石破茂さんの挙動が話題になり、また一部で長期に及ぶ安倍晋三総理の政権への忌避感もあって、自民党内の反安倍層の取り込みが進んでいるらしく、巷では「石破善戦、でも敗戦必至」という流れになっておるようです。

 以前より石破さんの能力や人望には皆が一目を置き、私も何度もご一緒する中でその政治家離れした識見や潔癖さには驚くところです。勉強熱心だし、筋論を大事にする姿勢は評価されると思うのですが、なにぶん筋論を通し過ぎることもあり、モリカケ問題のときは特に、「安倍政権が守勢に回っているときに党内から背中から撃つ」と酷評されておりました。石破さんらしいと言えばらしいのですが、タイミングも言うべき内容も苦しい人からするとイラッ☆とする部分はあるんじゃないでしょうか。
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「『原理原則が大事だ』と言ったら『弓を引いている』と誤解されました」石破茂さん改造直後インタビュー(山本一郎) - Y!ニュース https://news.yahoo.co.jp/byline/yamamotoichiro/20170810-00074190/

 また、自民党総裁選であるのに、石破応援団がほとんど野党左派の面々だったり、沖縄や社会保障の話に安易に踏み込んで、具体論もないまま既存の議論のちゃぶ台返しのようにすら見える内容に終始してしまうのは非常に残念でもあります。真面目な政治家であるがゆえに、構想力というか、大きな絵を描いて日本の将来を託せる資質を示す風には見えないのです。

 党内ならずとも「これは石破新党でも作るつもりなのか」とすら言われてしまうのは石破さんにとっても不本意でしょうが、ここでちゃんと総裁選に出たという事実が大事ですし、良い戦いを期待していますし、頑張ってほしいと思います。

きょう、大変お世話になった方の偲ぶ会があり、長らくのご闘病もあって非常にご苦労をされたご遺族を慰労しつつ故人の多大な業績やお人柄を関係者一同しんみりと話して、二次会もしめやかに盛り上がり、これもご人徳ですねということで、赤ら顔の中年男女がひとしきり献杯を重ねておったわけです。

 で、思い出に浸りつつほろ酔いで帰ってきてみると、また東京地裁から封書が… 何だろうと思って見てみると、記事削除を申し立てる仮処分やるから申し開きのうえ一度顔を出せやという「あっ、はい」案件でした。

 しかし、そこで削除しろと言われている記事に心当たりがない… と思いきや、なんと削除対象となっているサイトは「市況かぶ全力2階建」とかいう知らないサイトでした。

市況かぶ全力2階建
http://kabumatome.doorblog.jp/

 あの、それ、私のやってるサイトじゃないんですよね。私のサイトはここです。

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 なんかみんな勘違いしてない? 私、そんなサイトの主宰者じゃないんですよ。誹謗中傷なんてもってのほかです。酷いことを書く奴がいるんだなと同情はしますが、それは私じゃありません。

 繰り返しますが、それ、私じゃないんですよ。

 以前にも、別の会社の記事削除の文句が私宛に送られてくるという事件があり、何だろうと思ったら、その弁護士の人が電話で言うには「どこぞの弁護士会でやった有志勉強会で、その市況かぶ全力2階建っていうサイトが山本一郎による運営だと説明されていた」とのことで、みんな私が運営しているって思っていたらしいのです。

 違います、それ、私じゃありません。

 そういえば、私も見ていない銘柄の株の上がり下がりで山本一郎の仕込みだという風評が立っていると連絡が来てみたり、鉄火場になっている銘柄の件で心当たりがないのに新聞記者さんから取材依頼があったり、摩訶不思議なことがここ数年多発しているのです。

 いや、私は知りませんから。そのサイトの運営者じゃないですし、書かれている内容は私は全部は読んでませんから。もちろん関心のある記事は読みに行きますし、Twitterでは相互フォローもしていますよ。

 でもそのサイト、私じゃないんです。実際の運営者も知りませんから。

 皆さんも周囲に弁護士のお知り合いがいらっしゃるようでしたらお伝えいただけませんかね、あの市況かぶ全力2階建の運営者は山本一郎じゃないって。お願いしますよ。

 あと、ついでに言いますがアルファルファモザイクや虚構新聞なども私じゃありません。単によく読むのでRTしてるだけで、違いますから。

 いやほんと、私は無実ですし潔白です。何もしてません。

 明日朝早いけどこれはもう寝酒待ったなしですよ。飲まないでやってられるかい。

 でもまあ、市況かぶ全力2階建はこのような問題を気にすることなく全力でサイト更新を進め、暗い世の中を照らす光の一本として頑張っていっていただきたい。疑われたのが私で良かったな。発信者開示請求すら満足にかけてこない士業を雇った事業者も、まさか振り上げた拳が人違いであり、相手が私だったというのはネットに笑いしかもたらさないことを気づいて欲しいんですよね。

 まあ、私が申し上げたいのは、私じゃありませんってことです。
 皆さまには是非ご理解いただきたい。間違っても、あいつが運営者だ総会屋だと無責任な風評を流す川上量生のようなしょぼくれた真似はやめてほしいと願う次第でございます。

 今後ともよろしくお願い申し上げます。


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ムスリム名がハサンとして知られる知識人・中田考さんの痛快本。

 通り一遍で流し読めば、イスラーム通の資本主義批判本のようにも感じられますが、いや、この本は面白いですよ。まずは第一章だけでも読んでください。



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 まず、冒頭に私たちはなぜバカであるかが解説されています。論旨明快。ああ、確かに私はバカです。本当に申し訳ございません。また、私たちの身の回りに、どうしてこうも自己啓発の類が多いのか、自己憐憫のような「あなたはそのままでいい」「頑張れば夢は叶う」という無責任な言説があふれる英るのかが解説されています。”所詮ミミズはどんなに頑張ったってヘビにはなれないんだから、カエルに挑もうなどと途方もないことを考えず、お前はミミズにすぎないという自覚を持て”とか言われます。あっ、はい。強烈なアンチテーゼなのですが、つまりは世の中には「分を弁えないバカ」が多いからこそ、バカ相手の商売として成り立っていると中田さんは喝破するわけです。

 そして、イスラームの教えの根幹でもある、私たちは神を喜ばせるために生きている原則を元に、現代人の承認欲求などどうでもいいという結論へ、ぶっとい明確な論理構成で読者を導いていきます。

 もうこの時点で「中田考の説くイスラームの華麗なる世界」になるわけですが、バカの象徴としてのトランプが語られ、また老人は役立たずだからさっさと枯れていいし社会保障など要らんというハイブローな議論が続いていくわけですけど、それもこれも、現代西洋の自由・平等・博愛といった「普遍的価値」に対する強烈な批判とともに民主主義の欺瞞、建前としての人権など、読む人が読んだら本書を真っ二つにしたくなるような内容のオンパレードです。

 でもそこで立ち止まってよく考えると、思い当たるものが多々出てきます… 本書で指摘される、私たちの「どうするべきか」は、確かに学校教育や家庭の躾で培われた、ある種の洗脳に過ぎないことを。中田さんのイスラーム論を通じて、私たちが当たり前のように乗り続けている満員電車も学歴社会も権力構造も、実は社会の中の決まり事という集団催眠のようなものを「当たり前だ」と受け入れた結果、社会全体が不幸になっているのではないか。

 読み返していけば、神から与えられた生命は神を喜ばせるために使う、その神が喜ぶ行為が生きる者にとってやるべきことなのではないか、というのは、一神教の世界観が神なき現代に投げかける強烈な思想のひとつです。

 中田さんが神に代わって問う:

「何をしたいか」
「何をできるか」
「何をすべきか」

 これを知っている人間を「賢い」とし、すべきことをしているから生きていけるのだ、とバカが幸せに生きられる処方箋にまで結びつけているのを”面白い”と評するのは不遜でしょうか。ミミズの例えといい、身の程を知ることの意味を語り下ろすあたりの議論の深みは、(賛否両論あるとは思いますが)何度も思い返してみたい思考実験のひとつです。

 「世界に一つだけの花」と思い込みたい気持ちは分かるが、すべきことをしていないお前に価値があるのか、と真正面から投げかける問いの重さは、むしろ神から与えられた限りあるこの命を謙虚に生きろという自己啓発の対極にある冷静さを授けてくれるようにすら思います。

 もともとの詩人・金子みすゞの一節「みんなちがって、みんないい」という肯定的な価値観に対するパロも含めた本書の解説を田中真知さんが翼を広げるように論じているのもこの本の巧さを感じますし、池内恵さんの中田考論も併せて読まれると面白いんじゃないかと。

自由主義者の「イスラーム国」論~あるいは中田考「先輩」について
http://ikeuchisatoshi.com/i-1209/

 この本にわずかながら要望があるとするならば、インタビューの語り下ろしとしてまとめられた本書を、中田考の考え抜かれた言葉に置き換えた完全版が欲しいということです。やっぱり論考に飛躍がある箇所があるように感じられ、他の著書などと見比べていれば「ああ、その話ね」となる部分がいくつかあったのが気になりました。それを差し置いても、第一章と第三章を読むだけで人によっては頭が真っ白になるような衝撃を覚えるかもしれません。ホームレスに対して「その辺に寝ていたら?」と喝破する中田さんのストロングスタイルな知識人ぶりは改めて感銘を受けます。自分には言えないという意味も含めて。

 サブタイトルの「身の程を知る劇薬人生論」はその通りです。読み物としても、哲学入門としても、とても刺激的で楽しい本でした。

みんなちがって、みんなダメ

 秋の夜長に、通勤電車のお供にぜひどうぞ。

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 「モンスターカスタマーが堂々と週刊現代に病院批判の記事を掲載している」というので見物に行きました。

なぜ日本の病院は、患者をこんなに待たせて平気なのか
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180902-00057200-gendaibiz-bus_all

 なんだこれは… 前の患者の診察が長くなってたり、急患の対応があったりして、外来の予約の時間が守れないことも多いぐらいは病院に行く患者の側も分かったうえで診療待ちしているのが筋だと思っておりました。

 また、日本だと「行けば予約がなくても何となくその日のうちに診てくれる」とか「その日のうちに処方箋が出て、その日のうちに薬が飲める」のが当たり前ですが、欧州やらオーストラリアやら行くと、予約なしに病院に行くと門前払いだったり救急扱いだったり特急用金を取られます。予約を入れようにも何カ月も先になってしまうので、仕方なく市中の薬局で「これが効くかな?」と想像しながら市販薬を買うぐらいしかないんですよね。

 ある意味で、医療というサービスがそれだけ安っぽく、当たり前のことになってしまったという弊害がこの記事には詰め込まれていると思うんですよ。待たせるとは何事だ、と患者の側が当たり前のことだと勘違いしてモンスターカスタマー化していることを容赦なく認識させる凄い記事だな、と。何しろ、医療全体の話と特定の病院で待たされたという筆者の話とが同レベルに扱われていて、読んでいる側も「老害なんだろうな」としか思わないんですよ。女性事務員が笑って話しているのもNGって、消防団員が制服のまま缶コーヒー飲んでたら役所にクレーム入れるレベルの言いがかりと思いますし。




 もちろん、医師の側からも「何だこの記事執筆者、馬鹿じゃねーの」ぐらいの反応が立て続けに出ていて、まあそりゃそうだと思うわけです。お前らサービス業だろぐらいにしか思わない患者が大量にいて同情を禁じ得ません。

 医療全体の話をするなら、必要に迫られて病院に行かざるを得ないのは仕方が無いとして、介護も医療も相応にパンパンになっているので、さっそく今日記事を掲載しました。高齢化社会に直面して、医師や医療関係者全体が過重労働でブラック化をどう回避するか頭を悩ませているレベルですし、介護も制度が変わって全体の予算をどう抑えるのか待ったなしの状態になってます。医師も歯科医師も看護師も薬剤師もその他事務で関わっておられる多くの医療関係者は相当しんどい業務を毎日こなしているはずなんですよね。

社会保障費引き上げは”消費税以上の増税”と言っても過言じゃない!? https://www.minnanokaigo.com/news/yamamoto/lesson25/

 これ以上放置できない状況で週刊誌がのんびり「長い時間待たされた」という匿名の患者のどうしようもないレベルのクレームを記事にしてアクセス稼ぎをしている状況もどうなのかなと思いつつ、社会保障費改革に関する理解はいまだにたぶんこのぐらいなんだろうなあとちょっとした絶望を感じるわけでありました。

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 あまり講演とかセミナーとかには登壇しない私ですが、偉い人に頼まれて断り切れなくて地方都市で小一時間ほど喋ってきました。ただ、喋るだけでは終わらず、結局長居して懇親会まで若い人たちに囲まれてご一緒しておったわけですが、頂戴した講演料は皆さんの飲み食い代金に消えていきました。

 で、某地方国立大学と地元私立大学の方が8割超、残りは教員と保護者の方たちだったわけですが、200人ぐらい若い人がいて、就職率8割を超えているもののいわゆる正規雇用はその半分強ぐらいのようなんです。強い地元志向が仇となって、やりたい仕事が見つからない、正社員で雇ってもらえる働き口が少ない。それでも親元で犬と一緒に暮らしたいとか、地元に恋人がいるので早く結婚して落ち着きたいとか爆発しろ。留学経験はざっと見た限り一割もいない感じでしょうか。逆にベトナムやインドネシア、中国などからの留学生が二割前後と、なんか移民大国日本の縮図のようです。

 で、この手の若い人向けの話の定番として、あなたがたが30歳になったらどういう人生を送っていると思いますか、あるいは、自分の10年後は何をしていると想像しますかといった、自分の未来予想図を描いてみましょうというワークショップに雪崩れ込むわけですけど、あまり分類するのは好きではありませんが文系と理系では傾向がやっぱり違います。起業志向は5%もいない代わりに、半数以上の学生さんたちは年収は手取りで400万の正社員、結婚して子供が二人ぐらいで着ているというのが人生設計の標準だったりします。

 そんなものなのかなあ… 東京など都会に出たい人も少ないし、いまの就職状況や暮らしぶりにとても満足しているのだそうです。まあ、まだ社会に出ていないから彼らも体感できない部分はたくさんあるかもしれませんが、男性も女性も「自分はこれをやりたい」という明確な何かを固めるよりは、どこかに人生を預けて渡っていこうという意識がとても強いように感じます。それで良いとか悪いとかではなく、世代によって社会観が違うとうことなのでしょう。

 ホストになっていただいた教授も生え抜きと言えば生え抜きですし、いや、本当に最近のゼミ生はみんなこんな感じなのですよ、と頼もしそうな、それでいて突き放したような、そんな雰囲気でお話をされていたのであります。

 恒例の研究室巡りをして、地元の美味しいものを食べて、博物館の各学部の出し物もじっくり見て… なんだろう、この東京とは隔絶した感じは。時間軸が違うというか、生きるペースが異なるというか、よく言えば物事にじっくり取り組める環境だし、反面、生き抜く力の弱さというか、弱者の開き直りというか。まあ、鉄砲持って戦争に行く時代よりははるかに恵まれているのだろうと思いつつ、人間の持つ夢ってそんなもんだったっけ、と不思議に感じた紀行でありました。


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