月別アーカイブ / 2010年07月

 ちきりん女史が興味深いエントリーを投げていて、そこに挙げられた5つの国のどれよりも日本はドイツモデルの社会民主派が近未来的に近しいスタイルだと思うんだが、何故かあまり指摘されていないな。

“日本の将来像”をお選びいただけます
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100514
日本はアジアのイタリアに
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100730

 まあ、各々社会や経済の特性に違いがありすぎて、近似値なんて考えたってしょうがないし、あり得ないんですけどねー。

 どうもデーブ大久保が暴力沙汰をやらかして、埼玉西武ライオンズが解雇をしたらしい。確かにデーブ大久保の人間性をああだこうだ言う話はあちこちで聴こえてきてはいたので、いずれはこういうこともあるのかと思ったものだ。

雄星に暴力行為あった…西武、デーブを解雇
http://news.livedoor.com/article/detail/4915585/

 そのデーブを擁護するわけじゃないんだが… 体育会系管理職って「よかれ」と思ってこういうことをする傾向があったり、過剰に部下を統制しようとして暴走したり、お気に入りを選抜して派閥を作ろうとする行動原理が普遍的にあるような気がするんだよなあ。
 本来なら自由参加であるはずの朝練を強制にしてみたり、意に沿わない部下を殴るというのはもちろん駄目なんだろうけれども。組織にはある程度規律を保つ役割を買って出る嫌われ役の事務方というのは必要で、そういうのがいないといつまでもグダグダした組織になってしまい、まるで緊張感がない状況に陥ったりする。

 デーブが良い管理職だったとは報道を見る限り思わないけど、また部下殴っちゃうとか論外だと思うけど、そういうの以外の指導や統制というのも一緒に否定してしまうのもどうなのかと。遅刻を叱れないボスがいたり(私だ)、それどころか自ら遅刻してみたり(私だ)、自分で決めた段取りを忘れて部下に違う指示を出したり(私だ)、契約書などの捺印を忘れて重要書類の取り回しが遅延してみたり(私だ)、翌日朝早いのに飲みに逝ってしまい赤ら顔でアルコールブレスを吐きながら先方を訪問してみたり(私だ)、本当に申し訳ございません。

 でも、組織やチームプレーってのは、人間固有のでこぼこってのがあって、彼はこれが得意だがここは抜けているので私が見ておこうとか、全体の役割の中で私のポジションはここだからこれだけは落とさないようにしようとか、そういうところはある。また、部下が手がけている仕事を見て早いの遅いのだけではなく、向いているかどうかや、ミスしたときに修正が早いか(修正する意志があるか)とか、将来どうするとかの目論見をきちんと考えつつ仕事に取り組んでいるかとか、そういうところは常日頃把握しながら、結果として本人の能力が能力どおりに発揮され、結果としてチームとしてきちんと仕事がフィニッシュできるように持って逝かなければならない。

 数字が成績として出るプロ野球のような世界ならば、なおさらコーチとしての手腕は毎年問われ、役どころが見つからなかったり数字が上がらなければ解雇されるというプレッシャーも強く感じながらの仕事なのだろう。思い通りに部下が動かないから殴る、というのは許されることではないが、「ちくられて逆上」というような直情型の管理職が暴力沙汰を起こすまで西武が球団として看過してしまった、あるいは、デーブ大久保を注意したり是正させづらかったのはどういうメカニズムなのだろうと思った。

 西武といえば、出戻りの土肥やら工藤やら谷中やらの扱いを見ていても、一度は出て逝った人間でも暖かく迎え入れ直して他球団の空気を吸った人間を受け入れる度量のある面倒見の良い球団、というイメージがあるので、デーブ大久保に対してもある種の温情のようなものがあったのではないかと思う。渡辺監督になってから薄毛が功を奏してか物凄く明るいチームになったというイメージがあるので、品のない古侍のようなデーブ大久保は使い道がむつかしかったのかなと。

 ホームラン王になったおかわり中村を指導したり、ホームラン王になりそうなブラゼルと喧嘩になったり、とかく目立つことに関しては逸材なんだけどな。

 以前、じじい批判をしたところ、当該じじいだけでなく別のベテランの方からも反論を頂戴したこともあり、仕事の一山超えたところでもう一度書きたいと思います。

神々の黄昏というか
http://kirik.tea-nifty.com/diary/2010/07/post-b540.html
ソーシャルゲームとブラウザゲーム界隈でバブル発生中
http://kirik.tea-nifty.com/diary/2010/06/post-0b13.html
誰しも、人である以上は必ず終わる
http://kirik.tea-nifty.com/diary/2010/06/post-0df3.html

 事の発端は、あらすじ的に言うならば物凄くしょーもないことなんだけど、いまさらのようにソーシャルアプリの存在に気づいた最近パッとしない某重鎮とその一派がこれといった企画案もなしに「俺ならもっと面白いソーシャルアプリを作れる」と言い出し、もうすでに市場として終わり始めているソーシャルアプリの開発に「社運を賭けて乗り出すべき」と微妙な発言を社内でし始め、大口の据え置き機向けの企画がなくなって暇しているプロデューサーやクビになりそうなディレクターたちが自分の宛がわれるラインが増えると期待して「ですよねー」と太鼓の達人ぶりを発揮しているうちに実際のオンライン事業を推進している優秀な責任者たちが負担に耐えかねて次々と体調を壊して戦線を離脱する中、気がついたら事業全体の統括が可能なのは外注先であり傭兵である我々だけであった、どうする下期予算! というお話です。長い。
・ コンテンツは水物か

 水物です。とはいえ、確率を上げることはできますし、特定の客層がついているものであれば、その人が旬でいるうちは、何度でも稼ぐことはできるでしょう。実績があり、重鎮とされる人々は、どういう経過であれ一度その水物の勝負に勝った経験があるからこそ、ネームバリューがあり、彼が手がけるのであれば成功する確率が高いだろうと第三者的に判断され、GOを出すための材料となり、仕事になって部下が喰えることになります。

・ 旬を過ぎた大物

 一度、クリエイターとしてピークを迎えた人が、その成功ストーリーを終えたあとで、もう一度、全く別の分野や次のムーブメントの流れに乗ってコンテンツを当てることができるのか? というところが、ブラックスワン的な観点で重要な話になります。

 「ブラックスワン的」とは、まぐれで当たったことを指しますが、まぐれといっても無茶撃ちではなく、その人が持っていた素地が時代にマッチした、消費者が求めているものをたまたま先行して商品化していた、ということもあり得るので、結果的に一発屋的な大物として扱われることになるんです。

 また、旬を過ぎた大物、というと悪弊ばかりがあるように感じられるかもしれませんが、一度成功してみなければ体得できない感覚もありまして、もう自分が新たなクリエイティブを手がけたり主導して成功させることはできないけれども、次に旬になりそうな人の発掘や、旬になったときに「稼ぎ切る」ためにどうするべきか、といったスキルを持ち合わせる場合もあります。これらは主にその成功者の人格による部分が多いんですが、クリエイターで成功した人は人格的にかなりアレであることもあって、あんまり幸せな戦後を送れる人がいないのも現実です。

・ 作品と人格

 当たり前ですが、次の時代に来るクリエイターは、何々をやり込んで、自分だったらこうするとか、こう作りたいというような作品を踏み台にした制作意欲というのを持っています。また、偉大な作品を下敷きにして、リスペクトしながら、より時代にあった作り方をするようになります。自分が熱中し、没頭した作品に対しては信者化するケースもまた多くて、据え置き機からケータイゲー、オンラインゲーム、さらにソーシャルへとメディアの旬が移り変わっても「あの作品のようなタイトルを手がけたい」と願う優秀なクリエイターはたくさん出てきます。

 ところが、彼らがリスペクトした作品ほど、その作品を作った大物クリエイターというのはリスペクトに値しない人格を具えていることがあります。繰り返しますが、当然のことながら作品の質と、作品を作った人間の人格とは必ずしも比例しません。なので、「あの作品を作った大物の彼と一緒に仕事をしたい」と距離感を失ったクリエイターが寄ってきても、大物が彼を使い潰したり手柄を横取りしたりということは往々にして起きます。悲しいけど、現実にそういうことがあるんです。

・ クリエイティブとは誰のものか

 大物とされる人の仕事ぶりを見るに、その人固有の資質や才能でうまくいったということよりも、その大物をその段階で起用した企業や経営者が偉大であったり、大物の自由な発想を現実に商品やサービスに落とし込めるだけの制作部隊が優秀だったために大成功したというケースが往々にしてあります。確かにあの売れたゲームのプロデューサーは彼だけど、彼を起用した上の騎士団長のほうが優秀だ、ということがあるわけですね。

 会社としては「その会社の制作体制が優秀だ」というほうが事実に近くても、モノを売るための技法として、制作者の顔を見せようということで、最近は実名で堂々とクリエイターの立場や発言をメディアで露出させるようになりました。そうしているうちに、だんだんと本人も成功と自分の能力の「間合い」について勘違いするようになることもありえます。最終的には、給料や待遇についての認識にズレを起こし、ポーンと独立しちゃったりするわけですね。で、その後、そのネームバリューで凄い金額で発注かけてしまい、壊滅的な品質と記録的な販売低迷を打ちたててしまうケースもあるんです。

 でも、失敗しても次の仕事が来たりするんですね、大物だから。

・ 知力の問題

 私たちの経験に裏付けられた知識・ノウハウというのは有限です。経験していないことは分かりません。でも、新しい市場に打って出るときに、過去の知識や経験が必ずしも生きるとは限りません。だから、過去にどんなに据え置き機ゲームの世界で成功したとしても、次のメディア、また次のメディアでやってくる別の市場特性やお客様の要望に必ず応え切れるわけじゃない。なので、そういう環境の変化に対して、クリエイターや経営者がどう対処することが望ましいかという単一の「解」はたぶんないんです。

 解がないからといって、変化に対応しないというのはもっとも解から遠いわけで、必然的に環境に合わせてどう対応していくかを考える必要があり、それにいたるために必要なものは、私は知力だと思っています。知力とは、経験したことのない事象であっても、そこで起きる課題や問題について正しい方向に導き出すための力だと私は考えます。

 環境に適応するために起こす変化として、試行錯誤の回数を増やすために少人数制のチームにするとか、他の開発経験は乏しい人を積極的にプロジェクトリーダーへ登用するとか、別会社を作って機動性を高めるといった機動戦のドクトリンもあれば、より成功率の高い強力なIPを持つ他社と組むであるとか、強力な販路を持ったり優秀な顧客リストを抱えるための投資を増やすであるとか、よりグローバルな調達や市場を志向して国内・海外の組織バランスを調整するとか、縦深防御的なドクトリンもあります。

 現場でどれだけ人を殺したかというような戦果を多数抱えた歴戦の勇者から成り上がった著名な大物の威光ではなくて、どこの戦場にどれだけのどういう部隊をどう投入してどこの戦場を捨てるかを考える人なんだと思うわけですね。

・ 老害の条件

 金ばかりがコンテンツではないし、稼がないコンテンツだから無価値と言い捨てるつもりはありませんが、会社は株主の持ち物であり、利益を上げることが目的である以上、ある程度以上の収益性が確保できていないとどのような事業も存続させることはできません。

 いい物を作れば売れるであるとか、ネットやヲタに媚びればこれだけの数字が出るとか、過去売れたこのシリーズの作品であれば新しいメディアでも信者は買ってくれるとか、会社としてこのサービスを提供することは多少の赤字が出ても良いとか、試験的に赤字でもこのタイトルを投入するとか、現場に出ている者からすると「で、それは次にどういう展開を考えてのことなんでしょうか」と言いたくなるような主張をされるわけですね。全体のプロダクトのうちで、少数の何割かは試験的に・先行して進めるのは反対しません。でも、すでにレッドオーシャンになって、各社血みどろの争奪戦をやっているときに「とりあえず、これ出しましょう」とか平気で言う人が多いのが驚きます。

 それを言うのは、決まって社内で実績を掲げて保守的なポジションに来ている大物さんたちですね。傷つきたくないし、何かあったら誰かの責任にさせられるような保身の逃げ道を必ず用意しているんですよ。「失敗してもいいから、この予算でできる限りの品質を出してみろ」というブレない大物は、国内では一人しか見たことがありません。

 まあ、業界的に今後いろいろ動きがあると思うので、チャレンジする人にご武運を祈るしかありません。

※ 補遺

 「ブログに書くな! 直接俺に言え!」→会議中、直接本人に言う→「会議中に言うな! サシで言え!」→電話しても出ないのでメールを送る→「重要なことは直接会って言ってくれ」→アポイントを取ろうとすると多忙を理由にオフィスに来ない→ブログに書く(いまここ)

 実にいい感じで騒ぎになっておるわけですが。

Now legal in the U.S.: Jailbreaking your iPhone, ripping a DVD for educational purposes
http://www.crunchgear.com/2010/07/26/now-legal-in-the-u-s-jailbreaking-your-iphone-ripping-a-dvd-for-educational-purposes/
iPhoneのロック解除は合法に 米著作権局が決定
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1007/27/news022.html

 そんな馬鹿な、と思ったら、本当に更新されていた。素の文章を読むとどうにも狙い撃ち加減が凄いので「馬鹿な」が「馬鹿だな」に変わった気もするが、よく考えたら消費者の権利がより一層担保されることになるわけだから、開放社会に政策スライダーが動くことになって良いような気もする。うむ、良くやった。という感じですか。

Statement of the Librarian of Congress Relating to Section 1201 Rulemaking
http://www.copyright.gov/1201/2010/Librarian-of-Congress-1201-Statement.html
 USでは二年半に一度ぐらいの割合で例外規定を見直しているので、ちょうどタイミング的に凄いところでの更新となったのでありまして、政策的にまったく逆の志向で著作権管理行政を進めようとしていたEUやイギリスなんかでは「本当にやったのかよ」と半笑いの風情で対策に追われている感じのようです。

 ゲーム業界的にはHQリゾートとして赤丸急成長中のカナダも「右へ倣えでそっちへ向かうんじゃないの」とクレイグさんとかが言っておるのでそれはそれで微妙な雰囲気に。もっとも、違法ダウンロードが引き続き犯罪なだけで、元から著作権法上は個人利用の複製は認められてきていることを考えると、すぐさま影響しないはずだと心を強く持ちたいところであります。せっかくiPhone界隈はソーシャル含めちょっぴりARPUが回復してきたところで冷や水がかかると嫌な感じですしね。

 中期的には、それはもう著作権を巡る各国の方針の違いがここまで浮き彫りになったのだから、アジェンダ増え放題でやってられん感じでありましょう。いまはいいけど、再来年とか結構地獄を見るのかも知れず。

Computer programs that allow you to run lawfully obtained software on your phone that you otherwise would not be able to run aka Jailbreaking to use Google Voice on your iPhone(ユーザーが合法的に入手したアプリケーションを携帯電話で実行できるようにする)ということは、まあ誰が読んでも「非公認アプリを実行するためJailbreakすることは、USではDMCAに反しない」のであって、いろんな国やキャリアが「垂直統合モデルや! 超重商主義で排他的にして稼ぐで!!」とか言ってた連中が頭を抱えるわけでありまして。

Apple loses big in DRM ruling: jailbreaks are "fair use"
http://arstechnica.com/tech-policy/news/2010/07/apple-loses-big-in-drm-ruling-jailbreaks-are-fair-use.ars

 各国のブログを見ていると、appleへの各々の温度感や手触りの違いといったものが感じられ、通底しているのは「appleざまあw」か「何考えてるんだUS」かの二択で、しかも現段階では徹底的にどうでもよく、しばらくすると各国の著作権行政で「USではこうだ」という海賊系親米厨や某金髪が面白がり事務方は困り果てるという構図が見え隠れして心地よいわけです。

 Appleが何と言おうと適法である以上は、正式対応されないアプリでも起動させられるような仕組みを考える奴らが続出するでしょうし、非公認のマーケットプレイスとかネット上の闇市風に堂々と営業するのかもしれないですね。まあ、埋もれるアプリが今以上に増えるということでもあるわけですけれども。

 ここで出番だろエキサイトけんさk

借りぐらしのYahoo!JAPAN
http://japan.cnet.com/blog/kurosaka/2010/07/27/entry_27041339/
Yahoo!JAPANがGoogle検索エンジンを採用、ユーザへの影響は?
http://japan.cnet.com/blog/takawata/2010/07/28/entry_27041357/
【ヤフー、Google提携解説】検索の時代が終わった、それだけのこと【湯川】
http://techwave.jp/archives/51483414.html
 雑感など。

 まあ、すでに巨大市場にまでなって、あくまで成長率が鈍化傾向が明らかになっただけにもかかわらず「検索の時代が終わった」とか壮大な釣りを披露してしまう中年マスコミ人もいる中で、意外にみんな冷静に事の成り行きを判断しているように見えて「成熟したなあ」と思うわけです。見えようによっては、電通と博報堂がとりあえず営業窓口を一本化してみました的な部分もあるので、公取大丈夫かとか考えますし。

 大雑把に「デジタル分野の広告」は市場規模こそけたたましく大きくなっているものの、一件当たりの売上が小さく、仕組みで運用しなければならないポイントも多いこともあって、ずっと薄利多売の状況が続いていた。これをある程度打開できる方法論はもろもろ検討されてきたけれども、結局一番「投資負担の重いところ≒独自性」を落としてでも成長分野に投資の軸足を移していくという考え方もまああるのかなあと。

 みんな指摘していることではあるけど、USではBingを採用しているわけで、しょーもないところで日米でねじれてる。まあ、この辺の事情も二ヶ月三ヶ月するころにはかなり明らかになってくるんでしょう。

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