月別アーカイブ / 2021年07月

 さっきドイツ赴任中の横田明美さんの記事が出ていて、読んでいて「あー」と感じておったわけです。

 ご指摘の通りなんですよね。

ドイツで政策を見て痛感…日本政府が「法治主義」を軽視しすぎという大問題
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/85384

 私も毎日新聞にコメントを寄せましたけれども、個人的には行政法(侵害留保説)の根幹だし、実際に行政がこれで酒類販売を規制するぞとなれば独占禁止法(優越的地位の濫用)にもあたりかねないので悩ましいわけですよ。

批判くすぶる酒類停止要請 騒動ににじむ菅政権の体質 | 毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20210716/k00/00m/010/466000c

 別でも論考記事を書くつもりではあるのですが、横田さんの話を日本の政策立案の現場、プロセスで見る限りは「裁量行政の遊びの部分もあるので、使えるものは何でも使え」という話になるわけです。

 感染症対策以外にも、例えば先日の経済産業省の東芝買収のプロセスなんかも同じ問題にかかってくるのですが、防衛産業なんだから外為法使って外資を排除しろとなり、水野弘道さんが出てきてハーバード基金に法外な恫喝をしたと報告書に書かれた件も、つまりは裁量の幅があり、それが合目的的に使われる場合に法治主義の本来の名目とは違うところで(場合によっては法外に強権的な)手段として使われるということを意味します。

 それもこれも、日本では何事かに関して先回りして政策議論を行って法的な手当てをするということがあまり得意ではないように思います。問題が起きてから他国の先進事例を並べて検証し、そこで「良し」となってから大綱が編まれたり法改正や新法の議論になるので、それまでは既存法の遊びの部分で裁量行政の枠内での対応を強いられるのも議論として出るのも日本流の法治主義であって、ドイツ法から見れば「そんなものは法治とは言えない」と言われればその通りなのであろうと。

 ワイからすれば、きちんとした立法によらずに業界団体を中心としたガイドラインを作り、それを遵守させるという日本の統治方法というのは、事実上の隣組みたいなものであって、そういう考え方があるからこそ今回のような「感染症対策のためには酒席を設けさせたくない」→「酒を提供する店に酒を売らなければ良いのだ」→「でもそのような法律はないので、金融機関や広告代理店を通じた『お願い』ベースでやればOK」という「民 対 民」の構造ができ、私権を制限された民間企業が訴え出ようにも行政側の姿が見えなくなる現象になるのでしょう。

 そんなこんなで面白いなと思って読んでいたわけですが、そこに来て池田信夫とかいう人が出てきて意味の分からない論考を反響として挙げていました。

https://twitter.com/ikedanob/status/1418107519377960964




 何言ってるのこの人? いきなり与太話が横から出てきて、しかもそれなりに池田信夫論に迎合する人もいるようで、この手の問題を理解できない人が少なくないという意味なんでしょうかね?

 このあたりの話はもう少し広く間口を取った議論が必要なんじゃないのかな、と感じました。

 

土屋敏男さんという元日本テレビの著名プロデューサーさんがnoteに出てきて「ほうれん草は会社を滅ぼす」というので、味噌汁飲み過ぎてテレビ局が傾いた話かと思いきや、勤め人に必須とされる報告・連絡・相談がクリエイティビティを殺いで生産性を下げ、結果として会社を滅ぼすぞという意味だったらしいんですよ。

 まずは、これ読んでみてください。

報連相は会社を滅ぼす|T_producer
https://note.com/t_shacho/n/n978028f372e8

 …はい、読みましたね。

 以下、私なりの解説。

 この土屋さんね、天才なんですよ。

 その天才が「これはいい」と思って考えた企画を上にいちいち相談していたら、「お前そんなことするな」というストップが入る。せっかく天才が考えた素晴らしいアイデアが、組織の論理や大人の事情で潰されていくことで、その会社が磨き上げなければならないフレッシュな感性(死語)によるエッジの立った(死語)企画力が失われ、つまらん番組作りになっていく。

 そう言いたいわけですよ。

 ところがですな、いまのyoutube界隈を見ていれば分かる通り、企画力というものは簡単に失われます。野良のユーチューバーが面白企画で爆発して登録者数を積み上げたにもかかわらず、ネタ切れを起こし、過激化した挙句に迷惑系になって逮捕されたり、企画が詰まらないとDISられて摩耗していなくなって消えていくのと同様、テレビ局の番組制作の最前線でプロとして30年近く一線を走り続けた土屋敏男の話を真に受けると大変なことになります。

 言うなれば、イチローが出てきて気持ちで振ればいつでもセンター前ヒットは打てると言われて「なるほど」と思ってしまうのと同義でしょうが、読んでいるお前はイチローではないのです。私は一郎ではあるけれど。

 そうなると、むしろ土屋敏男さんの話を受け止める側としては、報連相が会社を滅ぼす=現場が面白いと思った企画を握り潰す管理職になるな、という読み替えが必要なわけですよ。天才ではない私たちが天才的な創造性を発揮する現場の人の邪魔を如何にしないか。

 そして、そういう天才的な現場というのは大概において「結果は出すけどムカつく奴」であることもまた多く、迎合すればナメられるし、迫害すればさっさと辞めて他の会社で楽しそうにやられることになるし、人生ままならないなあということは往々にして起きるわけですね。

 だからこそ、ふうん、そういう世界もあるのだと線引きをするのではなくて、自分がそういう人物の上司にあたってしまったら、こいつのために仕方ねえなと土下座して回れるだけの度量が必要なのだ、という覚悟が大事です。

 で、私も子どもの頃は土屋さんが作っていた「元気が出るテレビ!!」は毎週観ていました。テレビをあまり観なかった山本家で、唯一と言っていいほど私が親父やお袋と見ていたのが土屋さん(やその師匠のテリー伊藤さんら)の番組だったわけですよ。爆風スランプを初めて知ったのはその頃で、私が大人になって「頭を深く下げる」のがかっこいいと思えたのはエンディングでコピーライターの川崎徹さんがカメラに深々と一礼しているのを見たからです(それと、大学時代に官庁訪問した際に、たかが大学生だった私に深くお礼をしてくれた国土交通省のキャリアの方)。

 その後、進め電波少年へと進んでくわけですけど、いまのyoutubeの企画ものでやってる若者たちの作風って、基本的に原型はすべて土屋敏男が通って行った後にできている。やるべきことは全部やったうえで、なお前に進んでる土屋敏男さんの後ろを、youtubeで登録者数200万人だ再生回数億単位だと言ってる若者たちが自分たちが築き上げてきたものであるかのように歩んでいっている面はあるのでしょう。

 んで、先日LIGでその辺を話してた土屋さんの記事を読み直したりしてました。LIGは潰れていい会社さんなのかなと思わないでもないですけど、聞き手の中野慧さんの引き出し方が光る記事であります。

視聴者・出演者すべてを裏切った漢。『電波少年』土屋敏男Pに、コンテンツ制作の極意を聞いてみた https://liginc.co.jp/462456

 一人の書き手として思うのは、インタビュー記事に限らず主語と述語が近いところでちゃんと対照している文章は読みやすいなということです。

 まあそういうことなので、凄い人の凄い発言は何も考えずに「おお、そうなんだ」と思って報連相しないと地雷を踏んで天高く舞い上がるだけだよ、ちゃんと含意を考えて読み解こうね、というお話でした。ありゃあ単なる武勇伝じゃないんだよ。




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