月別アーカイブ / 2021年12月

 政策論というのはむつかしいもので、国民の人気になるもんをやろうとするとポピュリズム批判やバラマキになるし、特定層に届くきちんとした政策をやると今度は官民癒着とか不公平などと批判されるわけであります。

 で、10万円給付にあたってはバラマキだよなど批判もありつつ、また、途中まで5万円分はクーポンでとかいう謎な弥縫策が出たために騒ぎが広がり、すったもんだの挙句、岸田文雄さんが出てきて「全額現金でもいいよ」って言い始めました。まあそりゃそうだよなあ。

 ところが、この年末の10万円給付については政策面で見ますとどのアンケートをしてみても非常に評判が悪く、それなりに国庫から出したカネを使ってるのに批判されるという悲しい展開になっているのが印象的です。どうしてこなった。それも、19日-20日に行ったアンケートでは、北京五輪への外交的ボイコットの賛否はまだ割れているほうなのに、子どもへの10万円給付については何と63%から66%が反対、賛成は30%台となっています。更問しているアンケートだけに反対が増えるのは仕方がないとはいえ、どうにも残念なことです。

 複数のネットパネル調査と、某所RDDを見比べても、年代別で見ると60代以上男性で批判が強く、お前らひょっとして子育て終わってる世代だから「子どもにカネなどくれてやるな」っていう考えなんじゃないの? と思ったりするわけですよ。なので、簡単な追跡調査をやって属性を取ってみると、厳密な数字ではなく傾向値としては、やはり「独身・独居世帯」で「50歳以上男性」に批判が強く上がっているような感じがします。

 で、次のグラフは「お前ら、文教系の政策についてどう思ってるの?」っていうネットパネルを使ったアンケート調査を2021年から2022年まで複数回やったときの年代別男性の各政策賛成の国民の割合の平均です。更問をしているので高く出る傾向にあり、また、分母がまちまちなので厳密な数字ではなく、あくまで参考値としてこんなもんだと思ってもらえればって感じですが。



 当たり前のことですが、教育に関わる問題は当事者だった若者および子育て世帯のほうが「教育関連の支出を増やしてほしい」ということで、とりわけ20代から40代のほうが高く、そこから子育てが終わったり、そもそも独身で子どもがいない層は支持率が下がる傾向にあります。つまり、子育てが終わったジジイはほぼ例外なく「国は教育にこれ以上支出するな」と考えやすいと言えます。深読みをすれば「俺が苦労した子育てに政府が支援していまの若い奴が楽をするのは許せん」とかいう話かもしれませんが、ともかく10万円の子ども給付には現金かクーポンかを問わず中高年男性には大変不人気な政策です。

 他方、文教政策で比較例示した「GIGAスクール(赤)」や「高校授業料完全無償化(緑)」のグラフを比較していただければ一目瞭然、年齢を重ねるほど「昔の教育のやり方のほうが良い」「ネットやパソコン、タブレットなどで勉強するのは勉強とは言えない」と判断していることになります。フリーアンサーを見ていても文部科学省が進めるパソコンを使った授業やアクティブラーニングのような子どもが授業に自ら参加し意見をしながら物事を考えていくタイプの授業には賛成しない傾向が強いと言えます。これも「分からない」と回答した人には、GIGAスクールや高校無償化の政策を再度説明して回答を求めているので賛成・反対が高めに出るわけですが、やはり傾向としては歳を取るごとに不人気な政策であることには違いはありません。

 ところが、グラフの形で見えれば「子どもへの給付」に賛成する男性が増える年代がありまして、概ね60歳を超えた男性は「給付に賛成」がグッと上がります。フリーアンサーへの回答率も他の政策アンケートに比べて高いのは、報道の量が多かったことと併せて歳を取って社会の持続性や子どもが置かれている環境を改善したいという気持ちが歳を取るごとに高くなったという背景があるのではないかと思います。

 属性別に見れば、やはり独身であるほど(r=0.63)、子どもや文教に関する政策に強い反対を示すのは当然として、独身かつ低所得者の47歳から58歳男性(r=0.77)は政策的に批判的な態度を取っています。また、この属性の支持層は共産党や立憲民主党のような野党支持の傾向が強いのも背景としてあるんじゃないかと思います。

 岸田文雄政権が今回の衆議院選挙で公明党が公約として掲げた子ども給付金への配慮をしたという話だけでなく、単純なアンケートでは反対派の多いように見える子ども給付金も裏を返せば「反対しているのは野党支持の独身中高年男性ばかりなので、無視でいいや」と思った可能性は高いんじゃないでしょうか。

 実は、それ以外の政策も岸田政権では「野党支持しそうな属性の反対意見はフルシカト」という方針を貫いているようにも見受けられ、いろいろ調査やってると「あ、岸田さんやその周辺は分かっててやってるな」という感じのものが多くあります。安倍晋三さん→菅義偉さんときたあと、謎の聞く力で総理の椅子を射止めた岸田文雄さん、率直に言って何をしたい人なのか良く分からないというのが本音なのですが、やっている政策の取捨選択が明らかに中間層寄りで、株クラや放漫財政派を敵に回しても持続可能な社会にするんやという国家社会主義的経済政策を躊躇なく取る、それでいてネットでのバッシングがあっても黙殺して真ん中の支持層を取りに行っているので年末に向けてあまり景気も良くないのに支持率が落ちないという背景がこの辺にあるんだろうと思います。

 で、12月に入って国民の求める政策が平常運転になりつつあります。コロナが一服して、オミクロン株が大変だと思いつつも「年金・社会保障」「景気・雇用」がワンツーに来たので、ああ、いつもの日本だなあと思うようになりました。

 また、安倍ちゃんのころよりも岸田さんがはるかに中道寄りになり、政策によっては完全に左派であるため、無党派層が左派ばっかりから右派も生まれたように見受けられます。維新の躍進と、支持の定着が見られ、健全な右派的野党がどうやらほんとに誕生したとみて良いのでしょうか。10年遅れてみんなの党がいまここに完成。

 クーポンの是非と疲弊する地方経済、対応のしようがない子どものいない自治体の話はYoutubeでも喋りましたが近日中にどこかで記事にするつもりです。

 そんなわけで、夜の街の消費拡大のためにちらりとクリスマスパーティに顔を出してきますが、来年はクリパできるんでしょうかね…。




 書評家を名乗る豊崎由美さんと作家の栗原裕一郎さんが、TikTokでの書評をして上手くやっていたけんごさんをTwitterでDISった結果、それなりに燃えていたのを遠くから眺めておりました。

 その後、ライターの飯田一史さんやCDBさんが言及していたのでふんふんと読んでいたんですが、なぜかお付き合いのあるテレビ局や出版社からもコメント依頼や状況説明の相談があったりして、まったく読んでもおらず詳しくもない豊崎由美さんの話をしなければならなくなったんですよね。みんな自分で豊崎由美さんの記事ぐらい読めばいいのに。私は読んでなかったけど。

豊崎由美氏「TikTokみたいな、そんな杜撰な紹介で本が売れたからってだからどうした」「書評書けるんですか?」~それへの反響 - Togetter https://togetter.com/li/1814617

 で、界隈の人たちからも聞かれるのでさすがに私も豊崎由美さんの書評を読み、また、近所の知人が親切にも石原慎太郎さんを腐した本を持ってきてくれたので目を通しておったわけですけど、この書評を読んでじゃあ当該書籍を手に取ってみようかとは思わないような内容でした。もちろん、年代や性別の違いなんてのもありますから、私は豊崎由美さんの書き物においてはマーケットの外なのでしょう。

 細かいことは文春でやっている連載のほうで論述するのでそちらに譲るとして(二日後の水曜あたりにネットで掲載されるようです)、この話の絡みで、昔のライター関係の武勇伝のようなたいへん酷い記事が中央公論に載っているというのでこれも買ってきました。

 中身的にはごく普通の中高年の武勇伝話が中心で、確かに老害とはこういうものだなと思ったりもするわけですが、ただ酷い酷いと言いつつも読んでいて対談としてはなかなか面白い。

コラムニストとは何者か 小田嶋隆✕オバタカズユキ|文化|中央公論.jp https://chuokoron.jp/culture/118597.html

 割り引かなければならないのは時代性のところで、昔の映画にタバコを吸うシーンがあったからといって、当時はそれが普通だったよね、いまの価値観で見ちゃいけない部分だし、それがかっこいいという表現だったころの話と見る側が弁えなければならないという意味で、ある程度読み手が分かってる前提の対談になってるのが印象的です。

 確かに昔は特に裏も取らずに好き嫌いでモノを語って良しとするサブカル系の文化があったようにも伝え聞くのですが、確かにこういう人たちがその界隈の最先端で走っていたのは間違いなく、その点では圧倒的に見ていて楽しいのです。ただ、自分もささやかながらコラムを書いたり、時事系の特集記事でライターさんや記者さんと一緒に記事を書いていたりすると、この対談で語られる武勇伝は、やはりとても「古い」。古いし、酷いけど面白い。

 ときは下って2020年にもなると、昔よりも週刊誌やネット媒体の影響力が上がってきたし、ネット媒体もブランド(媒体名)だけではお金を払ってくれなくなった時代に、いわゆる書き手の思い込みで書き飛ばして面白がることができる、というだけでは読み手がついてこなくなったなあという印象は強くあります。朝日新聞もJ-CASTも同じ土俵で配信され、下手をするとJ-CASTのほうが朝日新聞系のネット媒体よりもバズる時代において、朝日新聞というブランドがあろうと読者がどっちを支持しているのかは一目瞭然になってしまう世界ではブランドは無力なのかもしれません。

 そして、広告やっている人やネット媒体の状況に詳しい人ならご存じだろうと思いますが、小田嶋隆さんがメインで頑張っている日経ビジネスオンラインも、昔日の栄光は過去のものとなり、たぶんビジネス系オンライン媒体では一人負けにも近い惨状じゃないかと思います。かつては名門だったPL学園でこういうレジェンドがいて、まだ現役で頑張っていますという意味で読者と一緒に歳を取る、動物園のような仕組みです。

 同じ記事の書き手として、かつて一線で戦った昔ながらの書き手のロジックには私も共感するし、面白いなあと思う面も強いけれども、もう読み手はそういう面倒くさい、回りくどい書き手の人間関係など斟酌せず、書かれた文章のテーマと内容がカチッと合うか合わないかで支持に雲泥の差をつけるものなのだと思います。ひな壇芸人の人間関係がお茶の間からすればあまり受け入れられなくなっているのと同様、ライター・書き手同士の絡みとかよほどそこに注目している人でないと興味ないんですよ。

 だから、ある程度経験を踏んだオールドガードな人たちほど、豊崎由美さんの一連のTikTok書評批判には理解を示しているし、もっとネットの変化に晒されたり即物的に情報を扱う仕事をしている人ほど老害批判が出るのも当然であろうな、と。

 それが田端信太郎さんの「老害で何が悪い」議論へと繋がっていくわけですけれども、今回は本当に学びの多い、身につまされる炎上劇でした。






 人口減少に伴う衆議院議員の区割り変更(ゲリマンダー)について、10増10減ということで固まりまして、目下面倒な作業が発生しています。

 私の住む東京都は小選挙区が5議席増、比例代表が2議席増ということで、まあ人口面では大変だなと思う一方で、住んでいる地域で選挙区を割り、住民の一人一票を確実なものにする場合、見た目の一人一票はもちろん大事なんですけど実際には「都市部に住んでいる年寄りの塊」が「地方・田舎に住んでいる20代30代の若者の粒」を政治的影響力では派手に上回るようになります。

 いわば、公平を期待して一人一票の原則としてゲリマンダーを土地でやる場合、一番死票になりやすいのが地方在住の若者や勤労世帯であることは統計上明らかなので、もしも次に選挙制度改革をする場合は地域代表としての小選挙区だけではなく、年齢別代表制や性別代表制などアライメント別の比例議席なんかも設定すると選挙制度がカオスになっていいんじゃないかと個人的には思います。国会で若者代表が質問するとジジイ代表が激詰めしている場面がNHKで放送されるとか最高じゃないですか。

 で、その辺の区割り話をしていると、永田町方面から「小選挙区やめようぜ」という話が良く出てきます。常々小選挙区制の比例代表復活はけしからんという声が国民からも出て、せっかく小選挙区で落としたのに比例でゾンビとなりバッヂをつけて国会をウロウロするのはどうなのよという話も出ます。

 ただ、極論すれば小選挙区で与野党直接対決となり、1対1で戦う場合、50.1%と49.9%の得票となれば、負けた49.9%の有権者の票は比例復活が無ければ全部死票になります。落選したとはいえ49.9%で落選した候補と供託金没収される候補とどちらも無職になるのは制度上おかしいので、では惜敗率という考え方で政党の地域比例代表でリストに入り、党内での惜敗率が高い順に議席を占められる仕組みであれば有権者の死票が減るという点で理に適っています。

 他方、某東海でもそうでしたが小選挙区で供託金没収ライン未満の得票しかとることのできなかったれいわ新選組の泡沫候補者が、比例代表でれいわ新選組が議席を獲得したけど「お前は供託金没収のクソ候補者だから議員にしてやらん」ということは起きるわけです。

 小選挙区と比例代表の並立制は問題だよねって話は今回の選挙区割りでも隠れた大テーマです。しかしながら、むしろいま選挙制度改革が再び必要なんじゃないかと言われるようになったのは、もともと小選挙区制度が志向した二大政党による政治のダイナミズムを促すはずの仕組みが、実際には風頼みのポピュリズム政治・テレポリティクスを助長してるんじゃねえのという議論です。

 出口調査を紐解いてみると、政治家や政党、政策に関する情報についてはテレビ、ネット、新聞の順にメディア接触していて、特に新聞を読む年寄りの有権者と全く読まない若者の有権者でおそらく政党支持の構造が異なるということが何となく分かってきています。支持政党で見ても、有権者の政治姿勢とメディア接触時間には明確な相関がありそうです。

 これらは、日本の政治が安定し、それなりに与野党の政策論争が機能しているうちは良いのですが、仮にここで国の内外で大きな問題が起こって(台湾海峡で大規模な軍事衝突があったり、東日本大震災級の巨大地震が南海トラフで発生するなど)、その直後に衆議院選挙があったとき本当にそのときのダイナミズムを議席数に反映させて良いのかという問題があります。

 要は、突然与党が大爆発してまた旧民主党のように野党が政権を取るにあたり、いまの選挙制度はダイナミズムが強すぎて他国からの不安定工作やディスインフォメーション、フェイクニュースの被害を蒙りやすいよねという話なんですが、意外と私たちの社会がそういう政治的な「横波」に弱いんじゃねってのがはっきり分かってきたのもまた大きい。

 そういう「横波」を演出するのはまさに東京都を含む首都圏、愛知や近畿、福岡あたりの大都市圏であり、そこで主役になるのは都市部で暮らす高齢者の意向であって、そこがスイングすると政権担当能力のない特定野党が大連立与党へと脱皮することになり、滅茶苦茶になるよなあというのが選挙制度に対する危機感の本質なんだと思いますね。

 それもこれも、鳩山由紀夫菅直人両元総理と続いた旧民主党政権への政権交代がいまなお残る有権者のトラウマとして強く残っていることの証左ではあるのですが。



 さっき、中川コージさんが官邸役職兼任を解かれた木原誠二さんについてツイートしていたところ、これをよもやまさんがやんわりと優しく完全否定しているのを見ました。




 確かに中川さんの書いておられるように、経済安全保障の担当については「専任を置け」ということで、何となればその役職を軽く見ているのではないか、ひいてはこのテーマは政権としては重視していないという間違ったメッセージを送りかねないよねというのは同意です。

 見ようによっては木原誠二さんがこの辺を兼任していたのを部分的に他の要員に振り直すことは、ただちに日本の安全保障政策を担える人材の乏しさを意味すると解されかねないし、そもそも木原誠二さんが総理大臣補佐官としてこの問題から外れるとなると、彼より詳しく自民党内でも政権内でも相応に重み貫目のある人材がいるのかという話になってしまうのです。

 一方で、我が国が取り巻く安全保障分野で、とりわけ台湾海峡問題が日本の尖閣諸島問題とリンクしてしまい一気に国難になりつつある状態で素材や半製品などのサプライチェーン問題といった経済安全保障問題が直撃しますと、本来であれば危機管理監以下警察・外務官僚持ち上がりの部門と、政見をもって対応に当たる補佐官・政務官を担う政治家との間で大変な現場対応を余儀なくされます。

 で、具体的にいま何が起きているのかというと、例えばアメリカが二週間前の11月17日に米中安全保障に関する551ページにもわたるレポートを発表し、その前のディスカッションペーパーがわずか4ヵ月前だったのに山ほどアップデートされた文書だったため、これ方面の専門家が慌てて「力技で全部読む」という対応を余儀なくされております。

2021 Annual Report to Congress
https://www.uscc.gov/

 とりわけ重要なのは「Chapter 2: U.S.-China Economic and Trade Relations 第2章:米中の経済・貿易関係」において、日本がダイレクトに関係する(巻き込まれる)分野についても精査する必要がありますが、これを戦略面で読み解けるのかどうかが我が国の中枢にいる安全保障政策担当官には求められるわけです。例えば、以下の報告の内容を見て、あ、didiやalibaba(ant)、tencentのことだと一瞬で分からないと駄目なんですよ。

[Quote] Chinese policymakers seek a self-sufficient technology sector that not only is under the CCP’s control but also plays a critical international role. In 2021, the Chinese government expanded the breadth of its efforts to foster local technology champions, but it also initiated a range of enforcement actions against major nonstate Chinese tech firms. This crackdown is partly motivated by a desire for greater control of nonstate firms’ collection and storage of data, which the government views as a strategic resource and national security priority.

[抄訳] 中国の政策担当者は、中国共産党の支配のみならず、国内で完結する自給自足的かつ国際社会で重要な技術を有するテクノロジー部門を国内に置けるよう求めている。21年までに中国は政策として各地方の技術的主導者(学術経験者を含む)の育成まで試みを広げつつも、一方で中国が有さない技術を使う企業活動には強制措置を講じている。この取り締まりの理由は、中国政府が戦略物資と考え国家安全保障上重視されるべきと捉えている国民、取引、技術などに関する情報を非国有企業がもっと厳格に管理したいという狙いがあると考えられる。

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 逆に、中国がこれらの国内政策を推し進めるのは国内安全上の問題だけでなく、彼ら自身が考える戦いの枠組み(ドクトリン)であることが明確にアメリカから示唆されるということは、彼らが国内で統制しようとしている国民に関する情報を保全するだけでなく、中国政府は意図的に日本を含む周辺国や競合国に対して情報を取りに来ることをも意味します。

 問題は、そういう込み入った事情について安全保障関連でしっかりと物事を理解して即応できる政府担当者って政治レベルでどれだけいるのかという話であります。また、安全保障のコミュニティは戦略分野や軍事、外交、情報各分野も含めて各々ある程度分かれているために、おそらくは少人数の担当者で切り盛りすることには向いていない分野とも言えます。

 そうなると、担当大臣はきちんと置いたうえで政権全体の意志決定を担う、アンテナとなり手となり足となる人員がどれだけいまの自民党・公明党にいるのか、またどういうアプローチで物事を整理し、国全体の方針として貫徹させるのかは、かなり大変なことなんじゃなかろうかとも思います。

 高度な政治判断をするにあたり、適切に情報を収集し、分析して評価するプロセスに噛める政治家が、いまの永田町に何人いるのかって話になるとまあなかなかむつかしく、そこに組織プレーに向いたお人柄を持ち、選挙で負けていきなりいなくなるような弱い地盤ではない人を置かなければならないとなると、まあなかなかむつかしいよねと。

 さらには、ここ半年のうちに北村滋さんは健康上の理由で勇退され、杉田和博さんもご退任となり、その後はいわゆる公安警察ルートから中枢に入る後継者がいなければ普通の警察官僚の皆さんがこれらの情報を担うことになります。そのうえで産業・貿易政策にも絡む経済安全保障のテーマが重大なネタとして政権にのしかかり、少なくない確率で日本も関連する(巻き込まれる)インシデントも起きるぞとなると、本当に特定の使える人に多大な負荷がかかり、どうでもいい人たちはぶらぶらしているという事態になりかねないので、今後のためにも「政治家を見抜いて任せて育てる」ことを意識的にやっていかないとなあと思うのでありました。



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