あまり講演とかセミナーとかには登壇しない私ですが、偉い人に頼まれて断り切れなくて地方都市で小一時間ほど喋ってきました。ただ、喋るだけでは終わらず、結局長居して懇親会まで若い人たちに囲まれてご一緒しておったわけですが、頂戴した講演料は皆さんの飲み食い代金に消えていきました。

 で、某地方国立大学と地元私立大学の方が8割超、残りは教員と保護者の方たちだったわけですが、200人ぐらい若い人がいて、就職率8割を超えているもののいわゆる正規雇用はその半分強ぐらいのようなんです。強い地元志向が仇となって、やりたい仕事が見つからない、正社員で雇ってもらえる働き口が少ない。それでも親元で犬と一緒に暮らしたいとか、地元に恋人がいるので早く結婚して落ち着きたいとか爆発しろ。留学経験はざっと見た限り一割もいない感じでしょうか。逆にベトナムやインドネシア、中国などからの留学生が二割前後と、なんか移民大国日本の縮図のようです。

 で、この手の若い人向けの話の定番として、あなたがたが30歳になったらどういう人生を送っていると思いますか、あるいは、自分の10年後は何をしていると想像しますかといった、自分の未来予想図を描いてみましょうというワークショップに雪崩れ込むわけですけど、あまり分類するのは好きではありませんが文系と理系では傾向がやっぱり違います。起業志向は5%もいない代わりに、半数以上の学生さんたちは年収は手取りで400万の正社員、結婚して子供が二人ぐらいで着ているというのが人生設計の標準だったりします。

 そんなものなのかなあ… 東京など都会に出たい人も少ないし、いまの就職状況や暮らしぶりにとても満足しているのだそうです。まあ、まだ社会に出ていないから彼らも体感できない部分はたくさんあるかもしれませんが、男性も女性も「自分はこれをやりたい」という明確な何かを固めるよりは、どこかに人生を預けて渡っていこうという意識がとても強いように感じます。それで良いとか悪いとかではなく、世代によって社会観が違うとうことなのでしょう。

 ホストになっていただいた教授も生え抜きと言えば生え抜きですし、いや、本当に最近のゼミ生はみんなこんな感じなのですよ、と頼もしそうな、それでいて突き放したような、そんな雰囲気でお話をされていたのであります。

 恒例の研究室巡りをして、地元の美味しいものを食べて、博物館の各学部の出し物もじっくり見て… なんだろう、この東京とは隔絶した感じは。時間軸が違うというか、生きるペースが異なるというか、よく言えば物事にじっくり取り組める環境だし、反面、生き抜く力の弱さというか、弱者の開き直りというか。まあ、鉄砲持って戦争に行く時代よりははるかに恵まれているのだろうと思いつつ、人間の持つ夢ってそんなもんだったっけ、と不思議に感じた紀行でありました。


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 鴻上尚史さんが質疑応答で面白いことを書いていると評判になっていたので、見物に行きました。

帰国子女の娘がクラスで浮いた存在に… 鴻上尚史が答えた戦略とは? (1/7) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット) 
https://dot.asahi.com/dot/2018081000019.html

 「帰国子女が日本のクラスに溶け込めず浮いている」という話が、日本社会の「同調圧力の強さ」と「自尊意識の低さ」でまとめられていて、共感を呼んでおるようです。その通りかもしれません。振り返れば、自分自身の高校時代にアメリカ育ちの同級生が半ば嫌われている(しかし、能力も高かった)のを見て、比較的自由な校風の慶應義塾高校でもそういうことがあるんだなと感じていたのを思い出しました。

 一方で、同調圧力という点では、4年ぐらい前まで私も仕事の関係でヨーロッパ(極東ロシアなど)での子育てを真剣に考えたことがあり、子どもたちを現地のプレスクールに通わせてみたときに感じた「先方の文化に隷従するという意味での『同調圧力』」もまた、それなりに凄まじいものがあったのを思い出します。ひとくちに同調圧力というけど、日本独自のものでもないし、よそ者が感じる悩みの一類型だよなあ、と。

 ぶっちゃけ、海外では子どもをきちんと送り迎えしない家庭に対する風当たりは強いものがあったし、乗っている車や持っているモノで相手の身分を判断する圧力も凄く、また、それなりに多民族で構成されているはずのプレスクールでも言質の語学の拙い子どもたちへの偏見もそれなりにありました。親としてこれはまずいと思って介入してしまえば、向こうの親も子どもも「そういうことか」」と理解してくれてどうにかなるわけですけれども、話し合ってもどうにもならないご家庭もまたあって、いわゆる文化差による戸惑いや溶け込めなさというのは相応にどこの国にもあるものなのだと痛感しました。

 然るに、アメリカから日本にやってきた帰国子女がクラスから外されている問題については、鴻上さんらしい解決策を出しているわけですけど、なぜだか同調圧力の強い日本は下で、自由を旨とするアメリカが上だというような雰囲気すら漂わせる内容だったので気になります。まったく統制の取れない海外の学校に子どもを通わせてみれば分かることなんですけど、生徒・児童が好き勝手なことをやり、先生も見守ることしかできないクラスに溶け込めないのもまた、ある種の文化差の弊害だと思うんですよね。授業どころではない学級崩壊に陥って悩んでいるのは日本の比ではありませんから。

 私の場合は結局、海外での学習環境にやや失望し、また親の介護も厳しくなってきたので海外での教育を私は諦めることになりました。で、文化的に全く異なる世界で暮らしてきた人を融合させることの困難さを、単に「同調圧力の強さ」という内容でまとめることは、個人的には理解はできるが乱暴すぎると感じます。

 それとは別に、私も留学していたころに語学学習をするにあたり、どこの学校でも親しく毎日クラスメートと暮らすにあたり、クラスや寮で普通にスクールカーストの問題があることはよく理解できました。良いとか悪いとかではなく、高校生ぐらいまではそういう序列ができてしまうものなのでしょう。自分は巻き込まれなかったけど、アラブやアジア各国から来た留学生が英語下手を理由にいじめに近い状況になったのを思い出します。

 鴻上さんに限らず「日本はこうだ」という言説については、もちろん大部分がその悩みを持っている人にとって福音になりうる一方、でも実際に海外では似たような事例がゴロゴロしていて、日本だけが特殊というわけでもない場合も多数あります。日本に溶け込めないアメリカ人子弟は、おそらくロシアの学校にいっても他でもなかなか溶け込めないのかもしれません。

 こういうのは、やはり海外の人と親しくしたり、仕事でご一緒したり、留学したり、子どもを海外で学ばせてみて初めて気づくことなので、ある種の日本特殊論って正当性を判断するのがむつかしいよなあ、と思ったりもします。もちろん、日本人が自分から主張しなさすぎるという意味で、国民性がはっきりしているというのはあるのでしょうが。

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 先月、わたしの会員制経営情報グループ『漆黒と灯火』の会員募集をしたところ、もっぱら海外(シンガポールやマレーシアなど)や地方でご活躍の事業者や士業の方からの問い合わせが多く、訳が分からなくなってきました。

漆黒と灯火
https://yakan-hiko.com/meeting/yamamoto.html

 「続いて一年かな?」と思っていた当会も、会員さんの熱量や運営の夜間飛行のご尽力もあって、はや4年目を迎えるわけですが、限定50名から60名ぐらいで制限させていただいていた会員数も見直そうかと思っております。毎月、東京で例会(有識者の方との対談形式の勉強会)を開いているのですけど、新潟や高松の会員さんが増えたり、なぜかシンガポールなどでも例会を! という話にまで広がっていて、私の想定とは違う盛り上がりになってきました。

 今月の例会は、東京工業大学・リベラルアーツ研究教育院准教授の西田亮介さんをお呼びして、以前上梓された『民意のはかり方』や『情報武装する政治』、『メディアと自民党』などの有権者といまの政治のありようについてお話を伺いたいと思っております。

 9月は、先日厚生労働省の「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」の座長をされ、東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学教室教授の渋谷健司さんをお招きし、社会保障制度の今後と、それを支える医療行政について、また、いま医療の現場で大変な苦労をされている医療従事者や医師需給の件についてもお話を伺う予定です。

 10月は、元スクウェア・エニックス社長、社団法人コンピュータエンターテインメント協会(CESA)会長を歴任された和田洋一さんと、コンテンツ業界の今後やコンテンツ事業の調達、技術の今後なども含めて、ざっくばらんにお考えを聞きたいと考えています。

 当会では、有識者をお呼びしての勉強会というよりは、雑談に近い対談形式のスタイルをとっております。あまり四角四面の座学をやってお話を拝聴といっても、正直将来のことは良く分からないし、参考にならないよなあと思うんですよ。むしろ、話していく中でふとした気づきや話の転がり具合、ちょっとした表情の変化などで、いろんなものを皆さんに感じ取っていただきたいと思う気持ちが強いのであります。というか、私だって未来や将来のことはまったく分からないなかで、広くお話をしていくことで手探りで生き残っていこうという状況ですからね…。

 これから景気も悪くなっていくかもしれませんが、当会でわずかに煌く灯火の光明が漆黒の未来で生き抜く手掛かりになることを期待してやみません。ご関心のある方は、ぜひフォームからご登録いただければ幸いです。

漆黒と灯火
https://yakan-hiko.com/meeting/yamamoto.html

 なお、蛇足ですが公的業務に関するご相談などは、当会では原則としてお請けしておりません(特に、仮想通貨関連や、人工知能、違法民泊など)。個別のご相談については、別途ご連絡いただけますと幸いです。


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すでに多くの人も指摘しているし、馬鹿馬鹿しいのでいちいち言わないでもいいのかなとも思いつつ、まだ変な記事がたくさん流通しているうえに、「この調査は男女や浪人回数などでの下駄を判定できるような正確なものではない」という但し書きもされておらず、まったく不正確なので一応書いておくわけですが。

全医学部に聞いてみた。男女の医学科合格率、こんなに差が大きかった【独自調査】 https://www.huffingtonpost.jp/2018/08/10/igakubu-data_a_23499881/

 当たり前のことですけど、受験する男性と女性がまったく同じ学力だという証明がない限り、本件がハフィントンポストの独自調査だろうが何だろうが「合格率に男女差があること」自体には何の問題もないわけですよ。

 ハフィントンポストに限らず、単純に男女の受験者数と入学者数とを見比べて記事にしたうえで、男女差があることを批判するようなネタが多いのは、報じる側のリテラシーの問題だと思うんですよね。

 ある程度自由に受験でき、医学部浪人生も多いであろう医学部受験において、受験生が多いことそのものが受験生の点数が高いと証明できるものではなく、また、「女子の合格率に大きな差が生じている」からそれが医学部受験制度は問題だとする根拠も特にありません。

 当たり前のことですけど、浪人生が多数いて、記念受験が多くて、受験日程がどうかによっても変わる話ですから、その辺も考えずに単純な割合だけ並べて高い低いグラフにする馬鹿記事はいい加減辞めたほうがいいと思うんですよ。

 例えば、私が良く知る慶應義塾大学医学部は、最終入塾者数を意味する合格者数は、男性よりも女性の方が多い0.55となっています。体感としてもそんな感じなので事実だと思います。ハフィントンポスト的には女性の合格率が高く出るので「慶應はいいね」と評価されることになるのでしょう。

 しかしながら、実際には慶應義塾大学医学部への受験者は高い偏差値の壁があり低い偏差値の医学部志望者がまず受験を見送り(日程の問題もある)、また、慶應義塾大学医学部を目指す偏差値の高い優秀な男子学生は概ね東京大学理Ⅲや京都大学などを併願しています。

 その東京大学理Ⅲの合格者は男性79%です。

東京大学理科Ⅲ類
http://www.igakubu-yobinavi.com/university/u17.html

 つまり、併願している人とは… もう分かるな? ってことで、実質的な入学者数と、書面上に受験者数とを並べてみたところで、本質的な問題である恣意的な点数の操作云々なんて分かるわけがないだろということになります。

 当たり前のことですけど、この辺の議論は厚生労働省もよく認識していて、医師需給分科会では女性医師は男性医師に比べてどのくらい「戦力」になっているのかも含めて議論しています。

医師需給分科会
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-isei_318654.html
新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000160954.html


 この辺の話を全部見ないか知らずに数字だけ見て「下駄を履いている、けしからん」「女性医師の働きやすい環境を」という安易な結論を導き出すべきではなく、その辺の話はすでにいろんな議論を経ていることも踏まえて報じろや、と思う次第です。


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 ちょっと東京を留守にしている間に、沖縄県知事の翁長さんが亡くなられるというショッキングなニュースがありました。

沖縄・翁長雄志知事が死去、67歳 9月にも知事選:朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASL886HNML88TIPE02Y.html

 知人の会合やご紹介の席で3度ほどご一緒しただけではありましたが、非常に問題意識が鋭く、また本土の政治の在り方についてと沖縄の現状との落差に非常に悩み、嘆き、憤っておられるさまが大変に印象的な人物でした。個人的には意見が全く合わない部分もありましたが、問題への取り組み方は非常に誠実で、また、お歳や立場の重さにも関わらず行動的で直情の動きが物議を醸していたものの「ああ、あれは翁長流だよなあ」という感じです。

 今年お会いした際には「沖縄の考えや在り方を伝えられる後継者を」というお話を繰り返しておられ、きっと何か思うことがあるのだろうと感じていたところ、思いのほか病状が早く進行されたのか、非常に惜しい形での訃報になってしまい残念でなりません。親族が同じく膵臓がんを患って長く闘病しているお話をした際には、笑って闘病仲間によろしくと声をかけていただいたのが心に残ります。

 おそらくは、まだまだ長く政治活動を続けていかれるお考えだったと思います。また、翁長さんの支援者の方々も、沖縄県民もこれからどうするかを未来志向で翁長さん中心にお話しされていたようですし、この翁長さんの「次」を考えることのできないうちのご逝去には胸に来るものがあります。

 この人ほど、沖縄を愛した人もいないんだろうなあと感じますし、沖縄に面した海の広さを感じさせるような、本質的には心の広い、穏やかな御仁でした。状況が許せば、違う考えや意見にも「そういうお考えもあると思います」といったんは受け止めることのできる度量、また、湧き上がってくるさまざまな意見を掬い上げる力は相当なものであったとも思います。そうお付き合いが深いわけではなかったのですが、お話を直接お伺いしている中では、最後まで「現場の人」「現場想いの政治家」を貫かれたのだなあと惜しむ気持ちでいっぱいです。

 「東京の人は、どうしてわかってくれないのかな」って笑いながら仰っていたのを思い出しながら、彼の遺志をきちんと繋いでいけるような沖縄政治であってほしいと心から願っています。


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