部だった人。

2.取材なのに「私の経験では」と自分から語りだす

 たまに、「いや、そこはお前が話すべきタイミングじゃないだろう」と感じる喋り方をするとだいたい地方紙も含めた新聞記者OB。凄く優秀な人もいるけど、こっちだって本来喋らなくてもいいことを、時間とって面談して語っているんだよ。

3.雑談で大学名を訊いてくる

 「そんなの公開しているんだから、事前に調べて来いよ」という場合も多いが、結構訊いてくる。ほぼデフォルトですでに出版した本は読んでない。昔は「取材に来るなら本ぐらい読んで来い」と思ったものだが、いまは普遍的な現象であることに気づき、また、自分が誰かと会うとき意外にその人の執筆した本を読んでないか、読んでいてもあんまり覚えていないことに気づいて腹も立たなくなった。

4.新聞を辞めて成功している誰かと自分を見比べる

 ますますどうでもいいことだが、取材の終わり際にだいたい佐々木俊尚氏ほか新聞OBで執筆・講演活動したりテレビに出ている人の話題を持ち出して、それに比べて自分は新聞社ではもっと偉かったとか、誰々の文章は読みにくいだとか一言言う。単なる雑談や評価ならいいんだが、目の前に座ってるお前と比べられて、私はどうリアクションを取ったらいいんだ。

5.レトリックが古すぎてピンと来ない

 あれこれ説明して最後に要約するつもりで言ってるんだろうけど「要するに三木おろしみたいなもんですね」とか言う。何を言いたいのか理解するまでに数秒かかり、その表現が全面的に間違っていることを察知するまでに数秒かかり、訂正すべきかどうか判断するまでに数秒かかり、相手を傷つけずに修正をかけるにはどういう言葉を選ぶべきかに数秒かかる。

6.「新聞社を退職した・見限った自分」を語りだすと長い

 話の合間にそういう内容をうっかり振ると、組織の問題点から上司の欠点からあれこれずっと喋る。あまり出身母体を褒めることはない。世話になってたはずだがなあ。

7.実は同業の横の繋がりが異様に薄い

 新聞OBの特徴とも言えることなのだが、ネットメディアに流れる人かジャーナリストとして独立して言論活動をしようとする人に分かれていて、基本的に記者同士の情報交換を意外にやってないのが新聞OB。というか、何か孤立していて、むしろ役所とか大企業幹部とかとの個人的なコネクションで情報を取ったり、古巣の後輩から話を貰うケースが多くて、あんまり問題に対する「共通の認識」というのがない。

※ 新聞記者の専門性というのは、専門的な誰かのむつかしい情報を、整理し噛み砕いて紙面に載せる能力のようで、必ずしもその問題そのものに通暁しているとかではないので、シナリオありきで取材に来ることがとても多いし、なんか変なルサンチマンというか嫉妬を剥き出しにして来る団塊おやじみたいなのもいて困る。

 分からなければ時間の許す限り説明するし、語れないことは語れないと言うんだけど、なんか最初から思い込みというか、「こうに違いない」とか取材方針があるケースがとっても多くて、思い違いや勘違いの修正が利かないんだよね。

 だけど、どういう経緯か捜査情報や逮捕見込み情報とかは一定量持っているようなので、基本的な方向性は間違ってないとか、そういう感じ。最近の新聞記者OBを見ていると、やはり情報産業は過渡期なんだなあとつくづく思う。