週刊エコノミストでの板谷敏彦さんの連載がまとまって単行本になっておったわけですが、これがまたまとめて読むと面白いわけです。




 なんというか「世界史好きなんだろ? 黙って買って読めよ。楽しいぞ」って内容でありまして、いわゆる通史としての第一次世界大戦前夜の欧州とアメリカ、日本、中国の状況が一望できる、真の意味で歴史の面白さが体現される本なのです。



 難点をひとつ挙げるとすると、世界史を知っていたほうが、この本に関しては絶対に楽しく読めます。おさらいとしてWikipediaでも目を通しておけ、捗るぞってノリはありますし、また、世界史における第一次世界大戦の意義なんてのをぼんやり把握してから読み進めることはこの本を二度読み三度読みするよりも楽に全体像が入ってくるという側面はあります。

 それだけこの著者の板谷敏彦という人物の知識の奥行きの深さ、のめり込み度合いの強さというものを感じるのですが、この本の隠れたテーマは冒頭から見え隠れしていて、つまりは「第一次世界大戦の詳らかな情勢を眺望しながら、その知識や経験をもとに米中対立下にある日本の安全保障について比較し熟考する」ことを読者に強く求めてやまないのです。

 良き時代(ベル・エポック)の終わりから第一次世界大戦までの動きは、世界経済が順調で国家間が相互に貿易を繰り広げていました。各国が経済相互依存の状態にあり、ノーマン・エンジェルの著した『大いなる幻想』においては「各国経済の高度な相互依存がある状態で、欧州諸国が戦争することなど考えられない」と論じて、欧州は平和を謳歌しておったわけです。それが、イギリスのアレな感じや「殺されそうなドイツ人」といったプロセスを経て、誰もが疑わなかった平和から徐々に誰も望まなかった戦争へと傾いていき、最後は総力戦とは何かみたいな話になっていくのが細やかにこれでもかと綴られているのが本書です。

 裏を返せば、第一次世界大戦前までに欧州最大となったドイツ経済の4割は他国との貿易によるもので、主要な貿易相手は他ならぬイギリスであり、現状の米中対立構造と言われるアメリカや日本の最大貿易相手国は中国であります。だから戦争だ、と言いたいのではなく、平和を実現し継続していくにあたり、経済的な互恵関係の安寧に身を委ねている間に戦争の萌芽を見逃すと簡単に平和など壊れてしまうのだ、ということをこの本は教えてくれます。

 そこには、国民感情や経済状況だけでなく、軍艦や鉄道、通信などの技術革新の状況や、それに伴う国威、国富の変動、国家や社会・民族の抱く熱意やプライド… 様々な要素が網の目のように絡み合い、みなで享受していたはずの平和が粉々に崩れ去っていく中を鉄道が兵站を支えて多くの兵士を前線に送り込んで次々と戦死していく姿がありありと映し出されます。

 読み進めるほどに引き込まれるのではなく、理性的であるはずの人の危機を前にした愚かな行動や、ストレスに弱い社会が過剰に反応するメカニズム、超大型インフルエンザであるスペイン風邪の後始末、力の均衡を求めたはずがとんでもない展開となるウィーン会議などなど、まあドン引きです。そのぐらい、この本には力があります。歴史の前には人間は無力なのだと思い知らされるぐらいに。

 そのぐらい、本書はお薦めです。黙って買って読んで悲しい思いをしましょう。
 ただ、今週末時間があるからゆっくり読もうとか、通勤電車で空き時間を活用しようという甘い考えはお薦めしません。読み解くのに時間を擁する本です。週末が3回ぐらい潰れるのを覚悟した方がいいです。また、巻末の参考図書では特に『第一次世界大戦』(マイケル=ハワード・著)は出色なので併せ読みとしてお薦めしておきます。

第一次世界大戦

 なお、人間の心の機微や、大国の心情を本当に知りたければ、7人友人を集めて『ディプロマシー』をやるのをお薦めします。まさに第一次世界大戦をモチーフとした歴史に基づいたボードゲームであり、シミュレーションゲームの大傑作です。通常、このゲームをやるのに集まった7名は、ゲームを終える頃に友情が破綻しているものと思います。

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 日本はこういう危機管理や安全保障に関する議論がナイーブになる理由として、この手の協調と裏切りが隣り合わせになったゲームに対する免疫が弱いんじゃないかと思ったりもするんですよね。

 皆様も良い週末を。