月別アーカイブ / 2007年12月

 あまりきちんと読んでこなかったので何ともいえないが… 騒ぎになってきたようなのでメモがてら。これといって確報があるわけでもないため、ダラダラ書く。それが私のジャスティス。
 基本的に佐藤優現象とそれに対する批判は、”佐藤による、右派メディアでの排外主義の主張の展開が、リベラル・左派によって黙認されることによって成り立つ佐藤の「論壇」の席巻ぶり”と金光翔氏によって定義されているらしい。それほどのものでるかどうかは知らん。


http://watashinim.exblog.jp/6590201/


 週刊金曜日の記事で○×をつけている人はあまり多数ではないと想像するが、金光翔氏の考えるような「佐藤氏が立ち位置を変えてきている」と判断するのか、「佐藤氏は多筆が過ぎて有為なネタが枯渇してきている」と考えるのかでは前提条件があまりにも違う。


 ついでにこれ。


http://blogs.yahoo.co.jp/electric_heel/18860089.html


 よく読むと、佐藤優氏を攻撃しているようで、実は岩波書店や新潮社などで佐藤優氏の存在価値が非常に高く、問題へ対応を余儀なくされる出版各社の身動きの取れなさを語っているように読める。もし佐藤氏の言説に疑義があって、それをそのまま批判するのであれば、佐藤氏に有利な状況を記事中に言及する必要はまったくない。
 何でそんな批判の仕方をしているのか、私にはさっぱり分からんが、そう書いてあるのだからそう言いたいのだろう。


http://plaza.rakuten.co.jp/atsushimatsuura/diary/200712180000/


 この手の問題の湧き上げに絡んで、上記金氏へのカウンターが「金さんは、実は現役の岩波書店の社員なのです」という新潮の記事だとすると、非常にコンテクストがややこしい。率直に言うと、佐藤優現象というよりはある種のインテリジェンス病というか、受け手側の共同幻想の問題であって、佐藤優氏自身には何の身さばきもないのに佐藤優氏を観測し好感を持ったり敵視したりする人たちが勝手に揺れている状況のようにしか見えない。不思議だ。私が流し読みすぎるのだろうか。彼の本職にまつわる内容で是非を論じることは困難である以上、交際報道をされたジャニタレの動向に息をこらえて身悶えしながら注目するオリキと変わらない。


 その佐藤氏本人は、極めて情報としての価値の低い(ネットとしちゃ面白話題だし個人的には好きだが)親しくもない植草痴漢問題で毒にも薬にもならないネタを披露して埋め草記事を連載に書いている。植草一秀元教授が、単純に言論「のみ」に生きていたのであれば成り立ちもするが、ある一定の時期に権力の中枢に寄っていった政治家予備軍だったことを考えると、本人の言論とは無縁の痴漢の話題で彼を葬り去るのは好ましいといえないという議論は(価値観はともかく)説得力を持たないだろう。
 連載や露出が増えすぎているのもあってか、佐藤氏そのものが原稿一つ一つに充分な時間をかけられていないというのもあるかもしれない。


http://web.chokugen.jp/sato/2006/09/post_e536.html


 ただし、佐藤優氏は発言を続けていくことによって影響力を残し続けていかなければそれこそ「危ない」ので、恐らくは頼まれればどういう記事でも書くのだろう。論者としての佐藤氏は非常に優秀なのであって、そういった佐藤氏の活躍を肝心の左派(敢えてそう括る)が黙認できなくなってきた事情のほうが興味深い。
 その批判の端緒が、佐藤氏を使っていて「週刊金曜日」はけしからん、という話なのだろうか。


 ついでに、佐藤優氏自身が、ある種のマッチポンプの餌そのものにされているのかしらと感じる部分もある。いわゆる「持ち上げて、叩く」って奴だ。それだけ「論壇」にはまともな人が少なくなっているということの証左でもあるのかもしれないが、ともかく佐藤氏は出版社からすれば売れる著者であるという前提で持ち上げたり叩いたりの標的になりやすい。佐藤氏が絡むと売れるのだからそれは仕方がない。一方で、彼にインテリジェンスがどうとか言われると一般的な論壇の人からすると批判もしづらい(佐藤氏に笑顔で「お前、現実を知らなさ杉wwww」とか返される)ので、それ以外のところをせっせと叩いたり胴上げしたりするんじゃないかと。


 同様に、○×の観点から逝くと、必ずしも佐藤優氏は「毎回」本当のことを言っているわけではなく、効果的な内容を都度選んでいる書き手なのかなと思う。立ち回りが賢い印象を受ける。彼が知っているはずのないことを「これがその世界の常識だ」と断言したり、経験談らしきものをベースに膨大に字数を使って言いたいことは二行みたいな記事が普通に連載されたりしているものは、やはり気になる。一方で、その話はいったいどこから持ってきたのというような記事はやはりある。まあロシアの元スパイが毒殺された件とかな。


http://blogs.yahoo.co.jp/electric_heel/15576843.html


 最近のen-taxiでやられていた対談についても読んだが、その方面の見識に乏しい私には話の○×は分からん。誰か専門の奴がやっておくれ。


 ただ、佐藤優現象っての、「佐藤さんは来た仕事を断らずにせっせとやっています」という以上のものは特に感じないんだよね。佐藤氏が媒体を選んだり共著者の人選を考えなかったりしても、とりあえず活字になっている状況だけ眺めてみると、確かに佐藤優現象のようなものに見えてもおかしくない。その意味では、田中森一氏や宮崎学氏が共著者に並んだ瞬間に、きっとどういう推察を周囲に振り撒くかについて、佐藤氏はあまり考えていないのだなと思う。彼なりの権力闘争を考えた場合に、お行儀の良い論壇の人とか相手にするよりは、耳目を惹く組み方のほうが賞味期限が長く、結果として身を守ることになりうると考えているのかもしれない。


 それ以上に、佐藤氏のポートレートが見る見るうちにがんがん太っていくさまのほうが心配だったりする。佐藤優現象というのは運動不足に気をつけましょうということなのではないだろうか。このまま逝くと過労死になっちゃうよ。

デジタル放送番組の複製、「無制限」機の規制を検討・総務省
http://it.nikkei.co.jp/digital/news/index.aspx?n=AS3S21031%2023122007
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/joho_tsusin/joho_bukai/060904_2.html


 前に、物議を醸した記事を再読したけど、デジタル放送番組の複製って対策を取らなければならないほど大きな問題なんだろうかと思ってしまう。
低俗バラエティを地デジの高精細画質で見たいか?
http://diamond.jp/series/editors_dw/3/?page=1


 二次利用で期待するドラマなどの作品性の高いもんは、どうせDVDで好事家商売をするわけだし、その意味では映画業界の保護とあんま変わらん。それでも規制するのだ、ということであればそれは仕方ないけども、テレビ離れが加速して広告ベースの採算を落としかねない現状で採るべき施策なのかどうかと問われると疑問は残る。何か突っ張ってるうちに掛け金が上がってしまって、降りようにも降りられなくなってしまいました的な。話としてはネットにも援用されうる話かもしれないから気にはなるけどねえ。


 半可通として言わせて貰うならば、MIAUは池田信夫氏を筆頭に消火器持参の上で総務省に討ち入りを敢行し話をぐちゃぐちゃにすべきだな。こういうときの池田氏の戦闘力の高さは外野から観ている限り極めて貴重だ。面白いし。どうせなら株価が動くぐらいに騒いで欲しいね。

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