怪著と言えば怪著で、物凄く読む者を選ぶ本書『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』ですが、執筆者の弁護士・壇俊光さんがセンシティブなブログを書いていたので改めて読み返しておりました。

8回忌?
http://danblog.cocolog-nifty.com/index/2020/07/post-00278a.html


『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』(壇俊光・Amazonリンクはこちら)

 通読していて思うのは「技術と友情を取り巻く話として熱い」のに「そこに至った環境は冷たい」というコントラストであって、もちろん理不尽なことがあったからこのような優れた物語が生まれる。その一方で、その結論は金子勇さんの望まれない死であって、イケてない某京都府警と司法制度全体のエラーという残念な現実があるわけですよ。もちろん、実名で語られる、事件と法律を取り巻く人々の裏側や、不条理に立ち向かう技術者と弁護士の友情が投げかけるものは決して小さくない温度差をモロに感じさせます。

 結局、何が正しいのか。社会正義を実現するために私たちや警察官検察官が持つべき健全な猜疑心とはどういうものなのか。あるいは、ひょっとしたらこれは社会的にアカンから逮捕されるかもしれないとブレーキをかける私たちの心にある公共心というのは、実は意外と陳腐な役所の人事で白にでも黒にでもされかねないものであって、運悪く見つかった人たちが送り込まれる地獄へのベルトコンベアーなのではないか。

 人呼んで「47」氏というチャーミングな技術者が辿った数奇な運命は、この世界でもっとも面倒くさい警察組織のラビリンスに絡みつき、そこで壇俊光という、これまた筋論にうるさいけど善良な精神を宿す弁護士と出会う。ある意味でサウナと水風呂の関係のように、また47氏サイドからすれば不当な逮捕の経緯を辿るにつれ、この事件が社会に投げかけたものを再構築し、惜しくも早逝してしまった47氏の果たそうとした役割をも読む者に印象付けてくれます。

 文芸読みからすれば、本作品は粗削りなところも多く「もうちょっとこうすれば」とか「説明が足りなくない?」などと感じる難読ポイントは随所にあり、技術と法律、そして警察検察という世界に興味がない人は容易に挫折しかねない内容ではあります。しかしながら、それを乗り越えてなおあまりある熱量と冷たく悲しい現実とのコントラストこそ単なる事実ベースの物語では終わらない、継続する未来を感じさせるのです。

 その点では、本書は文芸でありながら、かなりハイコンテクストです。逆に言えば、一過性の、いまサラッと読んで楽しく終えて何も残らないような、単なるエンターテイメント本ではありません。もしも自分が47氏ほどではない存在だけど、何かの理由で公権力の都合でハメられて、酷いことになってしまったときこんな情愛に満ちた解決へ一歩を踏み出すことができるのだろうか。あるいは、多少は公権力側の人たちと居並ぶとき、そのようなベルトコンベアーに悪質とも思えない人々が乗せられて笑っていられるだろうか。

 そして、新しい技術であれ、ネット社会であれ、現実には意外と読み解かなければいけないコンテクストをひとつ間違えたら簡単に罪を着せられたり、大変な思いをしかねないことはあり得るのです。それは、必ずしも警察官や検察官が悪徳な存在ではなかったとしても、彼らが単に仕事の一環としてこの事件はやらなければならないと判断したり、人事や得点稼ぎのために手を出してしまって引っ込みがつかなくなったり、結果としていろんな世の中に起きている不条理な事実を突きつけられることでもあります。

 「優れた人が、世間的に無難に生き抜くのはむつかしい」のは、結果的に優れた仕事を受け入れることのできない人たちのほうが多い社会の宿命でもあるのだろうなあと思いつつも、もしも最先端技術と法律の現場との相克を垣間見たい方はぜひ手に取って(ダウンロードして)見ていただければと存じます。



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