先日、乳がんサバイバーの川崎貴子さんが新しく開設された写真スタジオ「フォトスタジオ コノジ」で家族写真を撮ってきました。家内とは結婚10周年の節目であり、また、幸いにしてここ2年ぐらい家内が体調不良で闘病していたのがほぼ職場復帰できるほど快復したのもあって、やんちゃしかしない拙宅三兄弟もいつものお揃いの服を着てお伺いをしたわけです。

 執筆ものの仕事をしていると「不幸を飯の種にするな」とか「闘病記は本人にとって辛いかもしれないけど、みな似たような経緯になるので飽きられる」などと批判されます。うるせえよ。ただ、いったん視界に「死」が入っても、それを克服しようとする人は尊敬しますし、人生の質を上げようという努力を重ねておられる方が多く、ご一緒するにあたってお互い貴重な時間を大事にしようという気持ちになれるのは大事なことだと思っています。

「その程度で悩んでいる状態」こそ幸せであるということ 
http://bunshun.jp/articles/-/6950
フォトスタジオ コノジ 家族の絆を強くする貸し切りタイプの写真館
http://conoji.com



楽天ブックスはこちら

Amazonはこちら

 自分のことを書くのも何ですが、私も持病がありまして、脳動脈瘤奇形(AVM)という不思議な先天的奇病で、他の人よりも脳内出血のリスクが高い病気です。しかも、徐々にうっすら出血しているらしく、ほんのり血液内の成分が脳内で奇形の血管にぶら下がって検査するごとにちょっとずつカルシウムや石灰質の「球」がでかくなっていっています。まあ、爆弾を脳内に抱えているようなものです。パワプロでいえばサクセスで作った選手が途中で膝に爆弾を抱えるようなものでしょうか。

 あまりにも怖いのでタバコをやめ、最近は飲む酒の量を大きく減らして「長く、良い人生を生きよう」というモチベーションを持つようになりました。人間、変われば変わるものです。それもこれも、幸いにして良い伴侶に恵まれ、つつがなく10年の結婚生活が幸せに送れて、また子供たちも元気に育って病気も喧嘩もあるけど楽しくやっているのを見て、いつまでも幸福感を抱きながら暮らしていきたいという、若いころは「そういうことを考える奴は人間のクズだ」ぐらいに思っていた人生を40代になって迎えているのが現状です。

 また、以前は「すいません、脳内に病気があるんですけど」って脳神経外科に予約を取ってMRIを頼むのに3か月ぐらいかかっていました。なんせ、人間ドックで「頭の中に影がある。悪性腫瘍かもしれない」と宣告されたとき、確定診断をするためのMRIを受けるまでの3か月ちょっと、半分死ぬ思いで宙ぶらりんにされていたことを思い返すといまでも胸が締め付けられる思いがします。

 いまはというと、昔楽天におられた濱野智章さんが手がけておられる医療スタジオに行くと、あっという間に頭部MRIを撮影していただけるわけですよ。ありがてぇありがてぇ。とにかく便利なので、もっと知られていいと思います。特に持病に怯えるおっさんとしては。

画像診断クリニック メディカルチェックスタジオ
https://medicalcheckstudio.jp

wainounai_180412.png


 これが、ワイの脳内です。究極の個人情報ですな。この視神経の裏側にある、ぼんやりとした石ころこそ、悩みの種であり共に生きてきた悪友であるわけです。

 んでまあ、今回もまた「いま、お前はすぐそこにある死と向かい合っている存在だ」と知るわけです。もうこれはしょうがないよな。受け入れるしかないだろ、持病なんだもの。だからこそ、いつ死んでもおかしくないから悔いのない人生を送るようにしよう、この時代に生きた証を残せるような活動で限りある人生を精一杯送ろう、と願えるわけであります。家内といる一瞬、子供と過ごした時間、家族の憩いや介護の苦労も人生の一部として、乗り越えるとかいう単語じゃなくて自然に歩んでいけるよう、自分の心をチューニングする必要があるわけでございますね。

 その意味では、旧友の高山知朗さんが書き下ろした病気と向かい合う一冊にはずいぶん助けられました。




楽天ブックスはこちら
Amazonはこちら

 まあ、受け入れるしかないわけですよ。そして、漫然と生きているのでは見つけられない価値が、病気を介して自分と向き合うことではっきりと、見ることができる。限りある命だからこそ、その終わりを見据えて頑張れる。夏休みの終わりギリギリに宿題をやるよりは、もっと自分のペースで与えられた時間を使い、多くのものを見て、感じて、自分を知り、家族を愛して、その最後の瞬間まで歩いていくことの大事さ、って奴でしょうか。

 そうすると、意外と「生きている」って、価値のなさそうな、無駄な時間の集合体のように見えます。でも、実際にはその無駄も意味を持ち、それが繋がって、人生の豊かさへと広がっていく。豊かな人生は、困難と向かい合っていても価値そのものであって、自分にとって価値のある人生であると確信をもって歩けるのだと思っています。

 まあ、怒ったり笑ったり、悟りは開いたり閉じたりするものと弁えて、楽しく幸せに生きていくのが一番なんですけどね。