このところAI(人工知能)やアドテクノロジー、それに対する規制の在り方も含めた議論が各所で行われ、先週も事業責任者や法務担当者、政策関係者を集めた研修会などが立て続けに開かれたわけなんですが、牧歌的な時代のプライバシー関連法や個人情報保護の仕組みのころの気持ちの延長線上で「ユーザーが不便しないからいいでしょ」という楽観論が各所で聞かれたのが残念です。

 ちょうど問題となっている静止画ダウンロード違法化が自民党部会で通ってしまってゲームセット感が出ている状態ですが、これかて従前の議論をきちんと踏襲しながら有識者が議論を重ねてきたにもかかわらず、役所の得点として、あるいはちょっと前のブロッキング関連議論の意趣返し的なアプローチで反対意見を蹂躙したのは記憶に新しいところです。

 同じような問題がAI分野で出ないとも限らず、その中でも比較的一冊でこのあたりを網羅している書籍はないかとよく聞かれるので、私は『AIと憲法』(山本龍彦・編著)を強くお薦めしています。もちろんこれ一冊で全部の議論が分かる! とまでは当然いかないのですが、AIに国民が知らずに選別されてしまう危険性をきちんと表出し、国内や海外の議論も踏まえてAIがその万能さゆえに多くの差別や抑圧をしてしまう、それを多国籍企業がデータ資本主義の名のもとに「本当にできる世の中になってしまう」ことへの警鐘を鳴らしているという点で、目を通さないわけにはいかない内容になっていると思うのです。


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 で、産業面で言えば本書第2章で古谷貴之さん(京都産業大学准教授)が「AIと自己決定原理」で論じている内容の中で、アドテクノロジーと行動ターゲティングに関する自己決定の問題について、より複雑になっていくプロセスが詳細に論じられています。実際にネットでの広告を扱っている事業者からすると、DSP側からコールするユーザー属性データは必ずしも本人同意が得られていないものも含めて大量に流通し、標準化され、このペルソナの人物であればこの商品をこのタイミングで興味を持ちクリックするはずだという予測モデルに基づいてSSP側に投げて在庫を漁り、一番価格の安いタイミングかより関心スコアが高くなるであろうプロセスを引っ張り出そうとします。

 そこにはユーザーには利便性が提供されているからよいだろうという事業者側が判断する勝手なイノベーション受益を展開してユーザーのプライバシーだけでなく自己決定権にまで踏み込み、さらには移動データから行動ルーチンを逆算していくプロセスにまで入っていくことになります。主にこれらのターゲティングの犠牲者は広告を扱っている人たちならよく知っている通りタクシー乗客や高速道路などをマイカーで利用する人であり、移動距離から推定した所得や購買志向が勝手に個人に関する情報に紐づけられて解析され、SMSやプラットフォーム事業者を通じて広告がコールされる仕組みになっているわけです。

 逆説的に、類推される「AIと人格」(第4章:栗田雅裕・名古屋大学法学部准教授)では遺伝行動学的なアプローチにまでは踏み込んでいないものの、網羅的に示唆される論考が示され、またOCEANモデル的な人格の類推と人工知能による解析はすでにケンブリッジ・アナリティカ問題としてBREXITやデジタルゲリマンダーの問題も論じている「AIと選挙制度」(第7章:工藤郁子・マライカ株式会社コンサルタント/上席研究員)、「AIと民主主義」(第6章:水谷瑛嗣郎・帝京大学法学部助教)などでも細やかに議論の土台が示されています。AIと刑事法、AIと教育制度などなど、人工知能がその万能さ、有用さゆえにあらゆる社会基盤や制度に対して”挑戦”している状況をつぶさに見るに、何度も本書各章を行ったり来たりしながら、場合によっては自らの手を見て事業に直面しているAIの課題や、商業倫理、社会制度との蹉跌も踏まえてしばし熟考せざるを得ない内容になっているのです。

 本来であれば、各章ごとに一冊二冊と専門書が出てもおかしくないところを、手堅く取りまとめる各論客・研究者が独自の視点で膨大な議論の集積から紐解き、レファレンス的に議論を総覧できるこの一冊にまとめたというところだけでも充分な示唆を与える入門書と言えます。

 欲を言うならば、人工知能を扱う事業者や、業界を担うテクノロジーにまつわる実務部分についての言及が各分野においてもう少しあるならば、いまいま人工知能と事業の関係について思案している人たち(いわゆるリーガルテックを含む)の思考の手助けをより一層できたんじゃないかと思う部分はあります。

 また、刊行が18年8月であったため、この界隈の大きな動きの一つである日本政府によるGAFA対策でプラットフォーム事業者に対する公正取引委員会や総務省、警察庁、金融庁、消費者庁などの連携した動きなどが滑り落ちている部分があり、本書にかかわっている若き各論客・研究者のこれらの動きに対する論考なども見てみたいと感じたりもします。

 『AIと憲法』というテーマにおいては、とにかく分野が最先端であることも踏まえて執筆者の筆致が図らずも若々しい、というかみずみずしく、ああこれは彼らの研究に対して未来に幸あれと勝手ながら応援したくなるような内容でもあって、一方で通しで読むと各章ガタガタでギザギザ感のある論考を一冊にまとめるという力技にもっていった山本龍彦さんと日経新聞出版社の編集者との努力の賜物であろうと思います。

 AIというフロンティアを、ディストピアの道具にしてはならないという意志と共に、どちらかというと儲け至上でいったとき、あるいは中国のような国家統制の仕組みとしたときに、どう立ち上がるべきなのかも含めて示唆するところの多い書籍であります。

 ご関心の向きは、ぜひご一読いただければと願う次第です。

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 テーマとしても、各研究者の今後に光あれと思う気持ちも含めてどうぞ。


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