月別アーカイブ / 2008年06月

 なんか「ステルス爆撃機で人をたくさん殺しますとかいう荒唐無稽な書き込みをネットにしたら逮捕されるのか?」とか凄い相談がされている。秋葉原で刃を丸めた十徳ナイフで職務質問のすえ警察官がたくさん登場という事件もあったらしい。


http://q.hatena.ne.jp/1213641957


 まあ、洒落た犯行予告ぽい書き込みも冗談で通じないネットになって逝きそうだな。まあいいけど。

 ついに打率が勝率を上回ったベイスターズですが、今日も千葉ロッテ相手に貫禄の敗戦であります。序盤で11点差つけられて、終盤も手を緩められずにレイプされ放題、打線は吉村が順調に空砲、安打が繋がったのも初回だけという愛くるしさ。8安打放って得点は吉村のソロでの1点だけ。
 何と言っても投手陣。負け試合なのに七人投入。その中には鶴岡放出で巨人から得た真田の名前もありました。下位打線相手に被安打1与四球1という香ばしさ。秦も上がってくるなり6失点で凄すぎます。二軍では防御率0点台の秦がこの有様ですから、どうしようもありません。まさにマシンガン継投。


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 抑えに転向して、どうも適性がありそうだという評価が定まりつつある寺原の登板機会がまるでないことも含めて、ネタではすまない弱さの割に、肝心の大矢さんのキャラが弱くて、微妙に笑えないのが悩ましいところです。暗黒を受け入れられないファンによる暴動が横浜で起きるんじゃないでしょうか。


 大松が4回の時点で猛打賞確定ですからね。


 ここまでくると、洒落抜きに山下大ちゃんが為し得なかったシーズン100敗の金字塔を狙って奮起してもらいたいと思いますけど、うちのスワローズも充分弱いはずなんだよなあ。何でこうなっちゃったんだろうなあ。来年は三浦もFAみたいですしねえ。どうせですから、石毛さん招聘の方向で。ぜひ。

 この前のカンファレンスの分科会でも話が出ましたけれども、あれから数ヶ月経ってみて、結局情勢が一個もいい方向に逝ってなさそうだったので。まあ妄想混じりに書いてみるか。



 簡単に書くと、スクウェアエニックスにとって「ファイナルファン他事ー」ってのは大事なブランドであるし、そのブランドを冠したオンラインサービスであるから、あんまりブザマなやめ方はできないだろう、と思うこと。一方で、世界的なマーケットで見ればワールドオブウォークラフトのほうが圧倒的に出来が良く、アカウントも1,000万超え&稼働率はFF11よりはるかに高い状況を見ると、世界タイトルとしてのファイナルファンタジー自体は惨敗したと結論づけていい。


 単体で見れば利益が出ているとか、そういう細かい話は抜きに考えても、サービス開始してそれなりに時間が経過してて、もうサービスを支えるシステムもハードも限界なんじゃないかと妄想。っていうか、これだけの期間を同じシステムで振り回すことを想定して作ってたらああはなってないと思うんだよね。


 じゃあ投資加えてファイナルファンタジー11-2とか小細工かけて延命するとして、オンラインタイトルにおけるユーザーの続編移行率のべらぼうな低さは異常。まあ、ラグナロクとかリネージュとかエヴァークエストとか2になり次第クソタイトルになっているのは言うまでもなし。その轍を踏まぬ保証もどこにもなし、ということで、まったく違うタイトルをどう構築するんでしょうかという話になるのかなと。


 いろいろと動いている話は聞くけど、まともに「これ作ってます!」というような話が出ない理由も、恐らくは解決の方法そのものが見つからないか、何らかの理由で社内決定できないかで頓挫しているのかもしれないし、良く分からない。ただ、確実に稼動ユーザー数は減り、ゲーム内経済も回らなくなっていって、誰の目にも「終わった感」が出る前に手を打たないとブランドにまた傷がつくと恐れる部分はあるんじゃなかろうか。


 逆の見地からすれば、これほど見事な負け戦の撤退戦はないわけで、しかも局地戦ではなく、主力を投入した市場で正面から競合に負けて撤退をするのだから業は深い。経営的には早々にやめちまえばそれでしまい、なんだろうけれども、ユーザーが社会的に地位が低いゲーム業界の場合は、とりわけ変な注文がユーザーの側からつきやすいから油断ならない。


 どうするんだろう?


 で、中国市場向けへシフト、なんて話は前々からあって、まあこれはアリっちゃアリ。というのも、中国でコンソール向けとかDS向けとか正直ありえない。コピーされるから。でもマイクロペイメント的にユーザーの口ごとにネットカフェに回収代行させる形でタイトルを作っていく方法論は成立していて、大型タイトルが勝手に育つ(人口馬鹿みたいにいるし)し試行錯誤もやりやすい(勝手にサービス止めてもネットにガタガタ書かれる程度のことだし)のでそっちでドンガラだけ安く作って、うまく大規模システムで振り回せるようになってから日本市場向けに追加投資してやるって形は成り立つのかも知れんし、トライする価値はあると思う。


 問題は日本企業がサービス元だといきなりビジネス止められたり誰かに雇われた人海戦術のクラッカーが来たりするので、そこの解決がある程度見えたのもあって中国へのシフトを考えたのだろう。


 ただ、ブランド戦略じゃないけど、スクウェアエニックスに限らず収益構造とブランドマッピングは考え直さなければ会社が維持できないぞというのはどこの会社でも共通項であるんだろうと思う。5、6年前から国内市場向けの感性しかない制作グループに高給を払う余裕のなくなった会社から順番に、制作グループごと分社・独立させて厄介払いしたり、世代の古いクリエイターに難癖付けて追い出したりってことを徹底してやって、あとはセガサミーぐらいじゃね? という状況になってるように見える。だっていらねーもの、国内の開発スタッフ。国内だけで開発回収しようにも、そんな売れないだろ、日本国内。制作費上がってるのに。


 経済合理性だけで考えれば、ファイナルファンタジーに限らず、国内メーカーがオンラインゲーム市場の成長への対応に出遅れたように見えるけれども、回収の見込み方の計算式が韓国系などと違うし制作単価考えても割に合わないから、いまではオンラインゲーム市場が韓国系や台湾系、中国系の巣窟になってしまった。別に悪いと言う話じゃないけど、ゲーム業界、という括りで考えると人脈的にはまったく異質の「島」ができちまって大変。


 ところが、その島のほうが世界的に売れるゲームを作る感性が高いなんて話になると状況は一変するよね。といって、任天堂の作る子供向けゲームや実用ゲームが、ゲームをしたいマーケットにどれだけきちんと響いたか、というのはまた違う話になるけれども、お金を投じる側としては、慣れ親しんだ古き良きゲーム業界が培った侘び寂びモデルを諦めて、もっとハリウッド式の方法論の中へ飛び込んでいかないと駄目なのかな、と思ったりする。


 突き詰めれば、ファイナルファンタジー11を含むオンラインゲームタイトル群が示したものは、短期的には「どんなブランドでもいったん仕上がり時期は決めておかないとグダグダになる」ことと、長期的には「資金調達の規模と頻度が作品の寿命と収益性を規定するのであって、作品単体のクオリティだけで長続きするモデルは作りえない」ことだろうと思う。ゲーム会社が資金を求めて上場するだけじゃ駄目で、さらに資金やアイデアや技術を外部からかき集め、大きな風呂敷掲げたでっかいプロジェクトにしないとゲーム会社そのものが維持できなくなっている、というのが一方、もっとニッチでロリでも何でも特定嗜好エロをコアとしたフロス(泡)のような市場にきっちり対応した小銭しか回らない同人世界のようなミニ業界(というより界隈)というのが一方の両極端だけが生き残る不思議な世界になっちまうのかな、と。


 これ、相似形としてはハリウッド式の洋画と、単館上映上等の零細型邦画と、邦画から出て何とかハリウッドを真似ようとするテレビ局主導の邦画っていう図案と変わらない。市場規模だけ考えたらゲーム業界より一桁大きいけど。そこへ、カジノ法案だのパチ対策だの出口ががんがん塞がれて、もっともっと身動きが取れない世界へ変貌していくのだろう。ああ、もちろんカネのことだけを考えれば、だけどね。

http://www.transdigital.co.jp/ir/pdf/2008/0613kogaisyakabusiki.pdf


 さっき見てて気づいた。700万の小銭とはいえ、何をしているんですかねえ… 分からない人は登記でも挙げてね。


http://quote.yahoo.co.jp/q?s=9712.q&d=c&k=c3&a=v&p=m130,m260,s&t=5y&l=off&z=m&q=c&h=on
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=FN&action=m&board=1009712&tid=ffckdca5a8a5e0a1a6a5a2a5a4a1a6a57a1bc&sid=1009712&mid=82184


 なんかもうさあ。無理にババ引く必要もないだろうに。JASDAQも統合するんなら、どうにかしてくれよと思いますねえ。また次何かあったときは、義塾の中から誰か騒ぐとは予測するけど。

 ちょっと書こうとしている本があって、その延長線上で鹿児島出身者1ダースに囲まれるというイベントがあった。



 調べているのは調所笑左衛門(広郷)のことであって、あまり得意としない古典漁りなどをゆるゆると進めているのであるが、話の発端は大久保利通について。私は大久保利通が好みであって、時代の転換期にああいう大人を得たのは日本人にとってまことに僥倖なことだったと思っているが、現役の鹿児島人にとってはどうやらそうでもないらしい。


 まあ、その辺の機微は分からないでもないので差し置くとしても、不思議なのは理知的に大久保卿の業績を縷々説明して、それひとつひとつは得心あったとしてなお、鹿児島人は大久保卿が評価されることに不服そうな面持ちなこと甚だしい点だ。不思議でならない。


 私も慶應義塾の価値観でいくと大久保利通何するものぞ的な史観も理解するところであるが、ただし国家の成り立ちからその後のことまで見通す後世の人間なればこそ、パラダイムが変われば官民両様の価値観は成り立ちうることを知っている。大久保卿はむしろ、現代でも通用する清廉かつ有能な為政者、宰相であったと思うし、福澤先生もいまあれば今風の教育のあり方を考えられたと思うが、相互の立場は違えども


 ここまで書いて、もうどうでも良くなった。

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