月別アーカイブ / 2011年06月

 ブログであれフェースブックであれツイッターであれ、クライアントからカネを貰って宣伝記事を書くな、って話じゃないんですよ。

 ただ、カネ貰ったんだったら、【広告】と入れないと、倫理上どうなの? って話で。ステルスマーケティングといえば聴こえはいいけど、要するに「サクラ」ですよね。第三者を装った。
 まあ、何を言いたいのかというと、大手のブログサービス提供者や、最近業績が良くない広告代理店の一部が、有識者や芸能事務所におカネを払って、ブログやツイッターなどで宣伝をしていて、これが最近ちょくちょく揉め事の原因になっているのであります。

 こういう話をすると、線引きはどうなんだ、倫理の問題であって触るべきじゃないだろみたいな話になりやすいんですけど、民間である程度「ここまでは許そうじゃないか。ただ、こういう事例になっちゃ駄目だ」という自助努力がないと、例によって公的機関の介入を許してしまうわけですね。

 このブログではカネを貰ったことがないんだけど、別に倫理的に清いとかそういう意味じゃなしに、変なステルスマーケティングへの「協力」の依頼はあります。ふざけんなと思うし、無視するんだが、ここに来て本当に相談件数が増えました。こうなると、読み手のリテラシーとかとは違う次元の問題だろうと思います。

 著名になってPVが増えるといろんな誘いが増えて嬉しいのかもしれないけど、やはり個人的にはその辺はしっかり分別して、カネ貰って書いてるなら堂々とそう書けよと思う次第。いやほんとに。

 最初読み始めたときは、軽く「えー。逮捕されてから本出せよw」とか思っていたわけですけれども、毎日新聞の誤報というか、フライング記事のお陰で、幸せな家庭がぶっ壊れるシチュエーションが切々と描かれております。なるほどこれなら逮捕前でよかった、と思う内容です。


 実話に基づいたもの、それも、犯罪を犯したと報道されちゃった側の壊れ逝く過程と、ひと段落して前を向き直した立ち直り加減がまた切なくも美しいという感じで。いざ「あなたの旦那さん、犯罪を犯して捜査されているんですよ」と新聞記者に取材でもされようものなら、確かに不慣れであれば動揺はしますよね。

 本書の中では、地方の法曹界の事情やら、意外に通らない正論や、立場の違いから来る仕組みと現実のジレンマなどが凄い臨場感で記述されております。というか、当たり前ですよね、当事者なんですから。でも苦しむきっかけはあくまで筆者の亭主が営んでいた行政書士さんが非弁をやらかしたという具体的な事案があり、その一方で、とはいえいろんなバックグラウンドがあるわけだし仕方がないじゃないのという部分があり、違法は違法だからしっかり対処しないといけないよねという社会の仕組みがあり、その社会の仕組みを転がしている無名の歯車な人々がいる。

 たまに、結構本腰で歯車に立ち向かう人たちがおるわけですけれども、ああいうプレッシャーへの対処って完全にダークサイドに落ちるか無条件降伏するかというような極論に走りがちで、陰謀論者になったりアウトサイダー同士でつるんで傷を舐めあって体制批判に精を出したりするのが通例なんですけれども、本書は軸足が完全に「家庭」にあり「夫婦生活」が砦であって、そこからまったく動かず事態に翻弄されつつ夫婦の絆だけで語り尽くしているという点が非常に新しい。普通は、もっといろんな登場人物がわいわいやるもんなんでしょうが、そこは一切ブレないんです。

 冤罪かどうかは別として、この手の問題に関心のある人は、ジレンマに関する入門書として、あるいは当事者はどう感じるものなのか、そういう視点でこの本を手に取られると良いのではないかと勝手に思います。

 本当に日常に戻られるかどうかは分かりませんが、無事ご出産に至るといいですね。我が家もそうですが、良い意味での非日常はそれなりに大変ではありますけれども。

 組織が大きかろうと個人事業主だろうと、関係者各位に必要な情報を送って事情を知っておいて貰って、そんで意志決定を求めるなり所定の方針に反対されないようにするというのは必要な根回しだと思うんですけどね。

 そりゃあ大御所が「俺は聞いてない」とか言って、非合理な根拠で反対に回るのはだるいし面倒くさいのもまた事実ではありますよ。お前に喰わせる飯など本当は出したくないっつーの。でも会議の席上で反対論ぶたれて、いちいち反論するのは相手の面子を潰すことにもなるし、なるだけ内々に話を通しておいたほうが、あるいは見落としがちな懸念点を洗い出してもらっていたほうが、合理的じゃないですか。
 段取りとか調整って、「本来の仕事じゃない」と思いたがる人が多すぎる気がしますけど、案件は着地し成立してナンボなところがあるので、それを嫌がって後回しにして、イザってところで反対されて頓挫するより、やりすぎるぐらい段取っておいたほうが、結局は成功確率が上がるってものなんじゃないですかね。

 案件の予習復習や、ある種の根回しってのは、物事そのものよりもはるかに大事なのに、上が権限を与えてくれないから反対が出て先に進まないとか、本末転倒なんじゃないのと思います。

 スタンドプレーが決まれば、そりゃあかっこいいと思いますよ、誰の力も借りずにうまくコトが運ぶのならそれはその人の能力の高さの証なんだろうから。でも実際にはねえ、滅多にそういうのは決まらないんですよ。露顕したら足を引っ張る人もいれば、自分のポジションにとってマイナスだ、となれば当然反対に回る人も多いんだから。

 むしろ、この案件は多くの人たちの意見を聞いて、しっかり議論を積み上げてきました、というほうが通りやすいし、本当に議論したらつまんない内容になるのでそっと落とし穴を仕掛けたり、握ってないのも盛り込んだり、いろいろ手当てをするわけであります。それができてはじめて、大人の仕事だと思うんですけどね。

 まあ、大御所に根回しにいった瞬間に切られて涙目とか、あるわけだけど。つまんないところを見抜いて仕事を停滞させる大御所には困ったものである。一刻も早く貴殿のお通夜に参列したいです。早く。

 まあ、あんまり事情に詳しくない人が「対米追従は解消しろ! 日本は米国債を売れ!」とか言うのは別にいいんですよ、感情論としては理解できるから。

 でも、間違ってもシンクタンクで飯喰ってる研究者が、仕組みもろくに理解せずに「米国債を売れ!」とか「復興財源に外貨準備を活用せよ」とか書いてるのを見ると、もう少しどうにかならないのかその知能は、と思ってしまいます。根津利三郎って人らしいんですけど。

第1特集:米国債を売れ!
http://mainichi.jp/life/money/kabu/eco/summary/news/20110603org00m020076000c.html
 昨日、溜池山王から地下鉄乗るときに売店の軒先に刺さってた「エコノミスト誌」@毎日新聞のヘッドラインに「米国債を売れ!」とか書いてあったので、馬鹿だなあと思っていたわけですよ。まあ、煽りというか釣りなんだろうなあ、雑誌を売るために必死なんだろうなあと思ってたら、上記冒頭記事がウェブに乗っかってて、結構本気で「売れ!」とか思ってて、こいつは本格的な勉強不足だぞと思ったわけであります。

 たぶん、この根津って人は、日本の保有している米国債を純然たる資産だ、と思ってる節があります。外国為替の資金特別会計の仕組みを知らないんだろうと思うわけですね。外貨準備ってのは、別段我が国の金融資産が積み上がってるわけではなく、国債と両建てになってるんだから、米国債を売っても我が国の国債が償還されるだけの話で、しかもそんなことをし始めたら猛烈な円高になって70円とか60円とかになってマジでカーニボーになって凄い規模の為替差損が出てしまうんで、普通の頭の人はそんなことはやらないし、実際に財務省も日銀も馬鹿ではないので当然そういうことは考えないわけです。

 もう冒頭のところだけでお腹一杯なわけですが、我が国の保有している米国債は、負債の裏づけとなってる資産では一応はあるので、米国債に投資せずにもう少し有効に活用する方法ねえのかよという話になって、なので麻生政権時代に外貨準備を一部取り崩してIMFに10兆円出資した事例が出てくるわけであります。

ブッシュ大統領主催夕食会における麻生総理大臣の発言について
http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/s_aso/fwe_08/hatsugen.html

 で、なんか知らないけど中川秀直さんが面白いことを書いてるわけですが。

1兆ドルの外貨準備の利権構造の可能性?
http://ameblo.jp/nakagawahidenao/entry-10915758028.html

 なんじゃこりゃ? 元ネタは暗黒卿こと高橋洋一せんせだったようでありまして、これがまた。

変動相場制の国に外貨準備は必要ない
http://mainichi.jp/life/money/kabu/eco/pickup/news/20110603org00m020073000c.html

 極論としては分かるんですが、現実には結構ヘンな話ですねえ、いつまでも未来永劫変動相場制であり続ける可能性がどれだけあんのかという話ですから。ちょっとずつ償還すればいいだろ、って5年にしたって一日あたり確実に1,200億円の円高圧力が確定してて、さらに介入したときには「いってこい」になるわけですから手続き論としても政策論としても杜撰です。突っ込みどころはいろいろあるにせよ、まあ金融機関を通して運用をするにあたって取引手数料を支払ってるから癒着だ利権だというのは実に乱暴な話です。国のためだけにサービスしているわけじゃないのですよ。ほかのお客さんと同等の手数料は国にも負担してもらわなければ困りますし、ECBもほかのセントラルバンカーも同じ手続きを取っていて日本だけが利権構造というわけじゃないと思います。

 議論のきっかけとしては良いんですが、もう少し現場や民間のことも考えていただかないと馬鹿しか騙せないと思うんですけどねえ。まあ、中川さんが利権だなんだとお話されるのであれば情報大航海での経緯なども胸に手を当ててよく考えていただきたいものです。外国為替資金の特別会計についての仕組みはこちら。

外国為替資金特別会計
http://www.mof.go.jp/about_mof/mof_budget/special_account/gaitame/gaitame.htm

 といったところで置物タイム解消のようなのでこの辺で。

 ということで、某経済団体の会合で置物となっておりました。

 面白い議論や香ばしい議論もたくさんあったんですが、いわゆる新成長戦略の柱というのが、どうもねえ。経団連の米倉さんが「安易な数字設定をコミットするべきではない」という趣旨の発言をされて、まあごもっともなんですけれども、とはいえ代案として重点成長項目の設定などで弾力的な財政・政策運用を、と言ってもそれこそ政治主導で実現するには何個もハードルを越えなければならないということは無視するのでしょうか。
 一連のドタバタで、宙に浮いているのは被災地支援や二次補正だけではありませんで、PPT関連やら産業育成を含む雇用創出やら、必要な議論が軒並み置き去りになったまま、どこまで菅政権が続くのかというチキンレースを見守るのみの状況になっていて居心地が悪いのもまた事実であります。

新成長戦略実現会議:経団連会長が欠席 「首相見限った」見方も
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110608ddm008010045000c.html

 中でも自由貿易を拡大するのに何故かセットで移民政策の拡充なんかも盛り込まれていて、それって関係ねえじゃんいまや日本資本の企業が海外に拠点を作ってビジネスしてんだから国内の労働力なんて重要なパラメータでもなくなってんだろと思うわけであります。金融収支を見てもその辺のことはみんな共通の理解になっているのに、90年代に提言した「多民族国家ニッポン」の旗をなかなか下ろさないわけですね。

 それって日本語しかできない日本人が日本語しか出来ない日本人に日本の中だけでビジネスして生きて逝きたいからそういう発想になるんじゃないかと思うんですけれども。

 私どもの会社も、いまでは蓋を開けてみれば利益の八割が海外事業での収益ですが、取引先は日本企業がメインなことは変わらないわけでね。もはや消費者がどこにいようと出先機関を作って現地で調達して仕事する方が利益が出るのであって、移民連れてきて安い労働力として日本で働かせて収益を上げようとか考えないほうがいいんじゃないかと。減り続ける日本人がどうのと言うけど、どっちにせよ成長市場は世界が相手なんだから世界から稼げればそれでいいんじゃないのと割り切る私は異端なんでしょうか。

 まあ、どうでもいいんですけどね。

↑このページのトップへ