アフガニスタンからアメリカが撤退し、民主主義とはなんであるかが強く問われる事態となっているわけですが、日本を取り巻く環境もまた一変して、米中対立から台湾海峡有事で日本が再び冷戦の最前線に立たされる恐れが出てきている昨今であります。

 世界の政治と対立の歴史というダイナミズムについて、とりわけ近代世界史を知り、その中の日本とは何だったのかを思い致すのに最適なテキストが本書『日本人のための第一次世界大戦史』(板谷敏彦・著)であります。

 読め。



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 舞台装置として、いまでも喧伝される世界経済の大いなる結びつきと、進展するブロック経済、発展する鉄道や海軍力など輸送手段の拡大、メディアの役割、モザイクのような国家ごとが目指すむき出しの国益の姿… さまざまなものが、第一次世界大戦の話のはずなのに相似形として現代日本の迷える姿にダブってきて、これはこれで身につまされるところが大なのであります。

 歴史を学ぶことの大切さなんてものは誰もが口にする陳腐なものですが、どれだけ技術が進歩して、現代社会が過去とは全く異なる社会を構築したのだと誇ったところで、それを動かす人間そのものは太古の昔からそう大きくは変わっていません。これだけ貿易が進展し豊かになった世界が大規模な戦争など起こすはずがないと思っていた二か月後にはサラエボ事件が発生してそれをトリガーに大戦争が始まり、それもテクノロジーが進歩したがゆえにマシンガンと塹壕による膠着で長期間にわたる死者多数の悲劇が起きてしまったというのは大事なことだと思うわけですよ。

 航空優勢という概念が戦局を大きく変えた第二次世界大戦から局地的な戦争を経て80年、いまや世界は情報(サイバー)戦、デジタル通貨、航空宇宙といった知的財産を絡めた新たな領域での争いに発展し、いまや人が死ななくてもすでに戦争状態なんじゃないかとも言えるほどの緊張感のある世界観が広がっているのが現状です。

 翻って、いまの知識を持ってこの本が解き明かす第一次世界大戦の状況を俯瞰できたら… まるで、あらゆる要素が、社会も技術も政治思想も国民国家も文化にいたるまで、本当にすべての構造が吸い込まれるように「戦争」という一大イベントのために存在していたんじゃないかと思うぐらいに、国家・社会のシステムとシステムとが相互に優劣を競う、そんなカタルシスさえ感じさせてくれます。

 一口に国家の興亡と言えば簡単に聞こえますが、そういう優劣を露わにする各種要素は、人口から教育、産業構造、統治機構の出来の良し悪しと、あらゆる面で平和な時代からの「総力戦」の結果だったのだ、ということを思い知らされます。読んでいて、読む側が「本当に、いまの日本のこの状況で良いのか」というじっとりとした焦燥感に襲われるのも、本書が読者に鋭く問う歴史の深みであることは論を俟ちません。

 また、あくまで本書は「入門書」です。各項目について、非常に、非常にコンパクトにまとめられ、メインストリームの構造は読者に程よい理解を促してくれるという意味で大変良い「考えるための下地」を与えてくれます。ですが、各項目の細かい部分については解釈や意味づけにおいてもっと幅広な議論があり、詳しく知りたい、考えたいという人にとっては、やはり類書をきちんと紐解き、自分なりの解釈まで落とし込めるようにしておくべきでしょう。

 とりわけ、第一次世界大戦前夜の金融市場や各国政治体系、そこにいたるまでどのような政策議論があり、国益に関する考え方を持っていたのかについては、個別に知っておいたほうがいいかもしれません。イギリス、ドイツ、フランス、ロシアやオーストリア=ハンガリー、オスマントルコ、イタリアなど主要各国のバックグラウンドを知っておくことで単に当時のヨーロッパ情勢がどうであったのかだけでなく、現代にいたる対立の構造の歴史を示唆するに余りあります。

 私の好きなボードゲームに「ディプロマシー(Diplomacy)」というまさに第一次世界大戦前夜の欧州をモチーフにした傑作があるのですが、いまだに英語圏のプレイヤーとは年に数回、大学でメール対戦をするほど、世界的にも教養として定着している内容です。あなたの社会知識をより深いものにするために、読んで損はない一冊です。