騒ぎが広がっていたカルロス・ゴーン氏の逮捕話ですが、検察側からのリークと見られる内容が核心に入って来て、当初騒がれていた不当逮捕話は鳴りを潜め、逆に国際金融でかなり大掛かりなマネーロンダリングが行われてきた経緯について取り沙汰されるようになってきました。

 検察からのリーク内容についてはその真偽を云々することは避けますが、報じられている通りに法廷で出てくる場合、冤罪でもなんでもなくど真ん中の特別背任事案であるだけでなく、オランダや中東地域を使った結構ポピュラーなマネーロンダリング手法を使ってゴーン氏が個人的に資金をガメていたことになります。さすがにこれは放置できませんし、放置してきた日産の経営陣も同罪であることから、司法取引でも何でもして一刻も早く歯止めをかけなければならなかったという話じゃないかと思います。また、告発の起点となった昨年2月以降のゴーン氏離婚裁判では日産が個人の所得と把握できていなかった収入がゴーン氏の個人口座から出てきているようで、また、すでにフランスでも報じられている通り、フランスでは税金を納めずより税体系が柔軟なオランダで非居住者納税をしていたことも判明しています。

 事件が発覚した直後、ルノーグループやフランス政府に取材をかけたり、ご一緒している媒体で事情を確認したりしていたのですが、フランス側があまり状況をきちんと把握していない雰囲気で回答も鈍く、(ルノーの株主であるはずの)政府として回答できる内容はないとの返事だったので、何だろうと思っておりました。ふたを開けてみれば、フランス政府としては国内最大の社会問題になっている黄色いベスト運動への対処が大火事になっており、ゴーン氏の件を問い合わせても「彼はレバノン人だから」という突き放した回答をする関係者がいたのも分からないでもありません。

 そうなると、ゴーン氏の問題についてはあくまで司法による自白強要のような長期勾留の是非といった、日本の旧態依然とした司法の在り方を問う、みたいな内容までどうしても後退せざるを得なくなっているのが現状で、曲がりなりにもプロの経営者として日産のリストラを主導しV字回復の立役者となったゴーン氏に対する扱いはどうなの、という話ぐらいになってしまうのは残念なことです。もちろん、ゴーン氏のやってきたことはただのコストカッターだ、と批判する向きも多いのですが、そのコストカットができてないので経営危機に陥っていたのが日産ですから、そこはまあもう少し評価したほうがいいんじゃないのと思うわけです。

 さて、ゴーン氏が手掛けたとされるマネーロンダリングについては、むしろ日本の当局というよりは各国協調のもとで資金の流れと行方を追うべきものであることは言うまでもありません。手口としては、見る限り日産の決済用クレジットラインを循環還流スキームの偽装としてよく使われる銀行保証経由で証券化し、現金にしてゴーン氏自身に還流させるという一般的なものであると見られます。これは日産内部から訴え出がない限り資金洗浄の入り口が違法性のある資金だと断定できませんから、その意味ではゴーン氏やこれらを主導した人は「日産は裏切らない」と信じていたのかもしれません。

 あるいは、これらの取引が違法性のないものと判断していた可能性はあるわけですが、そのまま問い合わせれば当然のように金融庁からは「違法な取引であると判断される疑いが強い」と返答されることになります。実際、類似の迂回取引は役員が主導しようが一般社員だろうが横領・特別背任であることは疑いがありませんし、個人所得であるはずのものが計上されていなければ脱税になります。オランダでの納税が問題となり、フランス政府やルノーグループがゴーン氏の資金還流について「知らなかった」とされるのは当たり前で、ほぼ間違いなくゴーン氏の所得を彼らは把握できていなかったのです(そして、それはフランス政府の落ち度ではない)。

 ここでオマーンの独特な税制や銀行保証の仕組みの問題になるわけですが、仔細については本稿では触れません。ただ、アメリカ政府の監視下になりやすいケイマンやパナマのようなオフショアを使わず、一般的な輸出業務での支出を偽装するために中東を使ったというのは、中東バーレーンにオリジンを持つゴーン氏には何らかの土地勘があったということかもしれません。このあたりは、日本の公判で明らかになっていくと思います。

 フランスは、おそらくは「それどころではなかった」のでしょう。足元で起きている暴動の件もそうですが、自国への納税さえも回避していたゴーン氏を庇って、資産価値を毀損するようなルノー日産三菱自動車アライアンスを解体するような方針はどうしても取れなくなっているのもまた事実だろうからです。忘れられがちですが、フランス外交の生命線として、対ロシアの窓口として露最大の自動車メーカー・アフトヴァース社がルノーグループ傘下にあり、このアフロヴァースの会長を歴任してきたゴーン氏のダメージコントロールを図るには、ゴーン氏「後」をきちんとコーディネートしなければならない状況になっています。自動車業界の文脈ではなく、まるでモザイクのようなルノーグループについてより政治的な観点から読み解かなければならないのが本件だ、ということです。

 そして、フランスが大変警戒していた三菱自動車(三菱グループ)にやられた的な話は、取り立てて三菱が悪いわけではなく、三菱グループ全体を考えたうえでゴーン氏を戴いている三菱自動車のままで良いのかと良く判断した結果と言えばそれまでではないかと感じます。

 いずれにせよ、あくまで検察のリークと見られる情報が正しいとするならば、むしろゴーン氏逮捕の問題は入り口であり、より奥には中東のマネーロンダリングの仕組みの解題が必要であり、それはもはや日本とフランス両政府の関係とひとつの大企業グループの問題では収まらなくなってきているのだということはご理解いただければよいのではないかと思います。

 なお、蛇足ですが東京オリンピックの件でJOC(日本オリンピック委員会)の竹田恒和会長が嫌疑の対象となっている件は、本件とは必ずしも連動しているモノではなく、昨年夏頃すでにブラックタイディング社との契約に関する捜査を行うことで決定されたことと見られます。

竹田会長「仏当局と協力し潔白を主張」 東京五輪招致贈賄疑惑 - FNNプライムオンライン https://www.fnn.jp/posts/00409740CX

 いろいろハレーションは起きるかと思いますが、果たしてそのまま話は進むのでしょうか。


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私立正則学園高校というとこで教師によるストライキがありまして、早朝に理事長や学園長に挨拶をしなければならない、遅刻したりサボったりすると叱責されたりいろいろあるらしいというので報じられていました。

正則学園高校で先生たちストライキ!「毎朝の理事長への挨拶と参拝強要やめて!」 
https://www.j-cast.com/tv/2019/01/09347579.html 

 で、どうもその裏側に「私学教員ユニオン」という労働組合ができているようで、これはこれで騒ぎになっております。正則学園高校は教職員約50名のうち、ストライキに参画したのは18名とのことなので、全員ではないってことだそうで。

 なにぶん、私の住居から徒歩で15分ほどのところにあることもあり、教員の方や、ご子弟を正則学園高校に通わせている親御さんも管理組合などでご一緒してたりするので、去年ぐらいからあれこれ雲行きが怪しかったことは伝え聞いております。もちろん、現場で取材したわけではありませんから、私が全容のすべてを知っているわけでもないのですが、教員や保護者のお話を総合すると「行き届いた厳格な教育環境を作ろうとする校風である」とのことで、この辺が教職員に対するストレスの原因になっているのではないか、というのが共通した意見でした。

 ただまあ、500名以上の学生が通う高校とのことで、また都会のど真ん中に位置することもあり、いろんなタイプの学生が学んでいる学校だという風にも言っておりまして、保護者の中には「理事長が漬物石のようにどっしり仕切っていないと学校が生徒ごと弾けてしまうんじゃないか」と笑う人もいれば「このご時世で軍隊的な縦社会を作って高校生活を送らせるのは生徒にとってもストレス」と困っている人もいます。都立九段高校(いまは閉校)や日比谷高校に行けなかった子が行く高校、と自嘲する人もいれば、親子で正則学園にお世話になった、厳格でいい高校だという人もいます。

 これほど見事に賛否両論になることも珍しく、その意味ではそれなりに歴史がある中で濃い特徴・校風が培われた学校ならではのアクの強さもあるのでしょう。

 で、教師・教職員は公立私立を問わず非常に膨大な仕事量を捌かなければならない状況に置かれていて、内田良さんの『ブラック部活動 子どもと先生の苦しみに向き合う』なんてのも読むと「おい、これはちょっと」という職場環境の困難さってのが浮き彫りになります。

 両親が共働きになり、核家族化が進んで子どもたちの教育だけでなく一般的なしつけも学校に押し付けられる傾向が強まる中で、いろんな個性を持ち、必ずしもデキが揃っているわけでもない学校教育を円滑に行うにあたって、一定の教師数ですべてを賄うのはもうなかなか無理なんじゃないの、と思わずにはいられない事例です。質実剛健だからパワハラされる学校の環境で良いとは全く思いませんし、きょうびの教育の在り方を見直すような事案に本件も組み込まれていくのでしょうか。

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他できちんとした論考にまとめる依頼があり、まだ請けるかどうか決めてない本件ですけど、『文學界』と文春オンライン掲載版は著者校正のタイムラグから表現が一部異なっています。すでに荻上チキさんが指摘済みですが、校正後のほうが触れるには正しかろうということで、文春オンラインのリンクだけ先に貼っておきます。

落合陽一×古市憲寿「平成の次」を語る #1「『平成』が終わり『魔法元年』が始まる」 #落合陽一 #古市憲寿 #文学界 http://bunshun.jp/articles/-/10178

 論点が幾つかあるんですが、個人的には「そこまで燃えるほどの内容なのかな」という感じはしました。落合さんもフォローアップ的に釈明のnoteを掲載していましたが、古市さんも落合さんも福祉・介護を当人の価値と治療のコストにおいて国家財政や社会的負担の観点から述べるのみで、たいした知識がないことは明確です。

 ただ、高齢化が進展する中で、高齢者を扶助するコストを国庫で賄えなくなる、天引きとなる社会保険料が実質的な重税となって次の世代の負担になっている、財政が硬直化し社会保障費が増えれば未来への投資(出生率向上や教育投資、科研費などの研究開発費)が細っていくので先が暗くなる、ということへの処方箋として、高齢者のQOLを引き上げ、それを実現するテクノロジーを実現していくことで乗り越える、というのが落合さんの主張であるという風に読みます。

 また、問題の端緒となり、批判の矛先になった古市さんの「財務省の友人」との勉強会で出た「お金がかかっているのは終末期医療、特に最後の1カ月」というガセネタについては、財務省の社会保障関連チームはそれこそ1990年から継続的に国民一人当たりの年代別・疾病別医療費の現状についての研究をやっているわけで、おそらくは大した勉強会をしていなかったか、自分の意見を補強するために財務省の友人を持ち出してきて演出しただけじゃないかと思います。

 高齢者・長期闘病者をお金で仕分ける問題の是非については、厚生労働省も調査や研究を重ねているもので、問題提起という観点以外で、古市×落合対談で新しい知見があるとは思えないので、ごく単純に古市さんや落合さんの問題意識を改めて提示したモノってことじゃないかと思うわけです。

患者をお金で仕分ける“人の命の線引き”。後期高齢者の負担を引き上げ、高額医療に保険をきかせず…で、国民“皆”保険制度と言えるのだろうか https://www.minnanokaigo.com/news/yamamoto/lesson26/

 しかしながら、落合さんも釈明されていますが高齢者の終末医療を高コストであると論じたうえで、それが国家財政を圧迫している(だから削減するべき)という流れで話が進んでいったのは、単純にガセネタベースの与太話というよりは、長谷川豊さんの「人工透析患者は死ね」という暴言にも直結するような内容にも見られますし、Twitterでも多数指摘されたように「優生学にも近しい」という批判も出ることはまあしょうがないのかなと思います。

 社会保障の制度や研究をしてきた中では、一般的に高齢者の医療費だけの問題というよりは、そういう闘病中の高齢者を支える家族・勤労世代の家庭的負担、独居老人に対する地域包括ケアに対する社会的負担のほうが大きく、介護離職や高齢者の集住化などの幅広い政策にリンクしていきます。

 さらに、それを支える医療体制として、対談でも出ているような日本医師会ほか団体の意見と厚生労働省(と元厚労大臣の塩崎恭久さんなど)の議論だけでなく、ブラック体質が常態化している医師や歯科医師、看護師などなどの医療関係者の働き方問題、さらには医学部定員問題、地方の医療を誰が支えるのかという医師偏在の問題といった、政策上のトリレンマを持つ部分です。これらはテクノロジーとはほぼ無縁の世界で、例えば遠隔医療が実現しましたといってもベッド数のやりくりやかかりつけ医制度への転換といった構造的な問題のほうが大きすぎて、技術革新によって改善するQOLよりもかかるコストのほうが圧倒的に高いので話が進まないという点は当然に指摘されるべきじゃないかと思います。

 たいていここで霞が関批判になるはずなのですが、そういう話に一切触れられませんでした。何か理由があるんでしょうか。

 そして、高齢者のために技術革新をしてQOLを高めるという話は夢も希望もあるので可能なら是非にという風に私も思うわけですけれども、ここでも立ちはだかるのはコストの問題です。治療費においてはすでにオプジーボ(小野薬品工業)などの高額治療薬によってがん患者が助かるよねって話が出るわけなんですが、これらの高額治療費については患者負担は一定の安い金額に抑えられ、費用はほとんど公共の社会保障費が丸抱えすることになります。上記の「命に値段をつけるな」と「そうはいっても社会保障費が」という折り合いをどうつけるのかこそが「思想」であり、古市さんも落合さんもこのあたりの核心には触れているようで触れておらず、はっきりしません。隔靴掻痒な対談だなあと思える部分は、誰に配慮しているのか分からないけど歯切れが悪すぎて、絵空事でしか現段階ではないテクノロジーでQOLを高めましょう(ただしコスト面は誰が負担するのかはっきりしない)という緩い内容になっているのが気になるわけであります。

 これらはいずれも1990年代から社会保障論としては語られ続けてきたことであって、古市さんや落合さんはそのあたりの専門的な議論のフォローアップなしに社会時評として「平成の次」というテーマで高齢者問題を取り上げ対談しているわけですから、イデオロギー論争に踏み入れる一歩手前でお茶を濁すようにバラ色っぽい技術論・科学による救済というテーゼを示したということです。

 上記取りこぼしている問題でなお大きいのは、介護業界が非常な低賃金で重労働を強いられる状況に陥ってしまっていて改善の可能性はほぼなく絶望的なこと、また介護人材の不足に直面してもっぱら外国人を増やすことで対応をしようという国の乱暴な政策が発動して訳が分からなくなりそうなことなどは特筆されるべきだと思います。そして、高齢者は単に年取ってるだけじゃなく、家族がおり、愛する人がおり… そういう人たちへの負担をどう軽減していくのか。さらに今後爆発的に増える独居老人の介護問題あたりは、本当の意味で「平成の次」の主たるテーマとして語っていくべきもので、そしてそれはいまの私の世代とちょい上から、どーんと顕在化していくものです。ヤバイ。だからこそ、古市さん、落合さんという新しい年代の英俊が綺麗事を抜きにして「思想」や「哲学」を明示して先導していくべき物事だと思っていたのですが、残念ながら、どうとでも取れるような内容で対談が進んでしまったのはすっきりしません。

 でまあ、落合陽一さんの本を読み、noteも目を通している私からしますと、落合さんの前向きであるが故の気持ちと論旨のズレが気になります。

 落合さんは「士農工商の考え方である『ものをつくる』農民や職人たちの方が商人たちよりもえらいという考え方を取り戻すべき」と著書の中でメインテーマとして述べ、東洋的なある程度の身分制度を軸に据えたらどうやねんという話をされています。

落合陽一は日本のムダとムラを壊す救世主猪瀬直樹がみる「魔法使い」の実力
http://president.jp/articles/-/26795

 ところが、古市さんとの対談の中では「汗をかかなくてもお金が儲かるようにならないと駄目」とかなってて、すでに現代では否定されている身分制度である士農工商において農と工は汗をかかなくては儲からない身分であることをすっ飛ばして論じているわけです。

 おそらくは、パッチワーク的な思考を積み重ねて「落合陽一的世界観」を構築し、いろんな人との交流の中で固めていっている最中なのだと思いますが、前述の社会保障論であれ、一連の身分制度への論及であれ、介護に直面している人や身分制度が社会に染み付いている国や地域に対する考察が不足しているように感じます。

 もちろん、当事者として感じる社会保障と数字で見る現状とでは掴み取り方も異なるでしょうし、古市さん、落合さんには大人の事情を抜きにしていろいろと話し合っていってほしいです。

 蛇足ながら、最後に考察の不足で言うならば、古市さんの「荒野行動」の元ネタになった「PLAYERUNKNOWN’SBATTLEGROUNDS」への言及をするのであれば、多くのプレイヤーを賑わわせているEpic Gamesの「FORTNITE」をしっかりと論じるべきだと思いました。

 やっぱこう、猪瀬直樹さんっていうのは新世代のデスノートなんじゃないかと強く感じたひとときでした。


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 46歳になりました。もう私の生まれた1月4日も過ぎようとしている時刻ではありますが、46年も生きていれば一日ぐらいはまあいいかなぐらいに思うようになりました。自分の誕生日なのにね。

 振り返ってみれば、45歳は穏やかに順調に過ぎ、怖れていたほど懸案だった家族の体調も悪くならず、無難に通り過ぎていきました。夫婦とは愛情を育み、子供たちはすくすくと育ち、親戚やニューフェイスは増え、頼りなかったはずの木も、太い幹になってきたのだなと感慨深く思うところです。

 年末年始は事情があり大きな遠出もせず、あいさつ回りで済ませておったわけですが、今年はいろいろと急激な変化が外側にあり、どうやって一家を守っていくのか、心平安にして神とともに一歩一歩進んでいくべきなのか、考えながら暮らしていく一年となりそうです。

 何より家内の体調が戻り、しかしその一方… といったところで、引き続き愛情を家族に夫婦で注ぎながら前を向いて生きていく気持ちを新たにし、また、新たな挑戦を控えて気を引き締めて、といったところです。

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 神と家内と子供たちに限りない感謝を。愛する者たちにも、そうでない者たちにも深い慈愛を。今年も一年、よろしくお願い申し上げます。

 あんまりこういうネタをやると「堀江貴文は逮捕起訴有罪禁錮刑だったのに日興証券ときたら」とか、いろんな「あれを逮捕するならこっちも逮捕しろや」案件に容易につながるわけですが、同じ金商法違反関連でも、日産カルロス・ゴーン氏とケリー氏の件は結構な紛争になり、ようやく本丸の特別背任で再逮捕され無事年越しとなったようです。

ゴーン前会長を再逮捕=特別背任容疑、日産に損失転嫁か-「私物化」解明へ・地検:時事ドットコム https://www.jiji.com/jc/article?k=2018122105122

 なぜこのような核心情報が報じられてしまうのかは分かりませんが、内容を読む限りど真ん中の特別背任事案であり、検察の勝ちだ負けだ横暴だといろんな意見はありますけれども事実としてそれがあるならば検察は普通に仕事をしているだけじゃないかと思います。相場やってる人間からすれば、これがアウトでないならどれがアウトなんだという感じなので、司法取引で得られた日産社内の情報から裏付けることができているでしょうし、これはもう駄目なのかなと感じるところです。

 一方、椎木隆太氏の率いるDLE社は、上場前から現在に至るまですべての期において粉飾決算であったという事実が表面化した割に、たいした処分もされずに放置されている問題があります。大丈夫なのでしょうか。むしろ面白半分に株買っておいて代表訴訟でもやればよかったんじゃないかと思えるぐらいに、こんなのが東証一部上場企業であるという問題はあると思うんですよね。

椎木里佳の父親の会社DLE、粉飾決算バレの果てに株価10分の1 - 市況かぶ全力2階建 http://kabumatome.doorblog.jp/archives/65931408.html

 市況かぶ全力2階建では面白おかしくみんな書いてますけど、この程度の処分しか粉飾でも問題ないとなれば、投資家からすれば決算書自体が信頼できないことになり、市場の信認を根底から揺るがす事態になるわけですけれども、先に上場したソフトバンクが通信障害後の契約解消1万件だのエリクソンMME/vMME置き換えでの費用が未計上、リスク情報にも無さそうというあたりで非常に困るわけです。

 全部の事案に共通するように一般化させるのは危険ですけど、どこも誰もが自社を良く見せようとし、粉飾を誘発したり、品質を偽装したりすることは主に倫理とか意識の問題なので、そういう目に見えない信用という財産を大事にしてくれる会社が今後訪れる不況下でも生き残るのだろうか、とぼんやり思うのでありました。


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